表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/100

第24話 【来客】水源調査に来たAランク探索者、普通に常連になりたそうにしている

【現在:開業24日目】



その日、俺は配信のスイッチを入れずに、静かに「お客さん」の到着を待っていた。



チリリーーーン!



入り口の特等席で、チルが高く澄んだ声を響かせる。

アーチの葉がカサリと揺れ、一人の男が姿を現した。



分厚い魔獣の革で作られた防具に、背中には身の丈ほどもある大剣。

全身から立ち上る魔力の密度は、以前やってきた倉橋監査官にも引けを取らない。間違いなく、第一線で活躍するAランク探索者だ。



「……失礼します。協会監査部からの通達で、水源調査と下見に参りました」



男は入り口で立ち止まると、警戒を解かないまま、店内を素早く見回した。

そして、カウンターの奥に鎮座する銀色の巨体――グレイと視線がぶつかり、息を呑む。

SSランク魔獣の圧倒的なプレッシャー。歴戦の探索者だからこそ、その格の違いが本能レベルで理解できてしまうのだろう。



男の額に、じわりと冷や汗が浮かぶ。

背中の大剣に手が伸びそうになった、その時だった。



「きゅう」



俺の足元から飛び出したコハクが、トコトコと男の足元へ近寄っていった。

ふんふん、と匂いを嗅ぐ。

極度の緊張と、土埃の匂い。だが、敵意はない。



──『コハク:てき、いない』

──『コハク:あんしん』



俺の脳内に、コハクの判定が短い字幕となって落ちてくる。

安全を確認したコハクは、男のブーツに自分の頬をすりすりと押し付けた。



「っ……!?」



張り詰めていた男の足元で、もふもふの狐が無防備に愛嬌を振りまいている。

その異常な光景に、男は毒気を抜かれたように肩の力を抜いた。



そこへ、グレイが長い鼻先で、カウンターの上に置かれたグラスをスッと押し出した。

中に入っているのは、昨日発見したばかりの極上の湧き水だ。



──『グレイ:座れ』



脳内リンクを通じた、店長からの絶対的なルール提示。

男はグレイの黄金の瞳に見据えられ、慌てて背中の大剣を下ろすと、壁際のラックに立てかけた。

そして、指定された丸太の椅子に、少し縮こまるようにして腰を下ろす。



「いらっしゃい。遠いところをお疲れ様です。まずは水をどうぞ」



俺が微笑みかけると、男は「い、いただきます」と戸惑いながらグラスを手に取った。

一口飲む。

途端に、男の目が見開かれた。



「……美味い。雑味が一切ない、ものすごくクリアな水だ。これが、報告にあった地下の湧き水ですか」



「ええ。うちの清掃スタッフが、岩肌を磨き上げて見つけてくれたんです」



俺が視線を落とすと、スミが『きれい!』と嬉しそうに床を滑っていった。



「清掃、スタッフ……?」



男が目を瞬かせている間に、カフェの完璧な連携が動き出す。

石の炉でポッカが『あったか』と揺れながら、湧き水を完璧な温度まで沸かす。

グレイが特大ミルで挽いた深淵珈琲アビス・コーヒーに、そのお湯が注がれていく。



トトトトト……。



静かな店内に、心地よい水音と、極上の香りが満ちていく。

やがて、澄んだ黒褐色のコーヒーが男の前に出された。



「どうぞ。湧き水を使った、うちの看板メニューです」



男はカップを両手で包み込み、香りを深く吸い込んだ。

そして、一口。



「……っ」



男は言葉を失い、ただじっとカップの底を見つめた。

深淵珈琲のコクと、湧き水の清涼感。

張り詰めていた探索者としてのオーラが、完全に解けていくのが分かった。



「……信じられない。ここは五十階層の最下層だというのに、地上の一流ホテルで飲むコーヒーよりも、ずっと美味しくて……温かい」



男は小さく息を吐き、コハクの頭をそっと撫でた。

指先が冬毛の奥へ沈み込み、コハクが「きゅ」と心地よさそうに喉を鳴らす。

さらさらという毛の擦れる音と、温かい体温が、男の緊張を最後の一滴まで溶かしていくようだった。



「正直、帰りたくないですね。……非番の日に、普通に常連になりたいくらいだ」



「ははっ、ありがとうございます。でも、道中が危険すぎますからね」



俺が苦笑してカップを拭いていると、男はふと、思い出したように口を開いた。



「……そういえば、店主殿は以前、『蒼穹そうきゅうの剣』に所属していたんですよね」

「ええ。まあ、少し前までですが」



俺の言葉に、男は少しだけ声を潜めた。



「今、地上では彼らのギルドが随分と荒れているらしいですよ。攻略のペースが落ちて、内部で揉め事が絶えないとか……。なんでも、優秀な後方支援を放逐してしまったのが原因だとか、噂になっています」



かつての仲間たちの、不穏な噂。

だが、俺の胸の中には、驚くほど何も感情が湧かなかった。



「……そうですか。でも、もう俺には関係のない話です。ここは、俺たちの店ですから」



俺はカウンターを見渡し、静かにミルを手入れするグレイや、気持ちよさそうに眠るコハクたちを見た。

ここが、俺の居場所だ。

過去のしがらみなんて、この温かい空間には持ち込みたくない。



「……そうですね。野暮なことを言いました」



男は俺の表情を見て、それ以上は踏み込まずに微笑んだ。

そして、持参した魔導容器に湧き水のサンプルをたっぷりと詰め込むと、立ち上がって深く頭を下げた。



「今日は、本当に素晴らしい時間をありがとうございました。この水と、この店の完璧な秩序……本部にもしっかりと報告させていただきます」



男は防護コートを羽織り直し、大剣を背負う。



「明日は、いよいよ本部の厳しい審査官が直接ここへ来ます。どうか、この素晴らしい空間の価値を、分かってもらえますように」



「ありがとうございます。頑張ります」



チリリン。

チルが見送りの音を鳴らす中、男は名残惜しそうに植物アーチをくぐっていった。



いよいよ明日は、特区への格上げを賭けた「本審査」。

大一番に向けて、俺たちの期待と決意が、静かに、だが確かに高まっていた。









──────

【あとがき】

お読みいただきありがとうございます!



水源調査にやってきたAランク探索者でしたが、すっかりカフェの虜になってしまったようです。

過去の噂も少し出ましたが、灯にとってはもう「関係のない話」になっています。



次回は本審査の前日。

配信を休み、店員たちだけで「明日に向けた準備もふもふ」を行います!

(※面白かったら、ぜひ作品フォローと【☆☆☆】で応援をお願いします!)



========================================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