第二十八話 残る者、行く者
六日目の朝、オルバン村長の家へ十二人が集まった。地下補給路から町へ向かう者を決めるためだ。
「まず、行けない者からはっきりさせる」
ガランさんが言った。
「ユハンは息こそ安定したが、胸の傷が落ち着くまで長い移動はできない。揺らして折れた骨が肺を傷つければ、命に関わる。リナの家族とボルは、荷物も馬車も見張り塔の外へ残している。テオは村のけが人を診るため、今は動かせん」
見張り塔から来た六人は、全員が村へ残ることになった。リナは大人の話し合いへ入らず、窓の外でノアと木片を結んでいて、二人の間には、見張りが引けば鳴る新しいひもが伸びている。
二人がつないでいるのは、墓地から見張りの小屋までの合図だ。どちらかが引けば、大人が走る前に村じゅうが気づく。けが人へ水を運ぶ順番も、二人で決めたと聞いた。誰かに言われて手伝っているのではなく、自分たちにできることを見つけて役目にしているのだ。
僕も十二歳というだけなら、向こう側へ座るはずだった。ここにいる理由が年齢より能力にあるのだとは思いたくない。能力を使った時の痛みと、使わないという判断を大人へ話せるようになったからだと思いたかった。
マルクさんが頭を下げる。
「助けてもらったのに、町への知らせまで任せて申し訳ありません」
「歩けない人を連れて危険を増やす方が困る」
父さんが答えた。
「村に残って、商人の知識でみんなを助けてやってくれ。町へ着いても四人で持ち帰れるのは最低限だから、何をどれだけ運ぶかはあんたの計算がいる」
ダリオさんも残ることになった。
「俺まで行けば、白喰いがまた村へ来た時に弓と縄を扱える者が減る。墓地の入口も見張らなきゃならんから俺は残る」
「わかった。北の灯籠も任せる」
父さんが言うと、ダリオさんは腰の縄を確かめた。
「金具が一度鳴ったら灯籠を見る。二度続いたら、取りに出ず柵を閉じる。三度なら墓地の入口もふさぐ。決めたとおりにする」
僕たちが地下へいる間、村の判断を担う人が必要だ。強い人を全員連れていけば道の中だけは安心でも、帰る場所が危険になる。ノアはダリオさんの隣で、少し安心した顔をしていた。
最後に残ったのは、僕、父さん、セラ、ガランさんの四人だった。
「異論がなければ、四人で行く」
オルバン村長が四人の顔を順に見てから、地図の上へ指を置く。
「引き返す条件はガランの案を使う。決めた時刻を過ぎても戻らなければ、村側から入口を探る。待っている間に都合よく条件を変えたりはしない」
送り出す決定と、帰らなかった場合の責任を同時に引き受ける言葉だった。
「西門へ出た後は、町まで半日。道が通れれば、明日の夜までには町へ着ける」
「夕方までに西門へ出られなければ引き返す」
ガランさんが地図の中ほどへ炭で印を置いた。
「地図の二つ目の丸い印を、戻るか進むかの境にする。そこまでに四分の一以上の水を使った時も戻る」
「墓喰らいを見つけた時は?」
「道をふさいでいなければ避ける。ふさいでいれば、倒すより帰る道を作る」
成功と失敗だけでなく、引き返す条件までを出発前に決める。
「カイ、今夜はどっちを灯す」
ガランさんが尋ねた。
胸の奥には二つの残火があるが、《一灯》の決まりどおり、明日使えるのはどちらか一方だ。眠る前に選ばなければ、朝になってから変えることはできない。
「《三歩の道》。崩れかけた道を進むなら、足場が見える方がいい」
「盾はいらんのか。地下で崩れてきたら、正面を止められる」
父さんが言う。
「止められるのは十を数える間だけだ。その十で四人が外へ出られる場所ばかりとは限らない」
「道が見えるなら、崩れる前に抜けられる」
ガランさんは自分の大盾を親指で示した。
「盾の役は俺が持とう。お前は道を見てくれるか」
「分かった」
選んだ火と理由を《灯名帳》へ書く。途中で盾がいる場面が来ても、明日の僕には出せないからだ。
「通れなければ、同じ入口へ戻ります」
セラが言った。
「墓喰らいを追って、予定にない分かれ道へは入りません」
