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名もなき英雄の残火 ~死者の技を継ぐたび、少年は強くなる~  作者: 冬月樹
第一部 青い火の古戦場

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第四十九話 戻る場所

 老婆と兵四人が出ていくと、部屋の話は段取りへ移った。


 机の地図には、北の畑道と乾いた水路の円が二つと、その間を走る壁の線が残っている。


「役は三つだ」


 ザハルさんが、その三つを順に指した。


「北へ一体を引く役、残りの一体を落として仕留める役、それとその二つを上から見て指示する役だな」


 ザハルさんは、水路の円を指で押さえた。


「仕留める役は、さっき決めた通りカイだ。それに、水路の線へ魔力を通さんといかんから、セラも一緒だな」


「引く方は俺が行こう」


 父さんが北の円へ手を置いた。


「大きい方の音具を、畑道まで持っていって鳴らし続ける」


「分かった。兵を二人つける」


 ニルスさんが北の円へ印を三つ置いた。父さん、兵二人。それから指を水路の円へ移し、そこへ自分と兵三人ぶんを足す。セラと僕の印は、もう置いてある。


「セラ、鐘は持っていくのか」


 ニルスさんが聞いた。


「持っていきます。何があるか分からないので、通じる手段は一つでも多い方が安心です」


「分かった。仕留める側の流れを整理しよう。線へ通すのはいつだ」


「白喰いが輪の中へ入ってからです」


 セラが答えた。


「開いた後は」


「六十数える間、あれは輪から出られません。その間に、カイが入って突きます」


「輪の中で、白喰いは動けるのか」


 ザハルさんが聞いた。


 ニルスさんが、描かれた輪の中へ短い横棒を二本引く。


「動けるだろう。だから縄を二本、輪の中の底へたるませて渡しておく。端は左右の兵が壁の上で握る。合図で同時に引けば、前脚の二本は取れる」


 ニルスさんが、引いた横棒の端を指で押さえた。


「二本しか取れんが、それで白喰いはその場から前へ出られん。お前が入って出るまでの間だけでいい」


 ニルスさんは、引いた横棒の横へ小さく札の形を書き足した。


「縄には町で刻んだ札を挟んでおく。村で縄を切られた話は聞いている。より強い物を用意しよう」


 村の北で、父さんとダリオさんが張った縄を、白喰いは一本引きちぎっている。町へ着いた日、父さんがそこまで話していた。


「刃が届かなかったらどうする」


「一度目の突きが外れても、火が残っていれば突き直せます。四十のうちなら何度でも」


「四十のうちは何度でも突けるだろうが、術式線の効果は六十だ。見込みがずれることも、逃げる手間のこともある」


 ニルスさんは、そこで一度言葉を置いた。


「四十で仕留めきれなければ撤退だ。底から抜く手は、こちらで用意しておく」


「分かりました」


 輪の外の町側へ、印が一つ増えた。


 六十のうち、四十が突く時間で、残りの二十が帰る時間だった。


 ガランさんは左腕をゆっくり耳の横まで上げ、それから机の上へ手を戻した。もう途中で止まることはないが、剣を振ってよいかは、次にエルナさんが診てから決まる。


「三つ目は、その上から見る役だ。それは俺が担当する」


 ガランさんが、二つの円のちょうど間へ指を置いた。


「壁の上から両方を見て、指示する。二手の間で何が起きているかは、下からでは見えん。角笛は俺が持つ」


 この部屋へ来る前に、自分の役を決めてきた人の言い方だった。


「角笛が一度なら配置を戻す。二度なら全員撤退。白喰いが離れなければ、その日は戦わん」


 ニルスさんが条件を読み上げ、地図へ書き足した。


「一体目を倒した後、北の一体はどうする」


 父さんが聞いた。


「その日は手を出さん」


 ザハルさんが即答した。


「一体目が倒せても、倒せなくても同じだ。二体を続けて相手にして、誰か一人でも失えば最悪だ」


「引きつけている人たちは、どうやって戻るんですか」


 僕が聞いた。北にいるのは父さんと兵二人で、音具を捨てれば白喰いはそちらを追う。


 答えたのはガランさんだった。北の円から門まで、指で一本の線を引く。


「音具を捨てずに、鳴らしたまま下がる。壁が見える所までは、それで持つ。危ないのは離れる時だ。音を切った所から、あれは足音の方へ移る。そこで壁の上から別の音を出して、数歩ぶんだけ逸らす」


