第18話 【加入】火加減に悩んでいたら、焚き火の熱に惹かれた「火の精霊」が居着いた
【現在:開業18日目】
昨日の配信の終盤、焚き火の炉からころんと転がり出てきた、ピンポン玉サイズの火の玉。
そいつは今、グレイがドリップに使っている特注ケトルの真下で、ぱちぱちと嬉しそうに燃えていた。
ふわっ。
立ち上る湯気の量が、明らかに昨日までと違う。
細く、白く、途切れることなく一定の量で昇っていくそれは、見惚れるほどに美しかった。
「……すごいな。お湯の温度が、完璧に一定に保たれてる」
俺は目を見張った。
火の玉は、ケトルの底に張り付くみたいにして、自分が発する熱を微調整しているようだった。
「きゅうっ!」
足元で、コハクが短い威嚇の声を上げた。
見知らぬ新入りに対する、先輩としてのマウント……というより、たぶん純粋な警戒心だ。
鼻に皺を寄せ、ふんす、と息を吹きかける。
けど、火の玉から発せられる心地いい放射熱に、コハクの怒りは長くは続かなかった。
「きゅ……」
耳の緊張がほどけていき、やがて火の玉が陣取る炉のすぐ横に、ぽすん、と腰を下ろしてしまった。
どうやら温かさの誘惑には勝てなかったらしい。
「お前、火の精霊……火霊ってやつか?
うちの焚き火の熱と空気が気に入って、寄ってきたんだな」
火の玉は、俺の言葉に頷くように、ぱちっ、と小さな火の粉を散らした。
熱源の管理。
これほどうちの店にぴったりな能力もない。
「よし。お前も今日からうちの店員だ。名前は……ぽかぽかしてるから、『ポッカ』でどうだ?」
俺がそう名付けた瞬間、俺にだけ分かる脳内リンクの温度が、短い言葉になって落ちてきた。
──『ポッカ:あったか』
命名が気に入ったのか、ポッカはケトルの下で嬉しそうに揺れる。
──『ポッカ:もっと?』
「いや、今はその温度でキープしてくれ。お湯を沸かす時のルールだ」
俺が役割を教えると、ポッカは『まかせて』と言うみたいに、炎の形をきゅっと引き締めた。
それを見ていたグレイが、静かにお湯を注ぎ終え、短く、確信に満ちた字幕をひとつ出した。
画面に出るやつじゃない。俺の中だけの“店長の判定”だ。
──『グレイ:ちょうど』
抽出が完璧だった証拠。
グレイという最強のバリスタが、ポッカを保温担当として認めた瞬間だった。
「よし、じゃあ今日も店を開けるか。ポッカのお披露目も兼ねてな」
俺は端末を操作し、配信のスイッチを入れた。
──────【LIVE】同接:7,810──────
※指定危険区域です。絶対に真似しないでください(探索者協会・監査部 仮許可)
: うぽつ!
: 開店待機してた
: お、タイトルが違う
: 新店員って、昨日の火の玉!?
: 湯気がめっちゃ綺麗に上がってる
: ほんとに精霊居着いたのかwww
: 主のテイム能力どうなってんだよ
──────────────────────
「いらっしゃい。見ての通り、昨日の火の玉が正式にうちのスタッフになりました。
保温担当の『ポッカ』です」
俺が紹介すると、ポッカはカメラに向かってぱちぱちと瞬いた。
画面の端にも、短い感情字幕がひとつだけ出る。
──『ポッカ:あったか』
コメント欄が「かわいい」「一家に一ポッカ欲しい」で埋まっていく。
「きゅう」
俺の足元では、コハクが完全にポッカの熱の虜になり、無防備にお腹を見せて丸まっていた。
俺はしゃがみこみ、コハクの柔らかいお腹を優しく撫でる。
指先が、ほかほかに温まった冬毛の奥へふわりと沈み込む。
焚き火の熱と、コハク自身の体温が混ざり合って、最高の湯たんぽみたいだ。
撫でられるたび、コハクの喉の奥からゴロゴロという深い音が鳴り、毛がさらさらと擦れる。
──『コハク:あかり、ここ、あったかい』
「ははっ。すっかり気に入ったみたいだな」
──────【LIVE】同接:8,240──────
: 湯気が“整ってる”
: もふもふ+湯気=勝ち
: コハクのお腹撫では神回
: ポッカの字幕かわいすぎ
: グレイの一杯、絶対うまいやつ
: ここだけ時間ゆっくり流れてない?
──────────────────────
スミが床を磨き、ポッカが湯気を整え、コハクが愛嬌を振りまき、グレイが最高の一杯を淹れる。
店としての機能が、見違えるように充実してきていた。
これなら、どんなお客さんが来ても、美味しいコーヒーを出せる自信がある。
だが――
ふと、ポッカの炎が、しゅん、と小さく萎んだ。
──『ポッカ:……おく、いや』
ポッカはダンジョンの奥深く、光の届かない方角を向いて、微かに震えるように明滅した。
俺の足の裏にも、昨日感じたのと同じ、ごく僅かな振動が伝わってくる。
「大丈夫だ、ポッカ。ただのダンジョンの環境音だ。気にするな」
俺はなだめるように、低く優しい声をかけた。
ポッカはすぐに元の明るさを取り戻し、『あったか』と湯気のキープに戻る。
怖いものじゃない。ただの自然現象。
そう自分にも言い聞かせる。
配信も終盤。
外の植物アーチの向こう側から、がさがさ、と何か大きなものが迷っているような音が聞こえてきた。
敵意はない。ただ、入り口が分からずにうろうろしている気配だ。
「……どうやら、お客さんみたいだな」
俺は立ち上がりながら呟いた。
「でも、外からだとここが店だって分かりにくいんだよな。
入り口に分かりやすい看板か、客を呼ぶ『音』が欲しいな……」
俺がぼやいたその言葉に、グレイが短く答えた。
──『グレイ:まだ』
今はまだ、店としては未完成。
その言葉は、俺たちの居場所がさらに良くなっていく余白を示していた。
──────【LIVE】同接:8,560──────
: 迷子っぽい?新しい常連くる?
: 「音が欲しい」→次は鈴だな(確信)
: グレイ店長の「まだ」沁みる
: ちゃんと段階踏むの好き
: ポッカ不安そうだったの、優しく流したの良かった
──────────────────────