その言葉は、僕へ向けられている気もした。
「追わないよ」
「青い火が呼んでも?」
「町へ知らせるのが先だ」
答えは決まっている。
母さんが、地図に書き込まれた引き返す条件を見た。
「帰るための決め事は、もう四人で話したのね」
「うん。二つ目の丸い印へ着く時間と、水の減り方と、墓喰らいに道をふさがれた時の動きまで決めた」
「なら、同じことを私から繰り返す必要はないわ」
母さんはそこで一度言葉を切り、僕へ一つだけ尋ねた。
「カイ自身は、行きたいの?」
役目ではなく、僕の答えを聞かれているのだと分かった。藤代明人は頼まれたことを増やし続けて、自分が何を望むかを言えないまま終わった。今の僕も「必要だから」とだけ言っておけば、自分の気持ちを隠せてしまう。
「僕は、行きたい」
言葉にすると、少し怖かった。
「名もなき斥候が残した道を、自分の目で確かめたい。墓喰らいが技だけをまねる理由も、どうして僕がこの火を受け取ったのかも知りたい。村の人たちを助けたいだけじゃなくて、僕が知りたいんだ」
誰かの願いでも、父さんに命じられた役目でもない。カイが望んだことだった。
母さんはうなずいた。
「それなら、行っておいで。あなたが自分で見て、自分で帰ってから、続きを聞かせて」
「うん」
止められると思っていた僕の方が、母さんの変化を見落としていたのかもしれない。
セラが襟元へ手を当てた。
「私も、冠灯院へ報告するためだけに行くのではありません」
全員の視線が集まる。
「昼に動く残火と墓喰らいを、自分で確かめたい。規則に書かれていないことを、危険だからという理由だけで消したくありません」
セラの指は、服の下にある細いひもを握っていた。何を下げているのかは見えないが、銀の鎖とは違う古びた茶色のひもで、先には小さく角のある物が服越しに浮いている。
セラが隠したままなら、僕から尋ねるべきではない。ただ、規則に書かれていないことを消したくないと言ったその声は、いつもの冷静な説明より少し震えていた。
「見習いが規則を変えるのか」
ガランさんが尋ねる。
「まず、間違っているかどうかを確かめます」
「それでいい。正しいと決めつけて見る者よりは信用できる」
ガランさん自身の理由を、僕はまだ知らなかった。
「ガランさんは、どうして行くの?」
「護衛を引き受けたからだ」
「それだけ?」
ガランさんは一瞬、答えを止めた。
「今はそれだけで十分だ」
聞くなとは言わなかったから、いつか別の理由も話すつもりがあるのかもしれない。
ユハンさんは寝床から起き上がらないまま、机の上の木の地図へ手を伸ばした。
「俺が書き足した水場は二つ。西門の外に一つ、町道へ出る前に一つだ。古い方は枯れているかもしれない」
ガランさんはその地図を布へ包み、自分の背へ入れた。
「地図は先頭が持つ。ただし、俺が倒れたら次はヨルン、次がセラ、最後がカイだ。地図が今どこにあるのか全員把握しておけ」
自分が最後まで立っている前提にはしない。それは弱気ではなく、四人全員を町へ近づけるための準備だった。
テオさんが包帯と薬草を四人分に分け、マルクさんとユナさんは干し肉と塩を出した。リナが僕へ渡した小さな布袋の中には、鳥の羽で作ったお守りが四つ入っている。
「四人で帰るから、四つ」
「羽でできてるの?」
「石にしようと思ったけど、ぶつかると音が鳴るから。それに、落としても拾わなくていいでしょ」
物を拾うために危険な道へ戻らないと話したことを、リナはノアから聞いたらしい。
「じゃあ、帰ったら四つとも見せる」
「一つなくても、四人で帰ればいいからね」
リナは四つのお守りではなく、帰る四人の数を僕へ渡したのだ。僕たちは四人だけで道を歩くけれど、四人だけで出発するのではなかった。
その夜、《灯名帳》へ一行を書いた。
――僕は、自分で知りたいと思い、古い補給路へ行く。
明日の朝、灯っているのは斥候の火だ。選んだのも、この一行を書いたのも、僕自身だった。




