第七話 十を数えた門番
本日2話目です。
青い火は、午後になっても鐘楼の土台から消えなかった。
鐘の落ちた鐘楼の周りでは、大人たちが交代で見張りをしている。白喰いの灰は木箱に集められ、地下道の入口には太い丸太が運び込まれていた。
火が張りついている古い石は、村では《門石》と呼ばれている。父さんによると、鐘楼を建てた時に古戦場の古い門跡から運んできたものらしい。ただ、どの門の、いつの石だったのかは、灯守の帳面にも残っていなかった。
僕は門石から数歩離れた場所に座り、父さんと母さんへ、昼に感じたことをもう一度話した。
「青い火が、同じ間隔で十回強くなった。そのあと、後ろを確かめたかったって」
「言葉が聞こえたの?」
「ううん。そう思っているのが伝わってきた」
母さんが門石へ目を向けた。もちろん、その目に青い火は映っていない。
「触らずに待ったら、どうなるの?」
「分からない。しばらく残るかもしれないし、急に消えるかもしれない」
父さんが腕を組んだ。
「待つなら、誰かがここで見張り続けることになる。地下道はまだふさぎきれていない。その間に、別の白喰いが出てこないとも限らん。村の外へ運ぼうにも、火が石についているなら下手に動かせない。カイが触れるかどうかは別として、夜までここを無人にはできん」
見張るだけなら、大人たちにもできる。けれど青い火が消えたかどうかを確かめられるのは、今のところ僕だけだった。
母さんは門石と、周りで見張る村人たちを見比べた。待つことにも危険があると分かったのだろう。僕の前へしゃがんだ。
「カイ。触れたら、また知らない人の最期を見るのね」
「たぶん」
「今度は白喰いに追われていない。触れるかどうかは、怖さも含めて自分で決められるわ」
僕は門石の火を見た。強くなり、弱くなる。少し間を置き、また強くなる。何度見ても十回だった。
「怖いよ」
そう答えると、母さんは僕の目を見たままうなずいた。
「でも、あの人が何を確かめられなかったのかは知りたい。力が欲しいからじゃなくて、同じ間違いをしないために」
父さんが僕の肩へ手を置いた。
「そうか。触れるなら触れたあと、自分の名前を言え。俺たちの名前もだ。言えなくなったら、すぐに手を離させる」
「分かった」
「苦しくなった時も隠すな」
「それも分かってる」
父さんと母さんが両側へ立つ。僕は門石へ近づき、青い火へ右手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、広場が消えた。
◇
目の前に、木の門があった。
太い板を鉄でつないだ門は半分壊れ、外では武器のぶつかる音が続いている。僕の目が映しているのは、門番の男が見た景色だった。
男は長方形の大盾を両手で支えている。右腕は上がらず、額から流れた血が片目へ入り、門の外に何人いるのかもよく見えない。
『十だ! 十を数える間だけでいい!』
後ろから声がした。避難する荷車が門内の坂を下っている。十を数えれば、最後の一台まで角を曲がれるはずだった。
男は大盾を地面へ立て、壊れた門の隙間をふさいだ。
一つ。
盾へ槍が当たる。
二つ。
肩が外れそうになる。
三つ。四つ。
足元の土が押され、靴が少しずつ後ろへ滑る。
男は村一番の剣士ではないし、足も速くない。だからこそ逃げる人たちの最後尾へ回り、避難が終わるまで壊れた門を盾でふさぐ役を選んだ。
五つ。六つ。
門の外から斧が振り下ろされ、盾の上端が割れた。それでも男は動かなかった。
七つ。八つ。
背後で、荷車の車輪が石を踏む音がした。最後の一台が坂を下りた。そう思った。
九つ。
小さな泣き声が聞こえた。
それでも振り返ることはできない。重心が少しでも変われば盾が傾き、門との隙間から槍が入る。
十。
男は役目を終えたつもりで、大盾を支えていた腕から力を抜いた。盾が傾き、広がった隙間から敵兵がなだれ込む。
その時になって、男は見た。
坂の途中で、一台の荷車が横倒しになっている。折れた車輪の向こうに老人が倒れ、荷台の下では二人の子どもが泣いていた。
最後だと思った車輪の音は、坂を下りる音ではなかった。倒れる音だった。
正面の敵を一息でも長く止めることばかり考え、盾を立てる前に後ろを確かめなかったのだ。盾を支えている間は振り返れなくても、耳は使えたはずだった。泣き声がどこから聞こえたのか。車輪の音が、本当に坂を下りていく音だったのか。もっと注意深く背後へ耳を向けていれば、気づけたかもしれない。
男は割れた盾を持ち上げ、もう一度子どもたちの前へ立とうとした。けれど、右腕はもう動かなかった。
せめて盾を立てる前に、一度振り返っていれば。何人残っているか、自分の目で確かめていれば。背後の音を、一つずつ聞き分けていれば。十を数えることより先に、守る相手を見ていれば――。
◇
広場が戻ってきた。
見えたのは、門番の最期だけだった。名前も、門へ立つまでにどんな日々を過ごしたのかも、その後に誰が助かったのかも分からない。
なのに最後の後悔だけは、人生のすべてだったような重さで胸へ残った。
感じた重さと、分かった事実を同じものにしてはいけない。藤代明人が欠けた記録を扱う時に守っていた考えが、言葉になる前の感覚のまま僕を支えていた。
息がうまく吸えない。門石へ手をついたまま、膝が折れた。
「大丈夫か!」
父さんの腕が胸の前へ回り、倒れかけた体を支える。
「名前を言って」
母さんの声がした。
「カイ。十二歳。ここはルカ村」
「私たちは?」
「父さんのヨルンと母さんのメリア」
家族としての呼び方だけでなく、一人ずつの名前まで自分の言葉で答えられた。
それだけで、息が少し楽になった。
「見えたものは?」
「門番の人。十を数える間、敵を盾で止めていた。でも、後ろで荷車が倒れていたことに気づかなかった」
青い火はまだ消えていない。門番の後悔が、胸の中で何度も繰り返されている。
僕はその火へ向かって言った。
「僕は、立つ前に後ろを確かめる」
言ってみて、それだけでは足りない気がした。
「何人を守るのか、どこまで逃げればいいのか、自分で見る。十を数えることだけを役目にしない」
門石に燃えていた青い火が、僕の手のひらへ集まった。熱くはないのに、両腕へ重い盾を支えた感覚が流れ込んでくる。胸の奥では、最初からあった火の隣に、二つ目の火がともった。
大きく両腕を広げると、その前へ、青く透き通った盾が一瞬だけ現れた。門石ほどの高さがあり、表面には十本の細い線が刻まれている。
一本目の線が光った途端、肩へ大きな重みがかかった。
「消えて!」
叫ぶと、盾はすぐに消えた。けれど両腕がしびれ、しばらく指を動かせなかった。
「今のは?」
父さんが尋ねる。
「門番の盾だと思う。正面を守れるような感覚がある。十本の線は、十を数える間と何か関係があるのかもしれない」
「今日は、これ以上出さない」
僕はしびれた腕を胸の前へ寄せ、自分から言った。
母さんはその答えを聞くと、持ってきた手当て袋から薬草を混ぜた布を取り出し、僕の肩へ当てた。
「分かったことは、帰ってから一緒に書きましょう」
「うん」
敵から退かなかった門番の盾。
けれど、ただ立ち続けるための力にはしたくない。守る人を確かめてから使う盾にしたい。
僕は二つ目の能力を、《退かぬ盾》と名づけた。




