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第53話 【温泉】グレイ店長の許可を得て岩を削ったら、温泉が出てきた

【現在:開業60日目】



スミが磨いていた岩壁の隙間から噴き出した、温かな白い湯気。

それが古竜こりゅうの体温で温められた天然の『お湯』だと確信した俺は、カウンターの奥にいるグレイに視線を向けた。



「店長。……この壁、少しだけ削ってみてもいいですか?」



特区とっくとはいえ、ここは五十階層ごじゅっかいそう。SSランク魔獣であるグレイの縄張りだ。勝手に地形を変えるわけにはいかない。



グレイは黄金の瞳で、シューシューと音を立てる岩壁の隙間をじっと見つめた。

そして、コハクが湯気に当たって気持ちよさそうにしている姿を一瞥してから、静かに目を閉じた。



──『グレイ:好きにしろ』



「……ありがとうございます」



絶対的なあるじからの許可が下りた。



──────【LIVE】同接:27,100──────

: 店長公認キター!!

: 温泉掘削の許可が下りました!

: 主さん、道具とかあるの?

──────────────────────



「探索者用の携帯ピッケルならあります。……ちょっとだけ、広げてみますね」



俺は荷物から小ぶりのピッケルを取り出し、湯気が噴き出している岩の隙間に慎重に刃を当てた。

カンッ、カンッ。

硬い岩盤だが、長年お湯と蒸気に晒されていたせいか、脆くなっている部分があった。



何度か打ち付けると、バコンッ、というくぐもった音と共に、拳二つ分ほどの岩の塊が崩れ落ちた。



「おお……っ」



崩れた穴の奥から、無色透明な液体が、とくとくと溢れ出してきた。

床の窪みに向かって、小さな滝のように流れ落ちていく。



俺はピッケルを置き、両手でその液体を受け止めた。



「……すごい。完璧なお湯だ」



温度は体感で四十度から四十二度くらい。熱すぎず、ぬるすぎない。

とろりとした肌触りで、手に触れているだけで、これまでの疲労がじんわりと溶け出していくような感覚があった。



「きゅんっ!」



待ちきれなくなったコハクが、床に溜まり始めたお湯に前足をちゃぷんと浸けた。



──『コハク:あったかい!』

──『コハク:きもちいい!』



コハクは目を細め、尻尾をぱたぱたと振って大喜びしている。

スミは『ふく?』と掃除しようとしていたが、俺が「ちょっと待っててな」と制止すると、不思議そうにぽよんと跳ねた。



──────【LIVE】同接:29,500──────

: うおおおお! マジで温泉だ!!

: ダンジョン最下層で温泉とか最高すぎるだろ

: コハクちゃんが足湯してるの尊い……

: 早く全身浸かりたい(切実)

──────────────────────



配信のコメント欄が、信じられないほどの熱狂に包まれていた。

だが、ここで俺はハッと我に返った。



「……待てよ。特区内で新しい資源(温泉)を発見したってことは、協会に報告しないとまずいんじゃ……?」



俺は嫌な予感を覚えながら、急いで端末を取り出し、監査部の倉橋くらはしさんへ通信を繋いだ。





「お前という奴は、次から次へと……」



通信から一時間後。

特区用の転送陣を使ってすっ飛んできた倉橋くらはしさんは、岩壁から流れ出るお湯を見るなり、深々とため息を吐いた。



「すみません、壁を掃除してたら偶然見つけてしまって……。毒とかはないと思うんですが」



「……貸せ」



倉橋くらはしさんは携帯型の成分分析機を取り出し、お湯にセンサーを浸した。

ピピピッ、と短い電子音が鳴り、画面にズラリとデータが表示される。



「……毒性ゼロ。それどころか、極めて純度の高いミネラルと、微量な魔素が含まれている。血行促進、疲労回復、おまけに精神的な鎮静効果まである。……最高品質の『療養泉』だ」



「本当ですか!」



「ああ。療養枠の患者たちにとっては、これ以上ない恩恵になるだろう」



倉橋くらはしさんはそう言って頷いたが、すぐに眉間を揉みほぐし始めた。



「だがな、深山。ダンジョン内に『入浴施設』を作るとなると、水質管理、安全基準、特区内での建築申請……必要な書類の山が、エベレストの高さになるぞ」



「うっ……」



ただでさえ特区の申請で苦労したのに、さらにエベレスト級の書類。

俺が青ざめていると、倉橋くらはしさんは俺の顔を見て、鼻で笑った。



「安心しろ。……お前がそういう事務作業に向いていないことくらい、嫌というほど分かっている」



「倉橋さん……?」



「書類仕事と上層部への根回しは、全部俺が引き受ける。だからお前は」



倉橋くらはしさんは、コハクがちゃぷちゃぷと遊んでいるお湯を指差した。



「早く、うちの探索者たちが足を伸ばして休める『最高の風呂』を作れ。それがお前の仕事だ」



「……っ、はい!!」



文句を言いながらも、結局は全部被ってくれる倉橋くらはしさんの不器用な優しさに、俺は深く頭を下げた。



ダンジョン最下層に湧いた、奇跡の温泉。

俺は振り返り、うちの頼もしいスタッフたちを見渡した。



「みんな、明日から大仕事だぞ。……最高の露天風呂を作るぞ!」



──『コハク:おふろ! つくる!』

──『スミ:きれいにする!』

──『ポッカ:あっためる!』



そして、カウンターの奥で目を閉じていたグレイも、ゆっくりと目を開けて尻尾を揺らした。



──『グレイ:……悪くない』



こうして、最下層カフェに「温泉」を併設するための、前代未聞のDIYプロジェクトが幕を開けたのだった。








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