第19話 【加入】入り口に「呼び鈴」が欲しいと呟いたら、小鳥が飛んできた
【現在:開業19日目】
カフェの朝は、甘い香りと温かな空気で満ちていた。
スミが床をピカピカに磨き上げ、グレイが豆を挽く。
特注ケトルの下では、火霊のポッカが『あったか』と揺れながら、完璧な温度でお湯を保温してくれている。
そして俺の足元には、すっかりポッカの熱の虜になったコハクが、へそ天で丸まっていた。
昨日の終盤、外で迷っていたお客さんは、結局入り口が分からずにどこかへ行ってしまった。
やっぱりこのだだっ広い最下層で、植物のアーチひとつを「店」と認識してもらうには、何かしらの合図が必要だ。
「看板を立てるか、それとも音の鳴る魔導具でも探すか……」
俺がカウンターで甘実のシロップを小瓶に移し替えながら呟いた、その時だった。
チリン……。
高く、澄んだ音が店内に響いた。
風鈴みたいな、あるいは上質な銀の鈴を転がしたような、涼やかな音色。
アーチの隙間から、一羽の小さな鳥がふわりと舞い込んできた。
瑠璃色の美しい羽と、長い尾羽。
小鳥はカウンターの端にちょこんと降り立つと、首を傾げて俺の手元――甘実のシロップを見つめた。
脳内リンクに、短く無邪気な感情が落ちてくる。俺にだけ分かるやつだ。
──『小鳥:あまい?』
──『小鳥:いいにおい』
「なんだ。シロップの匂いと、ポッカの熱に釣られてきたのか」
俺は小皿に、ほんの一滴だけシロップを垂らし、小鳥の前に差し出した。
小鳥は警戒する様子もなくそれを啄むと、嬉しそうに羽を震わせた。
チリリン!
再び、鈴の音が鳴る。
鳴き声そのものが鈴の音なのだ。これなら、遠くまでよく響く。
「なあ、お前。そのシロップを毎日ちょっと舐めさせてやるから、うちの『呼び鈴』になってくれないか?」
俺が提案すると、小鳥は不思議そうに小首を傾げた。
「開店の準備ができたら、入り口のアーチでその綺麗な声で鳴いてほしいんだ。
『ここが店だぞ』って、迷ってるお客さんに教える合図としてさ」
チリン、と小鳥がひとつ鳴く。
──『小鳥:わかった』
「よし、交渉成立だな。お前の名前は『チル』だ」
俺が名付けると、チルはふわりと飛び立ち、アーチのツタの特等席に器用に止まった。
その様子を静かに見ていたグレイが、ゆっくりとケトルを持ち上げる。
準備は整った、という合図。
「よし、チル。頼む」
俺は端末を操作し、配信のスイッチを入れた。
──────【LIVE】同接:7,012──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)
: うぽつー
: 今日も来たぞ
: !? なんか綺麗な鳥がいる!
: チリンって鳴ったの今!?
: 仕込みの匂いで目が覚めた
: コハクへそ天で草
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配信が繋がった瞬間、チルが胸を張り、高く澄んだ声で鳴いた。
チリリーーーン!
画面の端に、配信用の短い字幕が浮かび上がる。
──『チル:いらっしゃい』
それは、最下層の暗闇に響き渡る、完璧な「開店の合図」だった。
カサッ……!
鈴の音が響き終わるか終わらないかのうちに、アーチが大きく揺れた。
入ってきたのは、見覚えのある若草色の毛並み。
数日前に初めての常連になってくれた、あの臆病な角鹿だ。
昨日も、さっきも、入り口の前で迷っていたらしい。
チルの『いらっしゃい』を聞いて、ここが入っていい場所だと確信したのだろう。
一切の迷いなく、いつもの丸太の椅子へとちょこんと座り込む。
──────【LIVE】同接:7,950──────
: 鹿さんキター!!
: 呼び鈴の鳥!? 新スタッフか!
: 店として完成されすぎてるwww
: 鹿さん、外で待ってたのか……尊い
: チルちゃん有能すぎる
: こういう「音の導線」好き
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「いらっしゃい。いつもの、はちみつラテでいいな?」
俺が笑いかけると、角鹿は嬉しそうに耳をパタパタと揺らした。
チルが客を呼び込み、角鹿が席に着く。
スミが足元の泥を瞬時に吸い取り、ポッカが完璧な温度でお湯をキープする。
コハクが角鹿の匂いをひと嗅ぎして、短く頷いた。
──『コハク:あんしん』
そしてグレイが、極上のラテアートを注ぎ込む。
全員の役割が見事に噛み合い、カフェという一つの生き物みたいに、店が完璧に機能していた。
──────【LIVE】同接:8,420──────
: なんだこの奇跡みたいな空間
: 連携がプロのそれ
: ずっと見ていたい
: ここほんとに50階層かよ……平和すぎる
: チルの開店合図、毎回聞きたい
──────────────────────
最高の時間だった。
誰一人欠けても成立しない、俺たちの「居場所」が、ここにひとつ形になった。
◇
配信を終えると、夜の静寂が最下層を包み込む。
スタッフたちは思い思いの場所でくつろぎ、俺は今日の売上――もらった綺麗な葉っぱや木の実を整理していた。
カチ……。
ふと、店の奥の暗がりから、微かな音がした。
「……ん?」
ポッカが一瞬だけ瞬き、コハクの耳がぴくりと動く。
けれど、それ以上は続かない。
「……結晶が鳴く音か。前にもあったな」
俺は小さく息を吐いて、意識を切り替えた。
最近ちょっと回数が増えた気もするが――まあ、環境音みたいなもんだ。今は何も起きていない。
俺は、気持ちよさそうに眠るコハクたちを見渡し、優しく微笑んだ。
「まあいい。明日は、完璧に回るうちの店の『お披露目』だ」
頼もしい仲間たちと迎える明日が、今はただ楽しみで仕方なかった。