「それでも間に合わなかった時は」


「俺が門から出る。剣は振らん。正面をふさげば向きは変えられるし、門はすぐ後ろだ」


 ザハルさんは止めなかった。


「僕は」


 聞いてから、聞かなければよかったと思った。


「お前は数に入っていない」


 ニルスさんが言った。


「一体目でお前の火が残っているかどうか、俺たちには分からんからな」


 自分の火を数に入れない形で、帰り道が組まれていた。


「残った一体は、日を改める」


 ザハルさんが地図の北の円を指で囲った。


 倒す相手と、通す相手が、そこで別々に決まった。


「明日の朝、跡を見る。この作戦のままで進めそうなら出発だ」


 ザハルさんが、全員を一度見回してから決めた。


 三つの役が決まると次は戻る道で、父さんたちが北の畑道から下がる道と、僕たちが水路から町へ退く道を、順に引いていった。


 地図へ、一つずつ線が増えていく。戦う場所より先に、戻る場所が印で埋まった。


 《青火纏い》が使えるようになったから、すぐ戦うのではない。東の道を使えるようにするため、戻る場所を確保するために戦う。


 僕は火の入っていない短槍を、両手で握った。今日はもう、何も灯らない。


「もう一つ条件がある」


 机の端にいたガランさんが、もう一度口を開いた。


「明日の朝、カイが《三歩の道》を選べていることだ。選べていなければ、この形は成り立たん」


 部屋の何人かが僕を見た。地図の上の印より、そちらの方が重い視線だった。


「……はい」


 朝の検証で槍兵の火は役目を終えないまま消えていて、降りられないと言ったのは僕なのに、その僕が明日は違う火で始めることになっている。


          ◇


 日が暮れる前に、老婆と兵四人が戻ってきた。獣は寄ってこなかったし、乾くまで見届けたという。


 線は、もう引いてある。


 残っているのは、二体がどこにいるかだ。今は石囲いと北の畑道にいるが、夜のうちに動く。


 両方が水路の近くへ寄っていれば、離してから片方だけ落とすという形そのものが成り立たない。そうなれば、線は引いたまま使われずに終わる。


 夜、灯りを消す前に帳面を開くと、明日灯す火を書く欄で炭筆が止まった。


 ガランさんが最後に言った条件が、そのままこの一行の上にあった。


 槍兵の火は今日、灰の核へ届かないまま消えて役目を終えておらず、昼に自分で言った通りなら、届くまでその火から降りられないはずだった。


 なのに僕は、明日の火を選ぼうとしている。


 考えたこともなかった。門番の火を選んだ夜も斥候の火を選んだ夜も、その火はもう役目を終えていたから、終わっていない火を抱えたまま夜になったのは今日が初めてだ。


 たぶん、こういうことだと思う。


 渡すのは日の途中でやることで、前の火が役目を終えてから次の火が受け取るのだから、条件がいる。


 眠るのは渡すのとは違って、一日が終わって灯皿が空になり、空いた所へ選んだ火が入るのだとすれば、役目が終わっていなくても朝には替わっている。


 たぶん、だ。今夜がその一度目になる。


 帳面のまだ分からないことの欄へ、朝の一行の下にもう一行足した。役目を終えていない火を抱えて眠った翌朝、灯っているのはどちらか。


 その上で、明日の欄へ《三歩の道》と書いた。


 白喰いへ届かせるのは槍兵の火だけれど、届く所まで行くのはその火の役目ではなく、爪を越える所が見えなければ渡す一瞬まで辿り着けない。渡してからでは、足場は出せない。


 三つ目を踏んだ所が渡す場所になるが、それがどこかは行ってみないと分からないので、決めておけるのは、どんな三歩を願うかという言葉の方だ。


 帳面を閉じた。書いてしまえば、朝になってからは変えられない。


 明日、目を開けて胸を見た所で、作戦が続くかどうかが決まる。


 もし槍兵の火の方が灯っていたら水路へは下りられないが、朝いちばんで報せればいい。ガランさんはそれを条件だと言ってくれた。


 朝、目を開けて胸を見る。それから、跡を聞きに行く。二つとも、そこでそろう。

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