第22話 【発見】スミが床を磨きすぎた結果、綺麗な「地下の湧き水」を見つけてしまった
【現在:開業22日目】
「いらっしゃい。今日は開店前、朝の仕込みから繋いでます」
俺がカメラに向かって声をかけると、早起きの常連たちから次々と挨拶が返ってきた。
画面に映しているのは、俺ではない。
すうっ、つるんっ!
普段の三倍くらいの猛スピードで岩床を滑り回る、お掃除スライムのスミだ。
──────【LIVE】同接:4,810──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)
: うぽつー
: 朝活助かる
: スミちゃんめっちゃ荒ぶってない?w
: 機動力が普段の比じゃない
: なんかいいことあったのか?
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「昨日、監査官の倉橋さんに『完璧な秩序』って褒められたのが、よっぽど嬉しかったみたいで」
俺が苦笑しながら説明すると、スミは『きれい!』という短い字幕を出して、さらに奥へと進んでいった。
いつもは客席の床がメインだが、今日はカウンターの奥の奥、普段は手が届かない岩肌の隙間まで入り込んで、ピカピカに磨き上げている。
「おいおいスミ、そんな隅っこまでやらなくていいぞ。……ん?」
俺が声をかけた、その時だった。
ちょろ、ちょろろ……。
スミが汚れを完全に吸い取った岩の隙間から、微かな水音が聞こえてきた。
近づいてカメラを向けると、綺麗になった岩肌の奥から、澄み切った水が止めどなく湧き出している。
「……地下の湧き水?」
俺は目を丸くした。
ダンジョン内にはいくつか水源があるが、魔素で濁っていたり、魔獣の毒が混ざっていたりすることが多い。
だが、この水からは、驚くほど澄んだ冷たい空気だけが伝わってくる。
「きゅう」
俺の足元から飛び出したコハクが、ちょろちょろと流れる湧き水に鼻先を近づけた。
ふんふん、と匂いを嗅ぎ、小さな舌でぺろりとひと舐めする。
──『コハク:きれい』
──『コハク:あんしん』
──────【LIVE】同接:5,420──────
: 湧き水!?
: スミちゃんの大発見じゃん!
: コハクの毒見(安全確認)エライ
: ダンジョンの天然水とか絶対うまいやつ
: カフェとしての設備がまた充実してしまったか
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「そうか、飲める水なんだな。ありがとうコハク、スミ」
俺はしゃがみこみ、二匹を優しく撫でた。
ひんやりとした湧き水のそばだからこそ、コハクの小さな体温がより一層温かく感じられる。
「……よし。せっかくだ、これで一度お湯を沸かしてみるか」
俺は木桶にたっぷりと湧き水を汲み、石の炉へと運んだ。
待ち構えていたポッカが、嬉しそうに『まかせて』と炎を揺らす。
──『ポッカ:あったか』
ポッカの完璧な火加減で、湧き水はあっという間に適温の湯へと変わった。
湯気からして、いつもと違う。不純物が一切ない、透明な匂いがした。
カウンターの奥では、すでにグレイが準備を終えていた。
ゴリ、ゴリ、と特大ミルで深淵珈琲を挽き終えたグレイは、ケトルを受け取ると、ゆっくりとお湯を注ぎ始めた。
トトトトト……。
細い湯の線が落ちる。コーヒードームが美しく膨らみ、極上の香りが最下層の空気を満たしていく。
「……すごいな。抽出の時点でもう、香りの立ち方が全然違う」
やがて、純粋なブラックコーヒーが二つのカップに注がれた。
グレイは俺に一つを押し出し、自分でもう一つのカップに舌を伸ばす。
一口、舐めた瞬間。
ピタ、と。
グレイの銀色の巨体が、石像のように固まった。
黄金の瞳が、信じられないものを見るようにカップを凝視している。
──『グレイ:……違う』
──『グレイ:良い』
あの寡黙なグレイが、ここまで明確に味の違いに驚くのは珍しい。
俺も慌てて、自分のカップを口に運んだ。
「……っ!」
思わず、息を呑んだ。
雑味が一切ない。
深淵珈琲の持つ深いコクと、その奥に隠れていた果実のような甘みが、極限まで引き出されている。
水が変わっただけで、コーヒーの味がここまで格段に跳ね上がるのか。
──────【LIVE】同接:6,850──────
: グレイ店長が固まったぞwww
: 相当美味いんだな
: 水の違いが分かる狼
: いいなあ、俺も飲んでみたい!
: 特区になったら水だけでも売ってくれ!
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「……最高だな。これなら、どんな客が来ても胸を張って出せる」
俺はカップを見つめ、大きく頷いた。
スミの働きのおかげで、カフェの設備が――根幹となる「水」のクオリティが、とんでもないレベルに引き上げられたのだ。
「よし。明日はこの極上の湧き水で、最高のコーヒーをメインにした配信をやろう!」
俺が宣言すると、スミは『ぴか』と誇らしげに震え、チルが『いらっしゃい』と期待するように短く鳴いた。
◇
配信を終えた、その夜。
仲間たちが寝静まった後、俺は明日の準備をしながら、静寂のカフェで一人息を吐いていた。
ズゥン……。
不意に、微かな振動が足の裏を伝わった。
五十階層のさらに奥、深淵の方角から響く、遠い反響音。昨日、倉橋さんが言っていた音だ。
「……鳴ってるな」
俺は小さく呟いた。
けれど、不思議と恐怖はなかった。
遠くで何が起きていようと、俺たちの居場所は揺るがない。
今はただ、明日この極上のコーヒーを配信する楽しみのほうが、ずっと大きく勝っていた。




