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第1話 【日常】ボス魔獣バリスタと、もふもふ店員に癒される最下層カフェ

【現在:開業8日目】



──────【LIVE】同接:3,812──────

:え、嘘だろ

:CG? これCGだよな?

:いや最下層だぞここ。電波入んないだろ普通

:毛並みの解像度がヤバい

:でっっっっっか

:この狼、エプロンしてね?

──────────────────────


 配信画面を流れるコメントの速度が、少しずつ上がっていく。

 俺──深山みやまあかりは、手元の端末でその様子を確認しながら、隣に立つ相棒を見上げた。


 見上げる、といっても限度がある。

 俺の身長は百七十五センチだが、彼の背中は遥か上だ。

 銀色の毛並みは照明用魔石の光を吸って輝き、太い四肢は丸太のように強靭。


 ダンジョン最下層、五十階層。

 本来なら人類が到達不能とされるこの場所に君臨する、推定SSランクの最上位個体。

 灰銀はいぎんの大狼、グレイ。


 そのグレイが今、巨大な前足で器用にケトルを掴み、カップにミルクを注いでいる。


「……グレイ、手首のスナップ完璧だな」


 俺が声をかけると、グレイの耳がピクリと動いた。

 湯気がふわりと立ち上る。

 コーヒーの香ばしい匂いと、獣特有の陽だまりのような匂いが混ざり合い、不思議と落ち着く空間がそこにはあった。


 グレイは真剣な眼差し──黄金の瞳孔を細めて、カップの液面を見つめている。

 一滴、また一滴。

 繊細な流量調整。

 やがて黒褐色の液面に、見事なハートマークのラテアートが浮かび上がった。


 その瞬間。

 俺が設置した『魔石中継器』の解析レンズが作動し、配信画面に半透明の字幕(BeastCaption)を重ねる。


──『グレイ:できた』


 それは、俺のユニークスキル【万獣統括ビースト・ドミニオン】が読み取った、彼の感情の要約だ。


──────【LIVE】同接:4,105──────

:『できた』じゃねえよwww

:かわいすぎかよ

:ボス魔獣だろこいつ!?

:ギャップで風邪引くわ

:字幕機能すご。これ配信者のスキル?

:うまそう……

:ここ、本当に行ける場所なんですか?

──────────────────────


「はい、お待たせしました。本日の『最下層ブレンド』、バリスタ特製ラテアート付きです」


 俺がカウンターにカップを置くと、足元で「きゅう」と高い鳴き声がした。

 見下ろせば、黄金色の毛並みを持つ小さなキツネ──コハクが、俺のズボンの裾をくいくいと引っ張っている。


 ふさふさの尻尾が、俺の足にぺしぺしと当たる。

 しゃがみこんでその背中を撫でると、指が柔らかな冬毛の奥に沈んだ。

 温かい。

 生き物の体温が、手のひらを通じてじわりと伝わってくる。


──『コハク:ほめて』


 画面に再び字幕が出る。


「ああ、コハクも偉いぞ。豆の選別、手伝ってくれたもんな」


 俺が喉元を撫でてやると、コハクは目を細めて喉をゴロゴロと鳴らした。

 その振動が指先に心地よい。


──────【LIVE】同接:4,520──────

:尊い

:もふもふ天国かよ

:俺も撫でたい

:住所どこですか? マジで行きたいんだが

:↑50階層だぞ、無理だろ

:つーか、この配信者なにもんだよ。テイマー?

──────────────────────


 コメント欄は概ね好評だ。

 同接も四千人を超えた。開業八日目にしては上出来すぎる数字だ。


 だが、その流れの中に、ひとつだけ気になるコメントが混ざった。


:あれ、こいつ『蒼穹そうきゅうの剣』を追放された奴じゃね? 荷物持ちの

:SoraKen_live:……まだ生きてたのか


 俺の手が、一瞬だけ止まる。

 心臓が嫌な音を立てた。

 『蒼穹の剣』。国内最大手ギルドの一つにして、俺が全てを捧げ、そして捨てられた場所。


 ……いや、今はいい。

 俺は深く息を吐き、意識を目の前の「温かさ」に戻す。

 グレイが心配そうに鼻先を寄せてきた。濡れた鼻先が頬に触れる。


──『グレイ:どうした』


「……なんでもないよ。ありがとう、グレイ」


 俺は笑って、彼の太い首筋に腕を回した。

 分厚い筋肉と、硬質な毛並みの感触。

 ここには、俺を「無能」と罵る人間はいない。

 ただ、不器用で優しい魔獣たちと、コーヒーの香りがあるだけだ。


 そう。

 俺がこの『最下層カフェ』を開くことになったのは、ほんの一週間前。

 理不尽な追放を受け、絶望のままこのダンジョンの底に落ちてきたことが始まりだった。


 もしあの時、コハクが俺を拾ってくれなかったら。

 グレイが俺を受け入れてくれなかったら。


 俺は今頃、冷たい石畳の上でむくろになっていただろう。


「さて、と」


 俺は端末に向き直り、努めて明るい声を出した。


「初見の方も多いようなので、改めて自己紹介をさせてください。ここはダンジョン最下層、五十階層。行き場のない俺たちが作った、小さなお店です」


 これは、追放されたテイマーが、最下層でカフェを開き、配信で居場所を作るまでの──逆転と癒しの物語だ。






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