第五十七話 三つ目の欄
日の出前の東門で帳面を抱えていると、山裾道を見に行くガランさんに呼び止められた。
「今日は俺とニルスで見てくる。お前は壁から火を確かめておけ」
西門へ続く道を自分でも見ておきたかったが、外へ出ても僕にしかできない仕事はまだない。
「昨日の図に、場所を書き足しておきます」
「頼む。戻ったら見せてくれ」
二人を通した門が閉まると、僕は壁の上へ続く石段を上がった。朝の畑には影が長く残っていたが、その上に浮く青い火は昨日と同じ場所に見えた。
畑の縁に七つ、小屋の跡に三つ、柵の根元に八つ、道の脇に三つで二十一になる。紙へ打つ点が重ならないよう顔を上げ直し、折れた柵や畝の端を目印に位置を取った。近くに見える火でも紙の上では離して描き、横へ短い線を引いて本来の場所を示しておく。
「これは、どのあたりですか」
のぞき込んだ見張りの兵が指した点を、僕は紙を持ち上げて外の景色と重ねた。
「あの折れた棒の少し右です」
「そこなら、去年まで使っていた見張り小屋の跡ですね」
石の土台だと思っていた場所へ呼び名を書き足すと、名簿で読んだ言葉が初めて景色とつながった。ただ、道の脇に離れて灯る三つには、兵も知っている建物の名を挙げられなかった。
◇
ザハルさんの机へ図を広げると、町の名簿に記された場所と一つずつ照らし合わせることになった。
「二十一のうち十二は、こちらで亡くなった者の名と場所を押さえている」
柵の根元には夜の修理に出た人が倒れた場所もあり、畑の縁には去年の記録も混じっていた。僕が図に印を付ける間、ザハルさんは日付の古い行まで指でたどって待ってくれた。
町の記録で説明の付かない九つを残し、今度は僕の名簿の三つ目の欄を開いた。そこには壁の外ではぐれたままの十一人と、最後に姿を見た場所が書いてある。
家族から聞いた言葉を読み返して図へ移す作業は、思っていたより時間がかかった。同じ小屋を指していても、畑の端と言う人と道の曲がり角と言う人がいたからだ。
場所が重なったのは六人で、五人ぶんは畑の縁と小屋の跡へ、一人ぶんは柵の根元へまとまった。見渡せる範囲なのに火の見えない場所が二人ぶんあり、残る三人の場所は壁から確かめられなかった。名の付かない九つの火のうち、十一人の話とも重ならない三つは道の脇へ残った。
「六人は分かったわけか」
ザハルさんが名簿へ炭筆を寄せたので、僕は急いで図の方へ手を置いた。
「その場所に火があるだけです。まだ、その人の火とは分かりません」
「家族が最後に見た所だろう」
「はい。でも、別の人がそこで亡くなったのかもしれません」
名簿の頭には、囲いを回り始めた時に書いた「見ていない。聞いた話」が残っている。今朝僕が見たものを書き足しても、その下にある名前まで確かめたことにはできなかった。
「火の見えない二人も、生きているとは決められません。そこから動いたのかもしれないし、火が残らなかったのかもしれないから」
ザハルさんは炭筆を置き、僕が押さえていた図をしばらく見ていた。
「なら、名前の横には場所が重なったとだけ書け。家族へ伝える時も、今の言い方を省くな」
「家族から聞いた場所と、火の場所がずれていた行は、消さずに残しますか」
「残す。何を根拠にそう書いたのか、後で調べる者にも必要だ。新しく分かったことは横へ足せ」
僕は六人の名を消さずに、その横へ場所が重なったとだけ書き足した。空欄を埋めるつもりで来たのに、書くことは朝より増えていた。
◇
午後はセラと囲いを回り、外の様子を聞きたいか先に尋ねることにした。二番目の囲いで布を縫っていた年配の女の人は、僕が帳面を開く前に首を振った。
「うちのは、聞かん。見えてても、言わんでくれ」
「分かりました」
閉じた帳面を脇へ戻すと、針を動かしていた手がそこで止まった。
「あんたが数えとるのは知ってる。それはそれでいい」
僕の後ろに立つセラへ目を向けてから、女の人は縫いかけの布を膝へ広げ直した。
「でも、うちのはまだ出かけとるだけだ。そういうことにしてある」
外へ出てから名前の横に「今は知らせないでほしい」と書き、今日伝えた人の印は付けずにおいた。せっかく調べたのだからと言い足さずに済んだのは、帳面を閉じた時の顔が見えたからだった。
三番目の囲いでは、畑の小屋へ父親を残してきた女の人がすぐに場所を尋ねた。父親の名はホルクで七十を過ぎていると、前に聞き取った行に書いてあった。
