第36話 最下層カフェは、今日も開く
【現在:開業32日目(特区認定・初日)】
チリリーーーン!
入り口の特等席で、チルが朝一番の澄んだ声を響かせた。
それを合図に、俺は配信のスイッチを入れる。
──────【LIVE】同接:15,200──────
※探索者協会認定・第50階層特別安全区(特区)
: うぽつ!
: 特区認定おめでとう!!
: ついに正式なカフェになったんだな!
: 記念すべき初日! ……って、ん?
: 待って。主さんの後ろ、外のアーチのところに……何か山みたいなヤバいのが寝てない!?
: は!? なんか鱗みたいな……え、ちょっと待ってデカすぎない!?
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同接が過去最高を記録する中、コメント欄が即座に異変に気づいてパニックに陥った。
無理もない。
カメラの画角の奥、吹き飛んだ植物アーチのすぐ外側。
特区の境界線ギリギリの場所に、超巨大な古竜がとぐろを巻いて、スースーと平和な寝息を立てているのだから。
「ああ、彼ですか。驚かせてすみません」
俺は苦笑しながら、古竜の巨大な鼻先に近づき、ポンポンと硬い鱗を撫でた。
古竜は薄く目を開け、俺の匂いと温かいカフェの空気を嗅ぐと、嬉しそうに喉を鳴らした。
──『古竜:……ねむい』
──『古竜:……あったかい』
「昨日から、うちの『新しい常連客』になってくれまして。特区の入り口を守る、頼もしい門番みたいなものです」
──────【LIVE】同接:18,400──────
: 常連客(古竜)
: 門番のレベルが規格外すぎるwww
: 地鳴りの正体ってこいつだったのかよ!
: 『ねむい』『あったかい』……嘘だろ、あのバケモノが完全に懐いてる……。
: 最下層カフェ、防衛力カンストしてて草
: これが特区の絶対的安心感か……!
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「ははっ、というわけで。この店はもう、何があっても絶対に安全です」
俺が胸を張って宣言すると、店内ではいつもの愛おしいルーティンが始まった。
すうっ、つるんっ。
スミが『きれい!』と字幕を出しながら、古竜が持ち込んだ泥さえも完璧に吸い取って床を磨き上げる。
ぱちぱちっ。
石の炉ではポッカが『あったか!』と炎を揺らし、極上の湧き水を完璧な温度で沸かしていく。
チリロ、チリリン。
ツタの上では、チルが『いらっしゃい』とお客様を歓迎する優しいBGMを歌い上げる。
トコトコトコ。
コハクが『どうぞ!』と短い字幕を浮かべながら、常連の角鹿たちを空いている席へと器用に誘導していく。
そして。
カウンターの奥で、SSランクの銀狼――グレイが、特大のミルを回し始める。
ゴリ、ゴリ、ゴリ……。
重厚な音と共に挽かれた深淵珈琲に、ポッカの沸かした極上の湧き水が注がれる。
トトトトト……。
美しく膨らむコーヒードーム。
店内に、どこまでも澄み切った、芳醇で深い香りが満ちていく。
グレイはカップにコーヒーを注ぐと、俺の前へとスッと押し出した。
──『グレイ:飲め』
「……いただきます」
俺は一口飲み、その完璧な味に深く息を吐き出した。
無能だと追放され、死にかけていた俺が、ダンジョンの底で見つけたもの。
それは、世界で一番優しくて、温かい仲間たちだった。
「俺は、テイマーの深山灯。――そしてここが、俺たちの居場所である『最下層カフェ』です」
俺がカメラに向かって微笑むと、仲間たちもそれぞれに嬉しそうに鳴き声を上げた。
奥で古竜が寝ていようと、世界がどう変わろうと。
俺たちはここで、今日も美味しいコーヒーを淹れ続ける。
ダンジョン最下層のカフェは、今日も平和に営業中だ。
◇
――そして。
五十階層が、誰も手出しできない『絶対の安全地帯(特区)』として正式に認定されたというニュースは、瞬く間に地上へと知れ渡った。
美味すぎるコーヒー、温かい魔獣たち、そして何より、絶対に傷つくことのないシェルターとしての機能。
崩壊したギルドの残党や、心身ともにすり減った探索者たち。
その噂を聞きつけ。
今度は、地上の光に疲れた「人間のワケアリ客」が、深淵の底を目指して迷い込んでくる足音がしていた……。




