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第30話 【常連】「いつもの」が、二つになった

【現在:開業29日目(延長枠)】



先ほどの「啓発宣言」の配信を終え、カメラの電源を落とした直後のことだった。



チリリン。

チルが優しく鳴き、入り口の植物アーチからひょっこりと顔を出したのは、うちの一番の常連客である角鹿つのじかだった。

そしてその背中に隠れるようにして、一回り小さな野生魔獣がおずおずとついてきている。

ふわふわとした綿毛のような毛並みを持つ、丸っこい小魔獣だ。



「……なるほど。地鳴りに怯える友達を、『ここは安全だよ』って連れてきてくれたのか」



俺は慌てて端末を操作し、再び配信のスイッチを入れた。



──────【LIVE】同接:8,120──────

※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)

: お、延長戦?

: 枠切り直したのかと思ったら、お客さんじゃん!

: 鹿さん! と、後ろにいるの誰だ?

: 友達連れてきたのかww

: めちゃくちゃ怯えてるな……昨日の地鳴りのせいか

──────────────────────



「皆さん、延長戦です。うちの常連さんが、新しいお客さんを連れてきてくれたみたいで」



俺が小声で実況する中、角鹿は慣れた足取りでいつもの丸太の椅子へと向かい、ちょこんと座り込んだ。

だが、連れてこられた綿毛の小魔獣は勝手が分からず、オロオロとアーチのそばで立ち尽くし、パニックを起こしかけている。



数日前の本審査で、審査官が懸念していた事態。

『音に過敏になった野生の魔獣が暴走して雪崩れ込んできた場合、客の安全を確保する導線が不明確だ』。



まさにそのテストケースだった。

だが、うちの店長は動じない。



グレイがカウンターから身を乗り出し、長い鼻先で、角鹿の隣にある空の丸太椅子をツンと指し示した。



──『グレイ:並べ』



画面の端に浮かんだ短い字幕。

それは、最下層のボスが定めた「平和なカフェの絶対ルール」だった。



角鹿が『きゅる』と促すように鳴き、足元ではコハクがトコトコと駆け寄って、小魔獣の歩くべき道を先導する。

すると、怯えて暴走しかけていた小魔獣はピタリと大人しくなり、コハクの誘導に従って角鹿の隣の椅子にちょこんと並んで座った。



──────【LIVE】同接:9,540──────

: ちゃんと並んだ! えらい!

: コハクの誘導と、グレイ店長の指示。完璧な連携だ

: 暴走の欠片もない。ただのお行儀のいいお客さんじゃん

: ……これ、審査官が言ってた「安全導線」の答えじゃないか?

: 確かに! 魔獣同士で自発的にルール守って避難できてる!

──────────────────────



コメント欄の指摘通りだ。

人間が柵や看板を立てなくても、彼ら自身が店としての「秩序ルール」を共有し、新客に教えている。

これ以上に完璧な安全導線なんてない。俺は確かな手応えを感じて、思わず口元を緩めた。



「いらっしゃい。いつもの、はちみつラテでいいな?」



俺が角鹿に笑いかけると、角鹿は嬉しそうに耳をパタパタと揺らし、隣の小魔獣を鼻先で小突く。どうやら「こいつにも同じものを」と言っているらしい。



「よし。グレイ、いつものを二つだ」



グレイが静かに頷き、ポッカが『あったか』と揺れながら適温にした湧き水で、深淵珈琲アビス・コーヒーを抽出する。

甘実あまみのシロップをたっぷりと混ぜた特製のラテが、二つの木皿に注がれた。



グレイが前足で器用にカップを押し出し、二匹の前に並べる。



──『グレイ:飲め』



角鹿が美味しそうに舐め始めると、小魔獣も真似をして、おずおずと舌を伸ばした。

一口飲んだ瞬間。

小魔獣の丸い目が、ぱあっと輝いた。



──『小魔獣:あまい!』

──『小魔獣:おいしい!』



警戒心も恐怖も完全に忘れ、夢中で甘いラテを舐め続ける二匹。

その光景に、コメント欄は「可愛い」「癒やされる」の弾幕で埋め尽くされた。



「……ははっ。どうやら、『いつもの』が二つになったみたいだな」





すっかりラテを堪能し、心底リラックスした二匹が帰る時のこと。



角鹿と小魔獣は、アーチの手前で振り返ると、ポンッと手持ちの素材を床に置いていった。

チルの「またね」の鈴の音に見送られ、二匹は元気にダンジョンの奥へ帰っていく。



「今日のお代は……おっ、これは」



俺が拾い上げたのは、ヤシの実のような硬い殻に入ったたっぷりの『甘い樹液(ミルクの代替品になりそうなほど濃厚な汁)』と、ダチョウの卵くらいある大きな『野鳥の卵(食用・安全)』だった。



「すごいな。こんな立派な素材、なかなか手に入らないぞ」



俺は二つの食材を見比べ、やがて口元を緩めた。

甘実のシロップに、濃厚なミルク代わりの樹液、そして卵。

ポッカの完璧な火加減があれば、蒸し上げることもできる。



「……プリン、いけるな」



ダンジョンの最下層で、まさかの極上スイーツ。

俺の呟きを聞き逃さなかったコメント欄が、「マジか!」「絶対見に来る!」とお祭り騒ぎになる中、俺はホクホク顔で配信のスイッチを切った。






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