第2話 【追放】テイマーは戦力じゃない、と言われた
【過去:7日前/追放当日】
「──悪いけど、お前もう要らないから」
その言葉は、あまりにあっけなく、乾いた響きで俺の鼓膜を叩いた。
ギルド『蒼穹の剣』の作戦会議室。
リーダーの黒崎は、端末を操作しながら俺の方を見ようともしない。
「要らない、というのは……」
「今のAランク帯だと、テイマーの火力じゃ足手まといなんだよ。荷物持ちなら安いポーターを雇えば済む。お前の取り分を攻撃職に回したい」
喉が張り付くような感覚。
俺は必死に言葉を探した。
「でも、共有倉庫の管理や、索敵の連携は俺が──」
「ああ、それ。もうパスワード変えたから」
「……え?」
「お前のアクセス権、さっき停止した。ま、退職金代わりに今月の給料は払ってやるよ。じゃあな」
一方的な通告。
反論の余地すら与えられないまま、俺はギルド証を没収され、拠点を追い出された。
探索者の世界は、思っていたよりずっと冷たい。
数字が出なければ切られる。
それだけだ。
分かっていたはずだった。
俺のユニークスキル【万獣統括】は、魔獣と心を通わせるだけの、戦闘には不向きな力だと。
それでも、必死に尽くしてきたつもりだった。
その結果が、これだ。
「……はは。これから、どうすりゃいいんだよ」
職も、住む場所も、実績も失った。
手元に残ったのは、わずかな現金と、最低限の装備だけ。
呆然と街を歩いていた俺の目に、ふと探索者協会の掲示板が飛び込んできた。
『緊急公募:深層四十九階層。未帰還者の捜索補助。日払い可』
危険手当は破格だった。
今の俺には、それしか選択肢がなかった。
それが、間違いだったのだ。
◇
冷たい。
痛い。
暗い。
気がつくと、俺は岩場に倒れていた。
四十九階層での捜索中、予期せぬ崩落事故に巻き込まれたのだ。
即席のパーティーは散り散りになり、俺は一人、ダンジョンの裂け目からさらに下へと滑落したらしい。
「あ……ぐ……」
脇腹が熱い。出血が酷い。
ポーションは落下中に割れてしまった。
足の感覚がない。
これじゃあ、もう歩けない。
ここが何階層かも分からない暗闇の中で、死の足音が近づいてくる。
深層の魔獣に見つかれば、一瞬で食い殺されるだろう。
(……俺の人生、こんなもんか)
誰かの役に立ちたくて、必死に磨いたスキル。
でも結局、誰も守れず、誰からも必要とされず。
こんな暗い場所で、一人で朽ちていく。
意識が霞む。
瞼が、鉛のように重い。
「……きゅう」
不意に。
暗闇の中から、小さな鳴き声が聞こえた。
カサ、カサ、と軽い足音。
岩肌を踏む音が、妙に近い。
薄目を開ける。
目の前に、金色の光が揺れていた。
いや、光じゃない。
薄暗いダンジョンの燐光を反射して輝く、黄金色の毛並み。
キツネ、だ。
しかも、ただのキツネじゃない。魔力を帯びた魔獣だ。
終わった。
止めを刺しに来たのか。
俺は抵抗する力もなく、ただその小さな獣を見つめた。
だが、キツネは襲いかかってこなかった。
俺の顔の周りをぐるぐると回り、鼻をひくつかせる。
時々、ピタ、と動きを止めて暗闇の奥を見た。
耳が、細かく揺れる。
……周りを警戒している。
俺じゃなく、“周囲”を。
(……怯えてる、のか? いや……迷ってる?)
俺のスキル【万獣統括】が、無意識に相手の感情を拾っていた。
命令じゃない。
ただ、波みたいに流れ込んでくるだけだ。
『警戒』
『迷い』
そして微かな『好奇心』。
俺から漏れ出る「敵意のなさ」を、確かめているようにも見えた。
「……大丈夫だ……何もしない……」
掠れた声で呟くと、キツネの耳がピクリと動いた。
次の瞬間。
信じられない行動に出た。
俺の破れたズボンの裾を、小さな口でくわえたのだ。
くい、くい、と引っ張る。
あっちへ行こう、と誘うように。
「きゅう!」
急かすみたいに鳴く。
それなのに、キツネは何度も周囲を見回して、俺のほうへ戻ってくる。
……ここに俺がいると、こいつも落ち着かないんだろう。
俺を“どかしたい”。
そんな必死さが伝わってきた。
「……連れてって、くれるのか?」
琥珀色の瞳が、じっと俺を見つめ返した。
不思議と、そこには悪意が感じられなかった。
優しさ、というより……習性だ。
弱ったものを、この場所に置いておくのが危ない、と知っている動き。
俺は残った力を振り絞り、這いずった。
ズリ、ズリと体を引くたびに、キツネ──コハクは、俺の顔を覗き込み、鼻先を押し付けてくる。
濡れた鼻先の感触。
吐息の温かさ。
ふわ、と毛が頬をくすぐり、さらりと擦れる音がした。
俺は震える指で、ほんの少しだけその毛に触れた。
指が沈む。
あったかい。
その小さな「生」の温もりが、冷え切った俺の心を繋ぎ止めていた。
どれくらい這っただろうか。
不意に、空気が変わった。
張り詰めた殺気が消え、静寂が満ちる。
そして。
どこか懐かしいような、香ばしい匂いが漂ってきた。
……コーヒー?
こんなダンジョンの底で?
コハクが足を止め、俺の袖を離した。
ここが目的地らしい。
俺は顔を上げ、その広大な空間を見た。
天井が高い。
壁一面に発光する結晶があり、昼間のように明るい。
そして目の前には、見たこともない植物の群生があった。
「ここは……最下層……?」
噂に聞く五十階層。
人類未踏の地。
その時。
コハクが全身の毛を逆立て、「きゅうっ」と短く鳴いて俺の背後に隠れた。
ズゥン……。
腹の底に響くような、重い振動。
巨大な何かが、近づいてくる。
植物の茂みが割れた。
見上げれば、そこには家屋ほどもある巨大な影。
そして、暗闇の中で二つの「銀色の月」が、ギロリと俺を見下ろしていた。




