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第46話 【余波】ヒナ効果で申請が殺到したけど、倉橋さんが全部弾いてくれた

【現在:開業49日目】



蒼井あおいヒナさんが来店し、彼女が残した「画面の向こうで見ていて」という言葉の切り抜き動画が拡散されてから、数日が過ぎた。

特区とっくである俺たちのカフェには、予想を遥かに超えるすさまじい余波が押し寄せていた。



「……本日分の療養枠への申請件数、八百件突破。嘘だろ……」



俺は端末に表示された数字を見て、思わず頭を抱えた。

ヒナさんの影響力は絶大だった。彼女が涙を流して安らいだ「世界で一番安全な場所」というお墨付きは、ダンジョン攻略に疲弊した無数の探索者たちの関心を一気に惹きつけてしまったのだ。



ピロン、と。

その時、探索者協会たんさくしゃきょうかい倉橋くらはしさんからメッセージが届いた。



『報告する。本日分の申請も、審査基準を満たさないものは全て却下した』

『「ヒナちゃんが座った椅子を見たい」といった観光目的や、軽傷者の冷やかしなど言語道断。本当に心身を壊し、ここでの休息が必要と判断された者以外、一人たりとも通すつもりはない。安心しろ』



「……っ」



俺は、その頼もしすぎるメッセージを見て、深く息を吐き出した。



倉橋くらはしさんがいなかったら、うちの店、三日で潰れてたな……」



彼が鉄壁のガードで防波堤になってくれているおかげで、五十階層ごじゅっかいそうの最下層には、今日も変わらない静寂と平和が保たれている。

俺は倉橋くらはしさんへ深い感謝のスタンプを送り、いつものように配信のスイッチを入れた。



──────【LIVE】同接:22,000──────

※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)

: うぽつ!

: ヒナちゃんの切り抜きから来ました!

: 同接2万超えがデフォになってて草

: ほんとに古竜こりゅうが外で寝てるwwやばww

──────────────────────



「いらっしゃい。地上のニュースは色々と騒がしいみたいですが、うちの店は今日も平常運転です」



俺がカメラに向かって笑いかけた時だった。



チリリン。

アーチのツタで、チルが優しい入店音を鳴らした。



ひょっこりと顔を出したのは、うちの一番の常連である若草色の角鹿つのじかだ。

その後ろには、以前連れてきた綿毛の小魔獣がくっついている。

……そして今日は、その綿毛の小魔獣の背中に、さらに小さな『こけむした亀』のような新顔の魔獣がちょこんと乗っかっていた。



「おっ、また友達が増えたのか。いらっしゃい」



角鹿つのじかが得意げに胸を張り、いつもの丸太椅子へ向かう。

すかさず、カウンターの奥からグレイが顎をしゃくった。



──『グレイ:並べ』



その一言で、新顔の亀魔獣もビシッと気をつけの姿勢になり、角鹿つのじかたちの隣の席へとお行儀よく並んだ。

そこへコハクがトコトコと駆け寄り、新顔の匂いを嗅ぐ。



──『コハク:てき、いない』

──『コハク:ようこそ』



コハクが歓迎のすりすりをすると、亀魔獣は安心したように甲羅から首を長く伸ばした。

どうやら、魔獣たちの間でも「ここは安全で美味しいものがもらえる場所」というコミュニティの輪が、着実に広がり続けているらしい。



──────【LIVE】同接:24,500──────

: グレイ店長の『並べ』の絶対感すき

: コハクちゃんの接客も板についてきたな!

: 魔獣の常連ネットワークが拡大してるww

: 平和すぎる。そりゃヒナちゃんも泣くわ

──────────────────────



俺が彼らに特製のはちみつラテを出して、平和な空気を楽しんでいた時だった。



「ん?」



店の隅っこで、壁の岩肌をピカピカに磨いていたスミが、ぽよんっと跳ねて何かを吐き出した。

それは、淡く発光する、綺麗な紫色の小さな鉱石だった。



──『スミ:みつけた』



「お、なんだこれ。壁の隙間に埋まってたのか?」



俺がその鉱石を拾い上げ、カメラの前にかざした瞬間。

俺の端末に、ものすごい勢いで一件のダイレクトメッセージが飛んできた。

差出人は、療養枠の常連客である元調合師の楠木くすのきさんだ。



『店長さん! 今スミちゃんが見つけたその石、たぶん「紫水鉱しすいこう」です! 香りを長持ちさせる保留剤として最高の素材になります! 捨てずに取っておいてください!!』



「……ははっ、なるほど」



画面越しに配信を見て、即座に反応してくれたらしい。

俺はカメラに向かって、拾った鉱石を軽く振ってみせた。



楠木くすのきさん、了解です。これはアロマの素材になるみたいなので、次回来店される時まで、大事に保管しておきますね」



魔獣のスミが見つけた最下層の素材が、地上の調合師の知見によって、誰かを癒やすアロマへと変わっていく。

人間と魔獣、配信の画面越しと現実。

全てが優しく繋がり、連携していくこの空気が、俺はとても好きだった。





温かい余韻を残したまま、配信を終えた後のこと。



ピロン、と。

再び、倉橋くらはしさんからの通知が届いた。

明日の予定の連絡だろうか、と画面を開いた俺は、そこに書かれていた一文を見て、ピタリと動きを止めた。



『通知:何百というノイズを弾いた中で、ただ一人。厳格な審査を通過した「三人目の療養枠申請者」がいる』



鷹村たかむらさん、楠木くすのきさんに続く、三人目の正規の患者。

続くメッセージには、こう書かれていた。



『……君の、知り合いだ』



「俺の、知り合い……?」



俺の脳裏に、ボロボロになってこの店へ辿り着いた、かつてのパーティーメンバーの顔がよぎった。




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