第七十五話 青い剣
ガランさんの剣の上で、青が揺れている。
「カイ、新しい能力か?」
後ろで灰の獣を押さえながら、ニルスさんが叫んだ。
さっき流れ込んだ記憶が、答えの代わりに浮かんだ。走って武器を拾い集め、手渡す前に倒れた人。その人が運んだ斧で、槍兵は最後まで戦った。
「……たぶん、槍兵の能力です。門番の盾の時みたいに、先へ進んだ感じがします。僕の武器だけじゃなくて、ほかの人の武器にも青火をまとわせられるみたいです」
ガランさんが、短く息を吐いた。
「なら、使わせてもらう」
膝をついていた体が、跳ねるように起きた。押さえ込まれていた左の腕を青い刃が弾き返し、そのまま根元から断ち切る。落ちた腕の断面から灰がこぼれて、戻る前に土へ散った。
伸びかけていた黒い糸が、青の触れた所で焼き切れる。返す刃が、その下の一本を斬り上げ、根元から宙へ飛ばした。
墓喰らいの巨体が、初めて一歩下がった。
続けて二歩、三歩と退き、斜面の岩の前で止まる。落とされた腕の付け根から黒い糸を伸ばしながら、青い刃の届かない所で、ガランさんの剣をじっと見ている。
その隙に、ニルスさんの長槍へ触れて、離した。
穂先の先まで青が走る。
「これで届くはずです」
「何人にも渡せるのか……。刃の先が、灰の奥へ引かれる感じがする」
ニルスさんは長槍を握り直して、道を上ってきた灰の獣へ穂先を向けた。一突き目で灰を割り、引かずに同じ穴へ二突き目を通す。渡したばかりの青はまだ細く、それでも穂先は、二度で核まで届いた。
後ろの群れが、谷沿いの道を詰めてきた。
何体か倒した。それでも、群れの背は減ったように見えない。倒れた所へ、曲がり目の向こうから次の背が詰めてきて、僕たちの来た道をふさいでいる。前には墓喰らい、後ろには灰の獣。横は、板の無い谷だ。核へ届く刃は、僕の穂先だけではなくなった。それでも、状況は少しも良くなっていない。退く所は、どこにも無いままだった。
斜面の岩の前で、墓喰らいは動かない。腕を戻しながら、こちらを見ているだけだ。
ガランさんが、墓喰らいと後ろの群れとを一度見比べた。
「あいつは今、様子を見とる。仕掛けてくる前に、後ろは俺が片付ける」
ガランさんが青い剣で先頭の首を割った。最初の一体は、細い青では一度で届かなかった。返す刃でもう一度入れて、ようやく核が割れる。
二体目からは、一振りで核まで届いた。斬り抜けた刃は止まらず、その勢いのまま次の一体へ向かう。
一振りで一体。踏み込んで、また一体。返す刃で、もう一体。
首を割り、胸を断ち、飛びかかってきた背を下から斬り上げる。灰の崩れる音が、途切れずに続いた。数えようとして、すぐに追いつけなくなった。
灰を崩して、押さえて、核は僕が断つ。そうしてきた手順が、もう必要なかった。ガランさんの剣の使い方は、今日まで何も変わっていない。変わったのは、届く所だけだ。
それでも群れは退かなかった。倒れた仲間の灰を踏み越えて、同じ足並みで詰めてくる。だけど、ガランさんは一歩も下がらない。来た順に割っていく。道の幅いっぱいに並んでいた背が端から欠け、列に穴が空き、その穴が見る間に広がっていった。
さっきまで、僕たちの来た道をふさいでいた壁だった。それが今、崩れていく。初めて、こちらが押している。
僕も同じ青を持っている。それでも僕の穂先は、一体ごとに足を止め、突き直し、息を整えなければ次へ行けない。ガランさんの剣は、振り抜いた勢いのまま次の一体の喉元へ流れていき、その一振りが、もう次を斬るための構えになっている。無駄な動きが、一つも無い。
