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第29話 【宣言】来ないで。でも、画面の向こうで見てて。

特区としての安全ラインを見極めた、翌日の配信。

俺はいつものようにカメラを立ち上げたが、今日はあえて笑顔を作らず、真っ直ぐにレンズを見つめた。



──────【LIVE】同接:8,950──────

※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)

: うぽつ!

: あれ、主さん今日なんか顔真剣じゃない?

: トラブル?

: グレイ店長も心なしかキリッとしてる

──────────────────────



「いらっしゃい。……今日はコーヒーを淹れる前に、皆さんへどうしても伝えておきたいことがあります」



俺の声のトーンに、流れるコメントの速度が少しだけ緩やかになった。



「昨日、特区としての安全導線を確保するために、この店の外――入り口から少し離れた深淵の境界線まで様子を見てきました」



俺は言葉を切り、カウンターの奥で待機するグレイや、足元で大人しく座っているコハクたちを見渡した。



「最近の配信で、この店はすごく安全で、温かくて、湧き水も美味しい、最高のカフェとして映っていると思います。……でも、それはあくまで『このアーチの内側だけ』の話です」



俺はカメラに向き直り、はっきりとした声で告げた。



「ここは五十階層です。一歩外に出れば、Sランク級の魔獣がうろつき、得体の知れない地鳴りが響く、文字通りの地獄です。だから――絶対に、ここに来ようとしないでください」



俺の真っ直ぐな宣言。

炎上するかもしれない、という恐れはなかった。

特区という公的な拠点になるからこそ、そして何万人という人が見てくれているからこそ、絶対に言わなければならないことだ。



「聖地巡礼とか、美味いコーヒーが飲みたいとか、そういう軽い気持ちでダンジョンに潜ったら、間違いなく死にます。俺たちは、画面の向こうの皆さんが怪我をするのを望んでいません」



俺の言葉に呼応するように。

カウンターの奥で腕――前足を組んでいたグレイが、黄金の瞳でカメラをスッと見据えた。



画面の端に、短い字幕が浮かび上がる。



──『グレイ:来るな』



それは、最下層のボス魔獣からの、絶対的な警告。

そして同時に、視聴者を死なせたくないという、店長としての不器用な優しさでもあった。



「……グレイの言う通りです。だから皆さん。俺たちのカフェは、どうか『画面の向こう』から、安全な部屋でコーヒーでも飲みながら見ていてください」



俺が深く頭を下げると、一瞬の静寂の後、コメント欄が爆発的な勢いで流れ始めた。



──────【LIVE】同接:12,140──────

: 了解!!

: そりゃそうだ。50階層だもんな

: 主さん、ちゃんと釘刺してくれてありがとう。特区になるからこそ大事なことだ

: グレイ店長の『来るな』、迫力ヤバいけど優しさ感じる

: 行かないよ! 画面越しで癒やされるのが一番だからな!

: ちゃんと客の命を心配してくれる、最高のカフェだわ

──────────────────────



同接は下がるどころか、一万二千人を超えていた。

炎上どころか、誰もが俺たちの真剣な言葉を真っ直ぐに受け取ってくれたのだ。



それは、探索者協会が求める「特区の管理者としての責任」を、何万人という証人の前で果たした瞬間でもあった。

これで、俺たちの信用は揺るぎないものになる。



「……ありがとうございます。皆さんが約束を守ってくれるなら、俺たちはこれからもずっと、ここで最高のコーヒーを淹れ続けます」



俺が顔を上げ、いつものように微笑むと、グレイが待っていたとばかりにミルを回し始めた。

ゴリ、ゴリ、という重厚な音が響き、ポッカが『あったか』と湯気を上げる。

張り詰めていた空気が解け、いつもの最高に癒やされる「日常」が戻ってきた。





大盛況のまま配信を終え、俺は裏返していた営業札を表に戻した。



「みんな、ありがとな。これで人間のお客さんは、協会の人くらいしか来なくなるはずだ」



俺が胸を撫で下ろしていると、入り口の植物アーチで、チリン……とチルが優しく鳴いた。



カサッ。

葉が揺れ、ひょっこりと顔を出したのは、見慣れた若草色の毛並み――一番の常連客である角鹿つのじかだ。



「いらっしゃい。いつものか?」



俺が声をかけると、角鹿は嬉しそうに耳をパタパタと揺らした。

しかし、今日はすぐに席へは向かわず、アーチの外に向かって『きゅるる』と促すように鳴いている。



「ん……?」



角鹿の背中に隠れるようにして、おずおずとアーチをくぐってきたのは、角鹿より一回り小さな、別の野生魔獣だった。

どうやら、昨日の地鳴りに怯えていた友達を、「ここは安全だよ」と連れてきてくれたらしい。



画面の向こうの人間だけでなく。

ダンジョンの最下層に生きる魔獣たちの間でも、ここは「絶対の安全地帯」として、確かな安心感が広がり始めていた。




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