第二十七話 古い補給路
墓喰らいは倒せなかったが、取り戻した北の灯籠は四日ぶりに石台へ戻った。
父さんは金属のふたを外して、空気穴へ残った黒い灰を細い針でかき出し、古い芯を捨てて新しい油を満たした。
「これで夜まで燃える」
黄色い火は小さかったが、それでも北へ流れていた青い残火のいくつかが速度を落とし、墓地の上で静かに揺れ始めた。
「元に戻った?」
僕が尋ねると、セラは銀の鐘を鳴らさずに耳へ当てた。
「全部ではありません。北から引かれる力は残っています。でも、村側へ流れる火は減りました」
境の灯りが何もかも防ぐわけではないが、それでも一つあるだけで残火の流れは変わる。
父さんは石台の四隅へ留め具を打ち、灯籠を吊るす横木を据えた。置くだけでは、また引かれた時にそのまま転がってしまうからだ。一本が外れても横木ごと古戦場側へ倒れないよう、縄も二重にする。
「糸に引かれたら、また倒れる?」
「前よりは時間がかかる。その時間で見張りが気づく」
「絶対に動かないようにはできないんだ」
「今の資材ではな。壊れない物を作るより、壊れ始めた時に分かる仕組みを増やす方が現実的だ」
横木の縄には小さな金具もつけ、強く引かれれば柵の内側で音が鳴るようにした。ノアは自分の木片ひもをまねた仕組みだと知って、何度も結び目を見上げている。
父さんが何度も「灯籠一つで命を懸けるな」と言った理由も、「灯りは守りになる」と教えられてきた理由も、これで両方が分かった。灯籠は人の命より大切ではないが、安全な時に戻しておけば、多くの命を危険から遠ざけられる。
◇
オルバン村長の家で、墓喰らいについて話した。
「北の灯籠を動かしたのは、黒い灰の糸だった」
父さんが実際に見た順番を説明する。
「先に空気穴をふさぎ、火を消した。地面の下から糸だけを伸ばして灯籠を古戦場側へ引いた。その後、残火を追って白喰いが来た」
「足跡がなかったこととも合う」
ダリオさんがうなずく。北の灯籠を失った日から残っていた疑問に、ようやく答えが出た。ただし、安心できる答えではなかった。
「その墓喰らいは、まだ地下にいるのね」
母さんが言う。
「柱で体を崩したが、灰は穴へ戻った」
「送れた残火は一つだけです」
セラが机へ、黒い灰のついた矢と折れた測定板を置いた。どちらもふたのある石箱に入れてある。
「墓喰らいの中には、少なくとも遠くの物を引く技がありました。《三歩の道》をまねた火は送りましたが、もう一度まねられないとは言い切れません」
「技を見れば、何度でも覚えるかもしれないということか」
オルバン村長の問いに、セラはうなずいた。僕の能力を見せることは、僕たちを強くするだけでなく、相手まで強くするかもしれない。使わない理由が、痛み以外にも一つ増えたことになる。
ガランさんが言い添える。
「次は同じ倒し方を使えんと思っておけ。カイの道をまねられるなら、こちらの動きも覚えられていると考えた方がいい」
「地下道を掘るのは危険では?」
ユナさんがリナの肩を抱く。
「……危険です」
セラはごまかさなかった。
「でも、東の橋が直るまで村に物資が届かないのも危険です。墓喰らいと残火の異変を冠灯院へ知らせなければ、さらに危険が増えるかもしれません」
テオさんが、村の薬箱を調べた結果を机へ置いた。
「熱の薬は十日分。傷を洗う薬は、今日かなり使いました。大きなけが人がもう一人出れば足りません」
「塩も、冬の分へ手をつけ始めている」
オルバン村長が言う。動かずにいることにも、同じだけ危険があった。
話し合いでは、東の橋を待つ案も捨てずに並べた。橋を直すなら危険な地下へ入らずに済むかわり、十日以上かかって薬と塩が先に足りなくなる。地下道なら一日で西へ抜けられる可能性があるが、崩落と墓喰らいがいる。