同じ火でも、振るう人の腕が違えば、ここまで違うのか。
「いい火だ、カイ。これなら後ろは俺一人で足りる。墓喰らいは下がっとる、今は放っておけ。お前は、ほかの者にも青を回せ」
「はい!」
返事が、自分でも驚くほど弾んだ。さっきまで、退く所はどこにも無かった。今は、ガランさんの剣が後ろの道をこじ開けている。あの背中がある限り、後ろは崩れない。谷へ来てから、そう思えたのは初めてだった。
父さんは倒れた兵を木組みの入口まで引いていき、その前で鉤棒を低く構えた。
「ここから先へは、一体も行かせん」
背中には、村へ続く縄がある。父さんの足は、そこから半歩も動かない。
ガランさんの刃を抜けてきた一体が、入口へ向かった。父さんは鉤棒で前脚を引っ掛けて横へ倒し、起き上がる前に首を踏みつける。
「ニルス、足元の一体を頼む!」
「任せろ!」
ニルスさんの青い穂先が、倒れた背の核を上から貫いた。
その隙に、僕は木組みの入口まで下がった。
父さんの鉤棒の先へ触れて、離す。鉤の縁に青が這った。
「父さん、それで核まで届きます」
父さんは鉤棒を一度だけ見て、黙ってうなずいた。
倒れずに残っていたもう一人の兵が、足元で槍を拾い直していた。その穂先にも触れる。
「……俺のにもか」
「はい。核を狙ってください」
最後に、セラの短槍へ触れた。
「セラの所にも、灰の獣が来ます。これで守って」
「ありがとうございます」
包みを腰へ回して、セラは短槍を両手で構え直した。穂先にも、ほかと同じように青が灯っている。
道の真ん中では、ニルスさんの長槍が次々と突き出されていた。踏み込んで追うのではなく、灰の獣が入ってくる所へ、先に穂先を置いている。長槍の間合いは一度も崩れず、道の真ん中へ来た獣から順に、穂先の前で灰になって崩れていった。獣がどこへ入ってくるのか、ニルスさんには先に分かっているように見えた。
どれだけ経ったのか、父さんの鉤棒の縁で、青がふっと細くなった。
兵の穂先も、入口のそばで構えるセラの穂先も、同じように薄くなっている。
数えていたわけではない。それでも、体が覚えている長さだった。僕の手の中の青が、いつも細り始める所と同じだ。このままなら、四十で消える。
けれど、ガランさんの剣とニルスさんの穂先は、渡した時より濃い。ニルスさんの穂先も、初めは灰を割ってから核へ届かせていたのに、今は一突きで灰の奥まで抜けている。
違いは一つしかない。あの二人は、ずっと核を割り続けている。
父さんが、足元へ引き倒した一体の胸へ鉤の先を打ち込んだ。灰の奥で核が割れ、細っていた鉤の青が、そこで太さを取り戻した。
「核を割ってください! 割れば、青が戻り、強くなります!」
兵が、目の前の一体の胸へ穂先を突き込んだ。灰の奥で割れる音がして、細っていた穂先の青が、ぐっと濃くなる。
「……本当だ」
セラも、入口へ寄ってきた一体の胸を短槍で突いた。輪を保った後の腕はまだ震えていたが、腰の入った突きの形は崩れない。押し込むと核が割れ、穂先の青が太さを取り戻す。
細っていた青が、一つ、また一つと濃くなっていく。濃くなった青の前から、灰の獣が崩れていった。
「後ろ、片付いた!」
ニルスさんの声だった。来た道に、立っている灰の獣はもういない。崩れた灰が、道いっぱいに広がっているだけだ。
「こっちもだ。もう来ん」
父さんが、入口の前で鉤棒を下ろさずに言った。白喰いの二体も、灰になって崩れたままだ。
残っているのは、墓喰らいだけだ。
◇
下がっていた墓喰らいが、動き出した。
残った腕は六本。その六本を体の前へ集め、一つの束にして低く沈む。
