第31話 【新メニュー】最下層プリン作ったら、グレイが真顔になった
【現在:開業30日目】
『報告書:特区本審査における懸念事項「安全導線の確保」について。
昨日の配信アーカイブ(該当タイムスタンプ添付)をご確認ください。
当カフェにおいては、店長(SSランク魔獣)の指示による「列形成」と、接客担当(狐型魔獣)による「誘導」が機能しております。
これにより、パニックを起こした外部の魔獣であっても、自発的にルールに従い、安全かつ速やかに待機場所へと導かれます。
人為的な柵や看板以上に、この「店内ルール」そのものが、最も確実な安全導線として機能していると報告いたします』
俺は端末の画面をタップし、探索者協会の監査部宛てにレポートを送信した。
これで、審査官に提示された最後の課題の提出は完了だ。
あとは結果を待つだけ。
俺は深く息を吐き、気持ちを切り替えてから配信アプリを立ち上げた。
今日は、とびきり甘くて幸せな時間にする約束がある。
チリリーーーン!
入り口の植物アーチで、チルが高く澄んだ開店の合図を鳴らした。
──────【LIVE】同接:10,540──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)
: うぽつ!
: プリン待機!
: 昨日の今日でもう一万人超えてて草
: みんな最下層スイーツに飢えてるんだよ
: 今日はグレイ店長のコーヒーはお預けかな?
──────────────────────
「いらっしゃい。今日は予告通り、昨日お客さんからもらった素材で『最下層プリン』を作ります」
俺がカメラの前に置いたのは、ダチョウの卵ほどもある巨大な『野鳥の卵』と、ミルクの代わりになる濃厚な『甘い樹液』だ。
そして、傍らではグレイが「フン」と鼻を鳴らし、すでに特大ミルで深淵珈琲の豆を挽き始めている。
「もちろん、甘いスイーツには最高のコーヒーが必要です。グレイ、今日も頼むな」
俺の言葉に、グレイは静かに頷いた。
さっそく調理開始だ。
まずは、巨大な卵を大きなボウルに割り入れ、かき混ぜる。そこに濃厚な樹液をたっぷりと加え、さらに混ぜ合わせていく。
次に、甘実のシロップを小鍋に入れ、火霊のポッカに温めてもらう。
──『ポッカ:あつくする?』
「ああ、焦がす一歩手前まで頼む。カラメルソースを作るからな」
ポッカの完璧な火力調整により、シロップがふつふつと泡立ち、香ばしくほろ苦いカラメルの匂いが店内に広がった。
木製のカップの底にカラメルを敷き、その上から卵と樹液のプリン液を流し込む。
あとは蒸すだけだ。
石の炉に水を張り、ポッカに『弱火でじっくり』とお願いする。
スミが『きれい』と作業台の汚れを即座に吸い取ってくれるおかげで、調理の連携も完璧だった。
◇
蒸し上がったプリンを、あの極上の湧き水に浸してキンキンに冷やすこと数十分。
「お待たせしました。完成です」
俺がカメラの前に木皿を置く。
カップからひっくり返して取り出したそれは、完璧な黄金色をしていた。
頂点から、琥珀色のカラメルソースがとろりと滴り落ちている。
皿を少し揺らすと、ぷるんっ、と弾力のある動きで揺れた。
──────【LIVE】同接:13,200──────
: うわあああああ美味そう!!
: ぷるんぷるんじゃないか!
: 最下層でこんな完璧なプリン見せられるとは思わなかった
: 飯テロすぎる……!
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「きゅん!」
足元では、甘い匂いにつられたコハクが、目をキラキラさせて尻尾をちぎれんばかりに振っている。
「ははっ、後でみんなの分もあるからな。……まずは、味見を」
俺は木のスプーンを手に取り、プリンの表面にそっと差し込んだ。
すっ……。
滑らかにスプーンが沈み込む音。
そして、底のカラメルソースと絡めながらすくい上げる、とろりとした極上のASMR音がマイクに乗る。
俺はそれを、一口食べた。
……美味い。
野鳥の卵の濃厚なコクと、樹液の優しい甘さが、舌の上でとろけて消えていく。そこにカラメルのほろ苦さが加わり、味が完璧に引き締まっていた。
「……最高です。これ以上のプリンは、地上でも食べたことがないかもしれない」
俺は感動のあまり息を吐き、すかさずもう一つのプリンを、コーヒーを淹れ終えたグレイの前にスッと押し出した。
「グレイ、食べてみてくれ。自信作だ」
グレイは黄金の瞳でプリンをじっと見つめ、長い舌を伸ばして、一口分をペロリとすくい取った。
その瞬間。
ピタ、と。グレイの動きが完全に止まった。
耳がぴんと立ち、銀狼の顔が、かつてないほどの『真顔』になる。
あまりの美味しさに、SSランク魔獣の思考回路がショートしたような、完璧なフリーズ状態。
そして、画面の端に、ぽつんと短い字幕が浮かび上がった。
──『グレイ:……良い』
──────【LIVE】同接:14,580──────
: グレイ店長が真顔になったwww
: 『……良い』(大絶賛)
: SSランクを黙らせるプリン
: 顔がマジすぎるww
: コーヒーの苦味と絶対合うやつだ! 最高!
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コメント欄が爆笑と癒やしの言葉で埋め尽くされる中、コハクやスミ、チルたちもそれぞれのプリン(シロップ)をもらい、店内にこの上なく幸せな空気が満ちていった。
最高の癒やし回は、過去最高の同接数を叩き出して幕を閉じた。
◇
大満足の配信を終え、片付けをしている時のことだった。
ピロン。
俺の端末が、一件の通知を知らせた。
差出人は、監査部の倉橋だ。朝送ったレポートの返信だろうか。
俺は画面を開き、そこに書かれた短い一文を見て、息を呑んだ。
『通知:報告書を確認した。安全導線の確保、見事な証明だった。審査委員会も完全に納得している』
そして、次の行。
『特区の正式決裁が下りた。明日、許可証の書類を持っていく』
「…………っ」
俺は端末を握りしめ、震える息を吐き出した。
決まった。
この五十階層の最下層が。俺たちが一から作り上げたこの小さな店が。
誰にも脅かされることのない、俺たちの『正式な居場所』になったのだ。
「……みんな」
俺が顔を上げると、グレイが静かにこちらを見つめ返していた。
明日は、待ちに待った特区認定の日になる。




