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第44話 【通知】蒼井ヒナからDMが来た。「また行っていいですか?(療養枠で)」

【現在:開業46日目】



特区療養枠とっくりょうようわくを利用して訪れるお客さんたちも、少しずつこのカフェの空気に馴染んできた頃。

定休日明けの静かな午前中、俺の端末に一件のダイレクトメッセージが届いた。



差出人の名前を見て、俺は思わず目を丸くした。



深山みやまさん、お久しぶりです! 蒼井あおいヒナです』



以前、非正規のルートで五十階層ごじゅっかいそうまで強行突破してきて、この店のコーヒーを絶賛してくれたトップ配信者。

現役のSランク探索者でもある彼女からの、突然の連絡だった。



「ヒナさんから? 珍しいな……」



俺は首を傾げながら、メッセージの続きに目を通した。



『実は最近、高難易度ダンジョンの連続攻略が続いていて、疲労がかなり溜まってしまっているんです。……もしよければ、新しくできた「療養枠」を使って、またそちらのお店に行ってもいいですか?』



「……療養枠で?」



俺は少し驚いて、画面を見つめ直した。

ヒナさんのような現役バリバリのトップ探索者が、心身の回復を目的とした療養枠を申請してくるなんて予想外だった。

だが、文面からはいつもの元気なオーラの裏側に、隠しきれない強い疲弊が滲み出ているような気がした。



俺はすぐに、探索者協会たんさくしゃきょうかい監査部かんさぶである倉橋くらはしさんに通信を繋いだ。



『……なるほど。蒼井あおいヒナが療養枠を』



事情を説明すると、通話の向こうで倉橋くらはしさんが低く唸った。



「彼女はSランクのトップ配信者です。もし彼女が療養枠を利用したとなれば、この新制度の認知度も信頼性も、一気に上がるんじゃないですか?」



『ああ、協会としては非常にありがたい話だ。……だが、懸念もある』



倉橋くらはしさんの声が、少しだけ硬くなる。



『彼女の影響力は大きすぎる。もし彼女が自身のチャンネルで同時配信などを行えば、同接数は跳ね上がり、コメント欄は荒れ、特区としての「静かな療養環境」が崩壊しかねない』



「俺もそれが心配でした。うちの店は、静かにコーヒーを飲む場所ですから」



『許可を出す条件は一つだ。……「ヒナ側の配信枠は完全に切らせること」。君のチャンネルでの配信のみとし、彼女の顔は映さない。あくまで「一人の疲弊した客」として扱うこと。それが飲めるなら、本部に申請を通そう』



「分かりました。俺から伝えてみます」



通話を切った俺は、再び端末に向き合った。



トップ配信者である彼女にとって、「配信をしないでダンジョンの最下層へ行く」というのは、大きな見せ場を捨てるようなものだ。

断られるかもしれない。そう思いながら、倉橋くらはしさんから提示された厳しい条件をそのままメッセージにして送った。



すると――。

数十秒も経たないうちに、ピロンと返信が届いた。



『条件、確認しました。全然問題ないです! もちろんそのつもりでした』



「……えっ」



あまりの即答に、俺は思わず声を出してしまった。



『今回は配信者としてじゃなくて、ただの「お客さん」として行きたいだけなので。……また、あのグレイさんの美味しいコーヒーを飲んで、ゆっくり休ませてください』



文末に添えられた、ぺこりと頭を下げる可愛らしいスタンプ。

そこには、数字も、名声も、Sランクとしての重圧もすべて手放して、ただ息をつきたいと願う、一人の等身大の少女の姿があった。



「……そっか」



俺は小さく笑い、ふぅっと息を吐き出した。



相手がトップ配信者だろうと、現役のSランクだろうと、関係ない。

疲れているなら、うちの温かい椅子に座って、美味しいコーヒーを飲めばいい。ただそれだけのことだ。



『分かりました。お待ちしています。……気をつけて来てくださいね』



俺がそう返信すると、すぐに『明後日、行きます!』という元気なメッセージが返ってきた。



俺は端末をポケットにしまい、カウンターの奥で次の豆の選別をしているグレイに声をかけた。



「グレイ。明後日、ヒナさんが来るってさ。今度は配信なしで、ただの客として」



グレイは手を止めず、黄金の瞳をこちらへ向けることもなく、鼻を一度だけ「フン」と鳴らした。

そして、脳内リンクにいつもの短い字幕が落ちてくる。



──『グレイ:仕事だ』



俺はそれに、大きく頷いた。

そう、俺たちにとっては、ただの仕事だ。

世界で一番優しくて温かい、最高のカフェ店員としての仕事である。










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