「今なら、まとめて落とせる!」
ガランさんとニルスさんが、束になった腕に斬りかかった。剣が当たり、長槍が当たる。一つ、二つ、三つ。束は切れない。当たった重さが、そのまま束の中へ吸い込まれていく。
見覚えがあった。受けた分を溜めて、返す形だ。僕の盾を、墓喰らいはまねている。
「攻撃をやめてください! 溜めた分を、まとめて返されます!」
ガランさんとニルスさんが飛び退いた。束の中の重さは、もう十分に溜まっている。
叫んだ時には、セラが駆け出していた。下がるのではなく、束ねた腕の方へ。
「溜めた灰ごと、浮かせます!」
束ねた灰の奥まで通すには、近くまで寄らないといけない。セラは腕の手前で足を止め、石突きを土へ突き立てた。柄を両手で握り込む。輪を広げる通し方ではない。一度きり、真っすぐ前へ通す響きだ。
低い響きが、土を走った。
束ねた腕の灰が、響きに打たれて一斉に浮く。束がほどけ、溜まっていた重さが行き場を失って、土の中へ抜けていった。墓喰らいの巨体が、たたらを踏む。
「体勢が崩れた!」
ガランさんが踏み込む前に、墓喰らいの足元へ青黒い足跡が三つ並んだ。
三歩の道だ。それも、まねている。
一つ目、二つ目と、巨体が足跡を踏んで横へ滑る。向かう先は、響きを通したセラだ。
その足元で、崩れた灰の山がもがいていた。割りきれずに残った灰の獣が一体、形を戻しかけている。
「セラ、狙われている! 岩の陰へ!」
叫ぶと同時に、体が横へ跳んでいた。セラの前へ、盾を届ける。けれど、巨体の方が先に着く。間に合わない。
そう思ったのに、踏み切った足は、思ったよりずっと遠くまで僕を運んだ。二歩はかかるはずの所を一歩で越えて、気づいた時には、セラと墓喰らいの間に立っていた。
さっき軽くなったばかりの足だった。
あの巨体を止めるには、盾を呼ぶしかない。手の中の青も、皆と同じように細り始めていたが、まだ消えてはいない。盾へ替えるには、この青を何かへ届かせて、先に終わらせないといけない。
僕は借りた槍を、足元でもがく灰の山へ真上から突き立てた。穂先が、灰の奥の核を割る。柄から手を離した。
届いた。胸の火がほどけて、門番の火が寄ってくる。
「セラが下がるまで、ここで止める。《退かぬ盾》」
墓喰らいの三つ目の足跡の上へ、青い盾が立った。突っ込んできた腕が、盾へ叩きつけられる。一つ、二つ、三つ。四つ目、五つ目。
そこで、墓喰らいの腕が引いた。
盾が消えるのを待つ形だ。前の戦いで、墓喰らいはそれを覚えている。
けれど、背中でセラの足音が岩の陰へ入った。十まで待たなくていい。
「《十返し》」
溜まった五つを、両手ごと前へ押し出した。
腕を引いて待っていた墓喰らいの胸へ、返した重さがまともに入る。巨体が跳ね上がって、背の灰が肩から腹まで一息にはがれた。
盾が消える。火がほどける。その一瞬で、斥候の火が寄ってきた。
盾が消えるのを待っていた墓喰らいは、消えた瞬間に、盾のあった所へ来る。来る所が分かっているなら、そこにいなければいい。行く先は、槍を突き立てておいた灰の山だ。
「墓喰らいの足跡を越え、突き立てた槍の所まで。《三歩の道》」
足元に、青い足跡が三つ出た。
三つの足跡は、いつもより一つずつ間が広い。今の足なら届く間だった。一つ目で、振り回された腕の下をくぐる。二つ目で、空振りした爪が土を打つ。墓喰らいは、もう誰もいない盾の跡を叩いていた。三つ目で、突き立てておいた槍の灰の山の横へ出た。いつもの三歩なら届かない、墓喰らいの真横だ。
足跡が消える。道の火がほどけて、青が戻ってくる。灰の山から、槍を引き抜いた。
