図書館 前
八月の二十四日。東北の田舎では夏休みの最終日だ。暑さに道は揺らめき、セミの声すらも疲れて聞こえた。駅前の図書館には、夏休みの宿題に追われる高校生の姿が見られる。かく言う僕も、そんな図書館に入り浸っている高校生の一人だ。
「あーもう、終わらねーよこんなの……」
がりがりと頭を掻いて呻くクラスメイトを尻目に、僕は今はまっている海外小説を読んでいる。宿題なんてもうとっくに終わらせたんだからね。僕は手帳を開いて、白い明日の欄に溜息を吐いた。
学校が始まったから何だって言うんだ。別に、部活だって入ってない僕は何も変わることなんかない。
「なあー、見せてくれよ続き」
クラスメイトがそう言って、僕のテキストを引っ張る。
「駄目だよ、ちょっとは自分でやりなよ」
「ちぇー良いじゃんか助けてくれよ優等生ー」
「こうして今日来てあげただけでも感謝しろよ」
まあ家に居てもやること無いんだけどさ。やっぱり、来なきゃよかったかな。
「やっぱり、来なきゃよかったかな」
向かいの奴が、同じことを言った。何となく見た気がする、隣のクラスの奴だっけ。
「そう言わないでくれよー終わらないって」
成程、この人も駆り出されたクチか。僕はその人の手元に在るテキストを見る。クラスメイトのやつだ。お人好しだなあ。
仕方ないなあ、と言ってその人はテキストに向き直った。男の割に細っこい体をしていて、肌も生白い。微笑むと、女みたいな顔になった。
僕は溜息を吐いて、小説を棚に戻してくる。
「……そう言えばさ、去年の今頃だったよな」
クラスメイトがそう言って顔を上げる。何、と僕が言って新しい小説を机に置くと、クラスメイトは頬杖をついて「ほら、」と僕をシャーペンで指さす。
「学園の、何だっけ……姫さん? 八月の末だか九月の頭に、自殺未遂したって」
「……ああ、そうだっけ」
その事件だったら僕も知っている。そもそも小さい街だから、女子高生が屋上から飛び降りようとしたなんてセンセーショナルな話題が噂にならない訳がない。
その女子高生の名前は瀧島風花。「姫」と言われるにふさわしい美人だ。だけど、学校にはほとんど通っていない。僕も彼女を見たのは一回だけだ。
夏の日差しの中で、屋上で、本を読んでる彼女を見た。屋上は基本立入り禁止だから驚いたんだけど。そこで、僕は彼女に一目惚れをした。
馬鹿馬鹿しいとは分かってるし、叶わないことは重々承知だ。九月の後半からまた彼女は学校に来なくなって、それからは会っていない。
「へえ、そんなことが」
隣のクラスの彼は知らないようだった。噂話とかに、興味が無い類なのかな。それとも、今年から来た転校生だったんだろうか。でもそんな噂も、聞かなかったけど。
「それで、その人が、どうしたって?」
「ああ、最近また問題起こしたらしくてさ……」
能天気にクラスメイトが続けるのが嫌で、僕は席を立った。風花さんの悪い噂なんか、聞きたくないよ。只でさえあの人は、メンヘラだのなんだのって、良い噂の方が少ないのに。
会話をしたのは屋上で会った一回きりで、その時も、先生に見つかったら危ないとか、本が好きなんだとか、そんな月並みな事しか話さなかったけど。儚げで危ういあの人に、僕は容易く、恋をした。




