第38話 【通知】協会から"変な制度"が届いた
【現在:開業34日目】
昨日、ボロボロのAランクパーティを緊急保護した翌朝。
俺の端末に、探索者協会の監査部である倉橋さんから、一通の電子文書が届いた。
件名は『第五十階層・特区療養枠の設立案について』。
「……本当に通したのか。倉橋さん、仕事が早すぎるだろ」
俺は苦笑しながら、文書に目を通した。
昨日の通話で「本部に打診してみる」とは言っていたが、まさか一晩で制度の枠組みを作り上げてくるとは思わなかった。
そこには、心身に深いダメージを負った高ランク探索者を対象に、護衛付きでこの最下層カフェに一時滞在させる新制度の提案が書かれていた。
そして文書の末尾には、倉橋さんからの個人的なメッセージが添えられていた。
『うちはカフェであって病院じゃない。君がそう言いたいのは分かっている。だが、君自身もこの場所と彼らに救われた一人だろう? 恩返しだと思って、どうか頼む』
「……恩返し、か」
俺は思わず独り言をこぼした。
確かに、俺はギルドを追放され、ダンジョンの底で死にかけていたところをコハクやグレイたちに救われた。この温かい空間に救われた一人だというのは、反論のしようがない。
俺が少し渋い顔で端末を眺めていると、コトリ、と目の前に湯気を立てる木製のカップが置かれた。
カウンターの奥で、朝の仕込みを終えたグレイだ。
俺が顔を上げると、グレイは黄金の瞳で俺を静かに見つめ返し、画面の端に短い字幕を落とした。
──『グレイ:客が増えるだけだ』
「……客が、増えるだけ?」
俺がオウム返しに呟くと、グレイは「フン」と鼻を鳴らした。
相手が心身を壊していようが、健康だろうが関係ない。俺たちはここで、ただ美味いコーヒーを淹れて、客をもてなすだけ。
カフェとしての本質は、何も変わらないだろう、と。
「きゅう?」
足元で、俺の顔を見上げていたコハクが、首をこてんと傾けた。
──『コハク:にんげん、くる?』
コハクの字幕には、警戒よりも、新しいお客さんに対する純粋な好奇心が滲んでいた。
スミは『きれいにする』と床を滑り、ポッカは『あっためる!』と炎を揺らしている。
魔獣のスタッフたちは、誰も人間の受け入れを嫌がっていなかった。
「……ははっ。お前たちの方が、よっぽど肝が据わってるな」
俺はグレイが淹れてくれたコーヒーを一口飲み、小さく笑った。
腹は決まった。
「分かったよ。受け入れよう。……ただし、『店のルールを守れる人だけ』っていう絶対条件付きでな」
◇
その日の昼過ぎ。
俺はいつものように配信のスイッチを入れ、視聴者に向けて新しい制度の説明を行った。
──────【LIVE】同接:14,200──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うぽつー!
: 今日はお知らせから?
: 療養枠……? なんだそれ
: 人間のお客さんが来るようになるのか!
: マジかよ! 俺も行っていいの!?
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「いらっしゃい。結論から言うと、この店に人間のお客さんが来るようになります。ただし――」
俺はカメラを真っ直ぐに見据え、声のトーンを落とした。
「来られるのは、協会が厳格な審査を行い、許可を出した高ランク探索者だけです。移動もAランク以上の護衛付きで、滞在時間も制限されます」
コメント欄の熱気を少し冷ますように、俺ははっきりと釘を刺した。
「俺たちは医者じゃありません。ただコーヒーを出すだけです。そして何より、一般の方は絶対に来ないでください。ここは指定危険区域の五十階層です。命の保証はありませんから」
──────【LIVE】同接:15,800──────
: なるほど、協会公認のガチ勢専用か
: そりゃそうだ。道中が危険すぎるもんな
: 線引きちゃんとしてて安心したわ
: カフェが駆け込み寺みたいになるのか。胸熱
: 人助けじゃん、主さんかっこいい!
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視聴者からの反応は、概ね好意的だった。
「聖地化しそう」と騒ぐ声もあったが、厳格なルールを提示したことで、「節度を守って画面越しに応援する」という空気がしっかりと作られていく。
そこへ、画面の端にグレイの字幕がポンと浮かんだ。
──『グレイ:騒がしい』
──────【LIVE】同接:16,500──────
: グレイ店長に怒られたwww
: すみません店長! 静かに見ます!ww
: やっぱこの店は魔獣ファーストなんだよなぁ
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グレイの一言で、少し硬くなっていた配信の空気が一気に和んだ。
その後はいつも通りの癒やし配信となり、常連の角鹿がラテを飲みに来たり、プリンの追加注文を作ったりと、穏やかな時間が流れていった。
◇
配信を終えた後の、夕方。
ピロン、と。
端末に、倉橋からのメッセージが届いた。
『通知:制度の受諾、感謝する。さっそくで申し訳ないが、最初の申請者が一名いる』
「もうか。早いな……」
俺が続きの文章に目を落とすと、そこには少し重い事実が記されていた。
『元Sランクの探索者だ。深層での事故で心身を壊し、半年以上現場に復帰できていない。……明日、そちらへ向かわせる』
「……元Sランク」
地上でトップクラスの実力を持っていた人間すら、再起不能にするのがダンジョンの深層だ。
どれほど深く傷ついているのか、俺には想像もつかない。
だが、やることは決まっている。
「明日、人間用にもう一つ、いい椅子を作らないとな」
俺は小さく呟き、静かに明日の準備を始めた。




