第37話 【緊急保護】深層帰りのAランクパーティが、ボロボロで転がり込んできた
【現在:開業33日目】
特区としての初日を無事に終え、俺たちのカフェは今日も平和な営業を始めていた。
──────【LIVE】同接:15,400──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うぽつ!
: 今日も門番の古竜さんは爆睡してるなw
: 角鹿さん、今日も綿毛の友達連れてきてる。可愛い
: この安定感よ。ずっと見てられる
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「いらっしゃい。今日も最下層は平和ですよ」
俺がカメラに向かって微笑むと、常連の角鹿と綿毛の小魔獣が、仲良くはちみつラテを舐めているのが映り込んだ。
このまま穏やかな日常が続く。
そう思っていた、矢先のことだった。
チリッ……!!
ツタの上で羽休めをしていたチルが、突然、開店の合図とは明らかに違う「鋭く短い警戒音」を鳴らした。
「え?」
直後、コハクの全身の毛がブワッと逆立ち、怯えたように俺のふくらはぎの後ろに隠れた。
カウンターの奥では、グレイが特大ミルを回す手を止め、ゆっくりと立ち上がって入り口のアーチへと鋭い視線を向ける。
ズッ……ガシャン……。
アーチの外から聞こえてきたのは、複数の重い足音。
荒い呼吸と、金属が岩肌に擦れて引きずられるような、不穏な音だった。
「……配信、一旦切ります」
俺は冷静に告げ、カメラのスイッチをオフにした。
直後。
崩れたアーチの外から、三人の人間が倒れ込むようにして店内に転がり込んできた。
「はぁっ、はぁっ……! だ、めだ……もう、一歩も……っ」
ボロボロの装備を纏った、三人組の探索者パーティだった。
リーダー格と思われる女剣士は、肩の防具が半壊し、腕には血の滲んだ応急処置の包帯が巻かれている。
サポーターの男は魔力切れを起こしているのか、足元がふらついて立っているのもやっとの状態。
もう一人の弓使いに至っては、精神的に限界を迎えているらしく、目が虚ろで何も言葉を発していない。
全員に共通しているのは、極度の緊張状態が何時間も続いた後の、限界を超えた疲弊だ。敵意は全くない。
だが、ここはダンジョン五十階層の最下層。
彼らは絶望的な表情で、巨大な銀狼であるグレイを見上げ、残った気力すらも折れかけていた。
「大丈夫です。ここは協会認定の特区です」
俺は素早く彼らに駆け寄り、声をかけた。
そして、入り口のすぐ外で寝ている巨大な古竜に彼らが気付いてパニックになる前に、はっきりと告げる。
「あの外で寝ている大きいのも、うちの常連で害はありませんから」
「……う、嘘だろ……」
女剣士が呻くようにアーチの外を見る。
だが、古竜が微動だにせずスースーと平和な寝息を立てているのを見て、なんとか正気を保ったようだった。
「倉橋さんに連絡を入れます。迎えが来るまで、ここで休んでいってください」
俺はすぐに端末を取り出し、探索者協会の倉橋へ緊急通信を入れた。
深層での帰還ルート崩落に巻き込まれ、未踏の下層ルートへ逃げ込んだ結果、ここまで迷い込んでしまったらしい。
『……状況は把握した。すぐに護送班を出す。到着まで四から六時間はかかるだろう。それまで、彼らの保護を頼む』
倉橋からの返答を得て、俺は三人に振り返った。
「武器をあのラックに預けてください。ここは、店なので」
俺がルールを提示すると、女剣士は一瞬だけ躊躇した。だが、カウンターの奥でグレイの黄金の瞳に静かに見据えられ、抗う気力を失ったように剣を置いた。
他の二人もそれに従う。
──『グレイ:座れ』
グレイの短い指示に従い、三人は丸太の椅子に崩れ落ちるように腰を下ろした。
ここからは、特区としてのシェルター機能の出番だ。
すうっ。
スミが音もなく滑り、三人の足元の泥と血痕を綺麗に吸い取る。
ぽわん。
ポッカが石の炉で揺れ、店内の空気をじんわりと温め、冷え切った鎧の隙間から彼らの体温をゆっくりと戻していく。
チリロ、チロロ……。