「小屋のそばに、火はありました。でも、お父さんの火かどうかは、まだ確かめられていません」
女の人は膝の布を握り、僕が言い終わってもしばらく口を開かなかった。
「動いていましたか」
「昨日も今朝も、同じ所に見えました」
「そう。あそこに、まだいるのかと思って」
僕は否定もできず、名簿に添えた小屋の印へ指を置いたまま待った。
「連れて帰れますか」
聞かれたのが火のことなのか、お父さん自身のことなのか分からずに顔を上げた。代わりに答えたセラは、女の人と目の高さを合わせるよう膝を折った。
「残った火を送ることはできます。ただ、ここへ連れてくることはできません」
「じゃあ、あそこから離してやることは?」
「近くまで行ければ。外で安全に鐘を鳴らせるよう、町の人にもお願いしなければなりません」
「いつになりますか」
「まだ決まっていません」
セラが答えた後の沈黙で、僕は小屋までの近さを言わなくてよかったと思った。壁から見えている距離を伝えても、すぐ迎えに行けるわけではなかった。女の人は布を畳み直し、出る日が決まったら知らせてほしいと言った。
七番目の囲いには、逃げる途中で弟とはぐれた兄が待っていた。最後に見た場所には火が見えなかったと伝えると、男の人は座っていた板から身を乗り出した。
「じゃあ、生きてるんでしょう」
「そうであってほしいです。でも、僕が見たのは壁から見える場所だけです」
「火が無いんだから」
声は大きくならなかったが、帳面を押さえていた僕の手との距離が縮まった。
「火が残らない人もいます。いないから大丈夫だとは、言えないんです」
男の人は目をそらし、足元の土を靴の先でゆっくり削った。生きていてほしいのは僕も同じなのに、口にした言葉はその人を黙らせるものばかりだった。
「まだ探している人として、名前は残します。別の場所で見かけた話があれば、そこへ足します」
男の人が顔を戻したので、僕は弟の名前が書かれた行をそのまま見せた。
「消さないんだな」
「はい。今日は見つからなかった、と書きます」
指でなぞられた名前の端に土が付いたが、男の人の手が離れるまで紙を動かさずにいた。
◇
囲いを出ると、セラが壁の向こうへ目を向けた。
「畑の縁まで行ければ、送れる火はあります。今日聞いたことをザハルさんへ伝えましょう」
「鐘を鳴らしている間、前に立ってくれる人も頼まないと」
「はい。途中で逃げながらでは送れませんから」
白喰いを倒した後も見張りが畑へ目を配っていたことを思い出し、僕は外へ出る人のために図を広げ直した。火の位置だけでなく、セラが立てそうな場所へも印がいる。ただ、壁から分からない足元まで描くのはやめ、明日確かめたい所として囲っておいた。
夕方に戻ったガランさんたちを迎えると、外套の裾には山道の土が付いていた。
「道は残ってる。細いが、荷車でなければ通れる」
差し出した図を見たガランさんは、山裾道の曲がり角へ指を置いた。
「途中に新しい四本脚の跡があった。昼にも動いていると思っておけ」
「では、扉を上げに行く日は、昼のうちから見張りを置くんですね」
「置く。夜の囲いだけでは足りん」
通れると聞いて軽くなった気持ちを残したまま、僕は足跡のあった場所を書き留めた。その図も持ってザハルさんの部屋へ行き、セラと一緒に家族から頼まれたことを伝えた。
話を聞き終えたザハルさんは、道の脇に残った三つの点へ目を止めた。
「この三つは、まだ誰とも重ならんのか」
「はい。町の人か、通りがかった人かも分かりません」
「そこも残しておけ。名簿にないからと、外すな」
紙を返した手が止まり、ザハルさんはニルスさんへ畑側の見張りを確かめた。
「三日に一度の半日を、次は外の火へ回す。橋の方へも伝えてくれ。明日の朝の様子で決める」
セラが頭を下げる横で、僕は図の角を折らないよう両手で持ち直した。今日打った点が、誰かを送りに行くための印になろうとしていた。
夜の《灯名帳》には二十一の火と町の記録にある十二を記し、残る九つのうち六つが名簿の場所と重なったと書いた。火を見つけられなかった二人と壁から確かめられない三人は、名前の横へ理由を添える。誰とも結びつかない三つの火にも行を残し、聞くことを望まなかった人の名には伝えない印を付けた。
三つ目の欄の十一人は、まだ誰も減らせなかった。連れて帰れた時に減らすつもりだった数字を見つめ、僕は明日持っていく図を名簿の間へ挟んだ。