覚えたばかりの《青火結び》は、僕にもまだ分からない所が多い。渡した青は、細く始まる。今、必要なのは、初めから太い一本だ。
「《青火纏い》」
道を挟んで戻した青は、本来の濃さに戻っていた。
ガランさんが、ニルスさんが、父さんと兵が、墓喰らいを囲むように集まってくる。
その手の青が、細り始めていた。ニルスさんの長槍も、父さんの鉤棒も、兵の穂先も、灰の獣を割っていた時より薄い。ガランさんの剣だけは、あれだけの数を倒してきたぶん、まだ十分な太さを残している。
もう、墓喰らいのほかに割れる核は無い。みんなの青が残っているうちに、止めを刺さないといけない。
墓喰らいの腕に、黒い糸が幾重にも巻きついていった。糸に覆われた腕へ振ったガランさんの剣が、弾かれた。
「硬くなっとる!」
糸は腕を締め上げるのではなく、表を這って覆っていく。刃の縁へ青を這わせる、僕の《青火纏い》と同じ形だった。盾をまね、道をまね、今度は纏いまでまねている。青の代わりに、黒い糸で。
それでも、青の乗った一撃の重さは殺しきれない。弾かれた腕ごと巨体が横へ傾いで、踏み直した脚が土を削る。
体勢が崩れた。今しかない。
「皆の刃へ、もう一度。《青火結び》」
僕は、傾いだ巨体の脇を走り抜けながら、一人ずつ刃へ触れて回った。ニルスさんの長槍。父さんの鉤。兵の穂先。父さんの足元で目を覚ましたもう一人の兵は、道に落ちていたニルスさんの短い剣を拾っていた。その刃にも触れる。最後に、岩の陰から駆け寄ってきたセラの短槍。
細り始めていた青が、触れた所から元の太さへ戻っていく。
さっきセラの前まで運んでくれた足が、今も迷わなかった。届けに走る時、この軽さはいちばんよく応える。
腕が一本でも残っていれば、胸の核へは入れない。戻りの遅い腕から順に落としていけば、最後の一本を落とした時、最初に落とした腕はまだ戻っていない。
「腕を落としてください! 戻りの遅い所から言います!」
ガランさんが、ニルスさんが、父さんが、前を向いたまま小さくうなずいた。糸のつながり方は、僕にしか見えない。皆、それを知っている。いちばん戻りが遅いのは、付け根が一つにまとまった左の二本だ。
「左の二本!」
言い終えた直後には、ガランさんの剣が二本をまとめて断っていた。黒い糸ごと覆いが裂け、落ちた腕が土の上で跳ねる。
「右の上!」
声と同時に、いちばん近くにいたニルスさんの穂先が付け根を貫いた。
「右の下、二本!」
父さんの鉤棒が一本を引き倒し、そこへ兵の刃が二つ続けて入る。
誰も振り返らない。僕の声だけを頼りに、聞いた瞬間に体が動いている。
「セラ!」
残った最後の一本の足元には、セラが立っていた。短く踏み込み、柄を引き絞る。セラの短槍が、最後の腕の付け根の継ぎ目へ、迷いなく突き立った。
六本の腕が、土の上に揃った。
黒い糸が伸びてくる。戻るまでに、一呼吸ある。
僕の番だ。
踏み出した一歩目で、耳の横を過ぎる風の音が変わった。はがれた背の灰の下、開いた胸の板の隙間へ、借りた槍を突き入れる。
板と板のあいだに、青が二つ見えた。
一つは体の真ん中。前に砕いたのと同じ場所に、前より太い青がある。町の外で減っていた火を食べて、作り直した核だろう。
もう一つは、下へ向かって動いていた。前の戦いで、割れ目へ逃げていったのと同じ動き方だった。
「セラ! 下だ! 土の割れ目へ逃げる!」
「任せてください!」
セラが、割れ目の脇へ短槍の石突きを突き立てた。握った手から、銀へ力が通る。
低い響きが、割れ目の周りの土へ広がった。