チルが低く穏やかなさえずりを始め、張り詰めていた神経を少しずつ解きほぐしていく。
そして、俺の足元に隠れていたコハクが、トコトコと三人に近づいた。
ふんふんと匂いを嗅ぐ。
──『コハク:てき、いない』
──『コハク:つかれてる』
安全と状況を判定したコハクは、一番精神的に参っている弓使いの足元にそっと寄り添い、ふくらはぎに自分のふわふわの冬毛を押し付けた。
さらさらという毛擦れの音と、確かな生き物の体温。
魔獣に対しても発揮された極上の癒やしは、人間に対しても同じように作用した。
虚ろだった弓使いの目に、ほんの少しだけ光が戻る。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
カウンターの奥では、グレイが三人分の深淵珈琲を挽いていた。
極上の湧き水で抽出された純粋なブラックコーヒー。
湯気が三つのカップから立ち上り、血と泥と汗の匂いを、芳醇で落ち着く香りへと塗り替えていく。
「どうぞ。まずは温まってください」
俺がカップを差し出すと、女剣士が震える手でそれを持ち上げ、一口飲んだ。
その瞬間。
彼女の肩が、ガクッと落ちた。
張り詰めていた全身の力が、一気に抜けたのだ。
「……なんだこれ。美味すぎて……力が、抜けた」
「生き返る……」
サポーターの男も、一口飲んで深く息を吐き出した。
弓使いの男は、片手でコハクの背中を撫でながら、もう片手でカップを口に運び、黙ったまま大粒の涙をこぼしていた。
俺はおかわりを注ぎながら、野鳥の卵と樹液で作った『最下層プリン』も振る舞った。
甘くて滑らかなプリンを食べ終わる頃には、三人はすっかり落ち着き、まともに会話ができるくらいまで回復していた。
「あんた……何者なんだ?」
女剣士が、不思議そうな目で俺を見た。
「なんでこんなダンジョンの底で、こんなに温かい空間が作れるんだ」
「俺は、ただのテイマーです」
俺は使い終わったカップを拭きながら、小さく笑った。
「ここで、この子たちと一緒にコーヒーを淹れてるだけですよ」
◇
数時間後。
倉橋が手配したAランクの護送班が到着した。
三人は自力で立ち上がれるまで回復しており、預けていた武器を受け取って帰還の準備を整えた。
「命を救われた。本当に、礼を言わせてくれ」
女剣士が、俺に向かって深く頭を下げた。
「店として、当たり前のことをしただけです」
俺が微笑むと、三人は何度も頭を下げながら、護送班と共に地上へと帰っていった。
彼らが去った後、俺は倉橋に無事引き渡したことを報告する通話を入れた。
すると、電話越しに少しの沈黙があった後、倉橋が珍しく感情のこもった声で口を開いた。
『深山。……今回の件で、確信した』
「確信、ですか?」
『あの空間には、戦闘後の探索者を回復させる劇的な効果がある。コーヒーや食事だけじゃない。君と魔獣たちが作り出す空気そのものが、人間の極限の緊張を根本から解きほぐしているんだ』
『肉体的な傷や体力の消耗なら、地上に戻って治癒魔法やポーションを使えばいくらでも回復できる。……だが、心の傷や、極限状態の連続による精神の摩耗は、魔法では治せない。それが原因で、二度とダンジョンに潜れず引退していく有能な探索者が後を絶たないのが現状だ』
「……」
『だからこそ、精神を癒やす場所が必要なんだ。病院のような無機質な治療施設ではなく、ただの「休息」を与えてくれる君たちのカフェがな。……これを制度化できないか、本部に打診してみるつもりだ』
「制度化……」
少し驚いたが、俺の答えは決まっていた。
「俺たちは、いつも通り店を開けるだけですよ。制度がどうなろうと」
俺の言葉に被せるように、脳内リンクにグレイの短い字幕が落ちてきた。
──『グレイ:当然だ』
通話を切り、俺はふと、弓使いが座っていた丸太の椅子に目を向けた。
座面には、コハクの冬毛が数本、金色に光って残っている。
俺はそれを摘み取らず、そのままにしておくことにした。
「……次に座る客も、温かいほうがいいからな」
ダンジョン最下層のカフェは、これからも変わらずに、ただ誰かの居場所を温めるために在り続ける。




