第54話 【温泉】みんなで最高の露天風呂を作った(前編)
【現在:開業61日目】
今日は週に一度の定休日。
普段なら仕込みや魔獣たちのケアをしてのんびり過ごす日だが、今日ばかりはそうもいかない。
配信用のカメラは電源を切ったまま、俺たちは特区の奥にある岩壁の前に集まっていた。
「よし、みんな。倉橋さんから『最高の風呂を作れ』というお達しが出たわけだが……」
俺は羊皮紙に書いた、手描きの設計図を魔獣たちに見せた。
「ここが源泉の湧き出し口だとして、岩をくり抜いて二つの浴槽を作る。人間や小さな魔獣が入れる『普通サイズ』と、グレイや古竜さんも顔を突っ込める『特大サイズ』だ」
俺の説明に、スミはぽよんと跳ね、ポッカはパチパチと炎を揺らした。
──『スミ:わかった!』
──『ポッカ:まかせて!』
「問題は、この硬い岩盤をどうやって綺麗な浴槽の形に削り出すか、だが……」
俺がチラリと視線を向けると、巨大な灰銀の大狼は「言われるまでもない」とばかりに、ゆっくりと立ち上がった。
そして、源泉が湧き出している岩盤の前に歩み寄り、静かに右の前足を振り上げる。
SSランクのボス魔獣が放つ、文字通りの一撃。
ドゴォォォォンッ!!
耳をつんざくような轟音と共に、岩盤が綺麗に四角く吹き飛んだ。
破片が飛び散ることもない。計算し尽くされた力加減で、ただ「浴槽の形」にだけ岩が砕け散り、俺が設計図で描いた通りの巨大な窪みが出来上がった。
「……相変わらず、規格外の土木作業スキルだな」
──『グレイ:……次』
尻尾を一度だけバフッと揺らし、グレイは隣の「普通サイズ」の浴槽予定地も、同じように前足の一振りで削り出した。
開始五分で、一番の難関だった掘削作業が終わってしまった。
「ありがとう、店長。次はスミの出番だ。グレイが砕いたままだと岩肌が尖ってて危ないから、人間が寄りかかっても痛くないように滑らかにしてくれるか?」
──『スミ:きれいにする!』
スミは嬉しそうに飛び跳ねると、砕かれたばかりの荒々しい岩肌にべったりと張り付いた。
ぽよん、つるんっ、ぽよんっ。
スライム特有の溶解と研磨の能力を使い、スミが滑った後の岩盤は、まるで高級ホテルの大理石のように角が取れ、ツルツルに磨き上げられていく。
「きゅんっ!」
順調に工事が進む中、待ってましたとばかりに飛び出してきたのはコハクだった。
タタタッ、と短い足で駆け寄り、スミが磨き終わったばかりの浴槽の底に飛び降りる。
そして、落ちていた小さな小石を前足で転がし、無駄に穴の中を走り回り始めた。
──『コハク:コハクも、てつだう!』
──『コハク:みまわり!』
「いや、完全に邪魔してるだけだぞお前」
俺が苦笑いしながらツッコミを入れるが、コハクは聞く耳を持たない。
今度は源泉の湧き出し口の近くで作業をしようとしていたグレイの足元に潜り込み、その立派な尻尾にじゃれつき始めた。
──『グレイ:……退け』
──『コハク:あそぶ!』
SSランクの威圧感などどこ吹く風で、コハクは現場監督を気取ってウロウロと歩き回り、俺がメジャーでサイズを測ろうとすると、そのメジャーの先に噛み付いて引っ張る始末だ。
「こら、コハク、離せー。仕事が進まないだろ」
俺がメジャーを引っ張り合いながら格闘している横で、石の炉から飛び出してきたポッカが、源泉のお湯が流れ込むルートの温度調整に入ってくれた。
──『ポッカ:あっためる! ちょうどよく!』
ダンジョンの冷たい空気に触れて少し温度が下がってしまうお湯を、ポッカが絶妙な熱量で温め直し、浴槽に注ぎ込まれる時に完璧な「四十二度」になるように調整してくれているのだ。
俺たちのお風呂は、ポッカの給湯システムがなければ成立しない。
「よし、いいぞ。形はこれで完璧だ」
グレイの豪快な掘削、スミの完璧な研磨、ポッカの給湯管理。
(そして、コハクの可愛いだけの妨害)。
魔獣たちの人智を超えた能力のおかげで、たった半日で、殺風景だった岩壁の前に立派な二つの石造りの露天風呂が完成した。
俺は額の汗を拭い、空っぽの浴槽を見下ろした。
源泉からお湯を引く水路の堰を外せば、ここに極上の天然温泉が満たされる。
「……さあ、いよいよお湯を入れるぞ」
俺が宣言すると、現場をウロウロしていたコハクが一番に反応して、一番風呂のポジションにちょこんと陣取った。




