第27話 【一時滞在】奥の音に怯える魔獣が来た。俺たちは「店の中」の安心を守る
【現在:開業27日目】
特区認定の「条件付きクリア」をもらった翌日。
俺たちはいつも通りに配信のスイッチを入れ、最下層カフェの営業を始めていた。
──────【LIVE】同接:9,120──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)
: うぽつ!
: 昨日のお堅い審査官、無事に納得させられてよかったな!
: あとは「安全導線」の確保だけだっけ?
: スミちゃん今日も床磨きお疲れ様
: チルの鳴き声待機
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「いらっしゃい。ええ、皆さんの応援と、この子たちのおかげで、特区認定まであと一歩のところまで来ました」
俺がコメント欄に笑いかけ、カウンターの奥でグレイが静かに豆を挽き始めた、その時だった。
ズゥゥン……。
床の底から響くような、遠く、重い反響音が微かに足の裏を伝わった。
ダンジョンの深淵から漏れ出たような音。昨日、審査官が懸念していた地鳴りだ。
距離があるせいか、店が揺れるほどではない。
だが、音に敏感な魔獣にとっては別だった。
ガサガサッ!
チルの「いらっしゃい」の鈴の音よりも早く、入り口の植物アーチが乱暴に揺れた。
転がり込んできたのは、長い耳を持ったウサギみたいな姿の小魔獣だ。
何かに追われているのかと身構えたが、様子がおかしい。
俺の足元から飛び出したコハクが、瞬時に小魔獣の匂いを嗅ぎ分け、脳内リンクに状況を落としてくる。
──『コハク:てき、いない』
──『コハク:びっくりしただけ』
「音に驚いて、逃げ込んできたのか」
よく見れば、小魔獣に怪我はない。
ただ、泥だらけになって、丸まった背中が小刻みにガタガタと震えている。
俺はカメラの画角を少し上にずらし、怯えた小魔獣が直接映らないように配慮してから、静かに声をかけた。
「大丈夫だ。ここは安全だぞ」
そして、俺は店員たちを見渡した。
「みんな、外の音が聞こえないようにしてやってくれ」
俺の指示で、カフェの『完璧な連携』が、そのまま『シェルター機能』へと切り替わった。
まずは、入り口のツタに止まっているチルだ。
「チル、少し長めに歌ってくれるか?」
俺が頼むと、チルは『わかった』とばかりに胸を張り、高く澄んだ声で鳴き始めた。
チリロ、チロロロ……。
銀の鈴を転がすような、心地よいさえずりが店内に響き渡る。
それが天然の環境音(BGM)となり、外の不穏な反響音を見事に掻き消してくれた。
次にポッカ。
石の炉でぱちぱちと燃えるポッカに、「少しだけ温度を上げてくれ」と頼むと、ポッカは『あったか』と炎を揺らし、店内の空気をじんわりと温かく包み込んだ。
そして、コハクの出番だ。
怯えて震える小魔獣の隣にぴったりと寄り添い、ふかふかの冬毛を毛布みたいに押し付ける。
──『コハク:もう、あんしん』
チルの心地よい音と、ポッカの温かい空気。そしてコハクの匂いに包まれ、小魔獣の震えが次第に治まっていく。
長く垂れた耳が、少しだけ持ち上がった。
そこへ、コトリと小さな木皿が差し出される。
グレイだ。
前足で押し出してきたのは、甘実のシロップを少しだけ溶かした、温かいホットミルクだった。
──『グレイ:飲め』
客を労う、店長からの特別な一杯。
小魔獣は鼻をひくつかせると、ぺろぺろとミルクを舐め始めた。
脳内リンクに、安堵の感情がふわりと浮かぶ。
──『小魔獣:おいしい』
──『小魔獣:こわくない』
──────【LIVE】同接:10,120──────
: 完璧なケア連携で泣いた
: 店の機能がシェルターにもなるのか
: チルのBGM有能すぎる
: コハクの毛布、俺も包まれたい
: グレイ店長のホットミルク……至れり尽くせりだな
: ここがダンジョンの最下層だなんて信じられない
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コメント欄も、優しい驚きと称賛で溢れていた。
ただ美味しいコーヒーを出すだけじゃない。いざという時に傷ついた者や、怯える者を守れる。
それこそが、俺たちの目指す本当の「居場所」の形だ。
◇
すっかり落ち着きを取り戻した小魔獣は、しばらくコハクと一緒に丸まってうたた寝をした後、元気にダンジョンの奥へと帰っていった。
俺は配信を切り、静かになった店内で一人、息を吐いた。
「……昨日の審査官の懸念通りだな。あの音に怯えて、迷い込む魔獣が増えるかもしれない」
俺は、入り口の植物アーチ越しに、ダンジョンの奥の暗闇を見据えた。
今までは「関係ない」と環境音の延長として流してきた。
だが、特区として正式に認められるためには、お客さんやスタッフの安全を確実に守るための『ライン』を引かなければならない。
「特区の管理者としての報告義務を果たすためにも……どこまでが安全か、入り口から観測してラインを引いておこう」
奥へ踏み込むつもりはない。戦うつもりもない。
ただ、店主としての責任を果たすため。
俺の言葉を聞き、カウンターの奥でグレイが静かに立ち上がった。
明日は、少しだけ店の外へと目を向けることになりそうだった。