土へ潜りかけていた小さな青が、響きに打たれて止まる。灰が浮いて、糸の絡んだ核が割れ目の縁へ引き戻された。
浮いた灰が、その一点にだけ渦を巻いている。核の見えないセラにも、そこに何があるのかは分かったはずだ。
セラは響きを切り、土から短槍を引き抜いた。穂先には、僕が渡した青が灯っている。その青を灰の渦の真ん中へ突き下ろすと、小さな核が割れた。
あの日、割れ目へ入っていくのを見送った物を、今度はセラの槍が止めた。
残るのは、体の真ん中の核だ。
僕はその青へ穂先を押し込んだ。硬い。鉄の奥で穂先が止まり、腕ごと押し返されそうになる。
「続け!」
横から青い剣が並び、ガランさんの刃が僕の穂先のすぐ上へ入った。反対側からニルスさんの長槍が、下から父さんの鉤が、同じ一点へ向かってくる。四つの青を重ねて押しても、核の手前で止まったまま、あと少しが抜けない。
そこへ、もう一つの青が駆け込んできた。
セラの短槍だった。穂先の青が、渡した時よりずっと太い。逃げる核を割った分だけ、強くなっている。その穂先が重なった刃のあいだへ入り、五つ目の青が核を貫いた。
硬いものが割れる手応えが、穂先から腕へ抜けた。
逃げるために残した核が、最後に自分を割る刃を強くしていた。
◇
背の板が、一枚ずつ剥がれて落ちた。鉄の重なりが、内側から崩れていく。
黒い糸は伸びてこなかった。どこへも行かず、灰と一緒に土へ落ちた。
最後に残った肩の板が、音を立てて土の上に転がった。留め具の穴が半分だけ残る、ガランさんの古い盾の板だ。
誰も、すぐには動かなかった。
胸の奥の灯皿が、静かだった。盾も、道も、青も、それぞれの役目を果たして、今は灯皿の縁で、静かに待っている。
自分の息の音が、やけに大きく聞こえる。手の中の槍は、まだ握ったままだった。指を開くのに、少しかかった。
ニルスさんが長槍を下ろして、それから息を吐いた。吐いてから笑った。
「今度こそ終わった」
立っていた兵が、槍を放して座り込んだ。対岸で補修方の人が両手を上げている。
父さんは木組みの入口に立ったまま、こちら側の顔を一人ずつ数えていた。数え終えてから、父さんは初めてこちらを見た。
ガランさんは剣の青が消えるのを見てから、僕とセラの肩をたたいた。
「よくやった」
その一言だけだったけど、肩に残った手の重さが、しばらく消えなかった。
隣で、セラが短槍を握ったまま立ち尽くしている。たたかれた肩のあたりへ一度だけ目をやって、それから、崩れた鉄の方を見た。目の縁が、少し赤い。
「ようやく、倒せたね」
「……はい。核は、二つとも止まりました」
セラは短槍の穂先を土へ下ろして、小さくうなずいた。
「あの……あとで、送らせてください。ここに残っている火を」
「うん。でも、まずは休もう」
対岸から声が上がった。補修方の人たちが、こちらへ向かって何か叫んでいる。言葉にはなっていなかった。
ニルスさんが長槍を上げて、それに応えた。
崩れた鉄のあいだに、青がいくつか浮いている。墓喰らいのものではなく、墓喰らいが集めたまま、取り込みきれなかった火だ。
兵の一人が、ニルスさんの短い剣を僕へ差し出してきた。刃こぼれが一つ増えている。
「俺たちも、灰の獣を倒せた。これまで退けるだけしかできなかったが、一矢報いることができた。ありがとう」
受け取った柄は、握った時と同じ所に指が収まった。
前の戦いの後に書いた「倒した」は、評定の夜に「分からない」と書き直したままだった。
僕は荷から《灯名帳》を出して、あの行の下に書き足した。
――墓喰らいを倒した。




