第52話 【温泉】スミが壁を掃除しすぎたら、熱い湯気が噴き出してきた
【現在:開業60日目】
療養枠のお客さんがいない、通常のカフェ営業日。
今日も俺たちの最下層カフェは、いつもと変わらぬ穏やかな空気に包まれていた。
──────【LIVE】同接:21,500──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うぽつ!
: 今日も平和だなぁ
: グレイ店長、今日もイケメン(イケ狼?)ですね
: スミちゃん、めっちゃ壁磨いてるw
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「いらっしゃい。今日も五十階層は平和ですよ」
俺がカメラに向かって挨拶をしながら店内を見回すと、コメントの通り、スライムのスミが店の奥の岩壁に張り付いて、せっせと掃除をしていた。
ぽよん、つるんっ。
スミが滑った後の岩壁は、長年の汚れや苔が完全に吸い取られ、黒曜石のようにピカピカに光っている。
うちのカフェは、元々ダンジョンの岩穴を利用して作った場所なので、壁一面がむき出しの岩肌なのだ。
──『スミ:きれい!』
──『スミ:もっと、きれい!』
スミはご機嫌な様子で字幕を出しながら、岩壁の奥の方へと掃除の範囲を広げていく。
「あんまり奥まで行くと迷子になるぞー」
俺がカウンターから声をかけた、その時だった。
シューゥゥゥゥ……。
「ん?」
突然、スミが磨いていた岩の隙間から、勢いよく白い蒸気が噴き出してきた。
──『スミ:!?』
驚いたスミが「ぽよんっ」と跳ねて、俺の足元まで逃げてくる。
急激に噴き出した蒸気は、あっという間に店の奥を白く染め上げ、ポッカの炎とは違う、しっとりとした熱気をカフェの中に充満させた。
──────【LIVE】同接:23,800──────
: え!? なに!?
: 毒ガス!? 敵襲か!?
: 主さん逃げて!!
: 待って、スミちゃんが吸い取らないってことは……毒じゃない?
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コメント欄が一瞬パニックになったが、俺はすぐにそれが危険なものではないと直感した。
空気中の汚れや毒素に一番敏感なスミが、警戒するのではなく、ただ「驚いて」いただけだからだ。
それに、この匂い。
「……硫黄の匂いじゃない。無臭だ。それに、この温かさ……」
俺はカメラを持ったまま、蒸気が噴き出している岩壁の隙間へと近づいた。
恐る恐る、その白い湯気の中に手を差し入れてみる。
「あ……」
手のひらを包み込んだのは、焼けるような熱気ではなかった。
芯からじんわりと解きほぐされるような、完璧な温度の「湯気」だった。
「ちょうどいい温度だ……。大体、四十度くらいかな」
ダンジョンの最下層は、本来なら骨まで凍るほど冷たい場所だ。
なぜ、こんなところに熱源があるのか。
俺は振り返り、入り口のアーチの外を見た。
そこには、山のような巨体を丸め、スースーと平和な寝息を立てている超巨大な古竜の姿があった。
「……なるほど」
俺は納得して頷いた。
「この五十階層には、元々綺麗な地下水脈が流れています。極上の湧き水が出るくらいですからね。……そして、外にはものすごく体温の高い、火山の化身みたいな古竜さんが寝ている」
──────【LIVE】同接:26,000──────
: あっ(察し)
: つまり……どういうことだってばよ?
: 地下水脈+古竜の体温=!?!?
: マジかよwww
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「ええ。たぶん、この岩盤のすぐ向こう側を流れている地下水脈が、古竜さんの地熱で温められて……天然の『お湯』になってるんだと思います」
ダンジョン最下層、不純物ゼロの極上湧き水。
それが古竜の熱で温められた、究極の天然温泉。
俺の言葉に、配信のコメント欄は爆発的な勢いで流れ始めた。
「きゅんっ!」
コハクがトコトコとやってきて、湯気が噴き出す岩の隙間に短い鼻先を近づけた。
──『コハク:あったかい!』
──『コハク:きもちいい』
コハクは嬉しそうに目を細め、湯気を全身の冬毛に浴びている。
どうやら、魔獣にとっても心地よい温度らしい。
俺は、噴き出す湯気と、その奥にある分厚い岩壁をじっと見つめた。
ここを少しだけ削れば、本物のお湯が引き込めるかもしれない。
温かいコーヒーと、極上の温泉。それが揃えば、このカフェはもっと完璧な「休める場所」になるはずだ。
「……よし」
俺は決意を固め、カウンターの奥で静かに俺たちを見ていたグレイに向き直った。
「店長。……この壁、少しだけ削ってみてもいいですか?」
五十階層の絶対的な主であり、この場所の管理者。
彼が首を縦に振らなければ、この壁を壊すことはできない。
グレイは黄金の瞳で俺をじっと見据え、そして、湯気が立ち上る岩壁へと視線を移した。
果たして、店長の判断は――。