「どちらにも危険があるなら、両方を少しずつ進めてはどうでしょう」
マルクさんが言った。
「地下道を調べる間も、橋の木材は集められます。西が通れなかった時に、十日を最初から数えずに済むのではないでしょうか」
「そうだな」
父さんが言うと、オルバン村長は橋を直す者と地下道を調べる者の両方へ、必要な人数をもう一度確かめた。
「ワシもその意見に賛成だが、皆はどうだ」
全員の意見を聞いたうえで、その案を採用する。一つの道へ希望も責任も押しつけない決め方だった。
父さんが、ユハンさんから預かった木の地図を広げる。ユハンさんは壁際の寝床で上半身を起こしていた。息は前日より深いが、テオさんからは話し合いを短くするよう言われている。
「墓地の入口から西門まで、地図の長さなら半日もかからない。ただし、崩れていなければだ」
「途中に丸い印が三つある」
僕は二重線の横にある印を指した。
「空気を入れる穴なら、休める場所かもしれない」
「三本ずつの刻みもある」
父さんが言う。
「斥候の道と関係があるなら、カイに読める可能性がある」
「可能性で子どもを地下へ入れるのか」
ガランさんの声が低くなったが、父さんも目をそらさなかった。
「だから、俺も行く」
「ヨルンがいれば崩落が止まるわけじゃない」
「止められない時に、息子を連れて戻る者は必要だ」
父さんは一度言葉を切ってから、続けた。
「それに、カイはもう小さい子どもじゃない。この五日で、何度も俺たちを助けた」
二人の間へ、テオさんが湯の器を置いた。
「急いで、誰が入るかは決めないでください。少し休憩にしましょう」
「だが――」
「皆さんお互いに顔を見合ってください。けが人より疲れた顔で決める話ではありません」
誰も反対しなかった。
◇
僕は地下道へ行きたい。町へ助けを求めたいし、墓喰らいが何を食べ、なぜ残火が北へ流れるのかも知りたい。名もなき斥候が通ろうとした道の続きも、この目で見たい。
今までなら「僕が行くしかない」と言ったかもしれないが、その言い方には自分の願いがどこにもない。
話し合いのあと墓地へ行くと、村人たちが崩れた入口の土を少しずつ運び出していた。今夜すぐ人を入れるためではなく、白喰いが通れる大きな穴を作らないまま、人一人が奥をのぞけるところまで確かめるためだ。
土の中から古い石壁が現れ、そこに三本の線が刻まれていた。地図と同じ印だ。僕が近づくと、胸の中の斥候の火が揺れた。
その時、土を運ぶ手が一斉に止まった。暗い穴の奥から、石を引っかく音が一度だけ聞こえてくる。
誰かの道具が立てた音ではなく、掘り進めた先の、まだ土でふさがっている側からだった。白喰いの六本脚とも違う。もっとゆっくり、何本もの指で道を探すような音だ。
「下がれ。走るな」
弓を持ったダリオさんが、入口へ体を向けたまま言った。
村人たちは道具を置き、墓道の石まで退いた。誰も走らないのは、音を追わせないためだ。
二度目は聞こえなかったが、それでも今夜の掘り出しはそこで終わった。運び出した土を戻して入口を浅くふさぎ、ノアが作った合図のひもを石へ結ぶ。強く引けば、見張りの詰める小屋で木片が鳴る。
「朝まで二人ずつで見張る。中へは入るな」
父さんが決めた。
地下道は村から西へ抜ける道であり、同時に、古戦場から村へ入る道でもある。
その夜、《灯名帳》の白いページを前に、明日伝える言葉を考えた。
「僕が必要だから、行きたい」
口にしてから、違うと思った。必要とされることを、自分の願いの代わりにしている。
「名もなき斥候の道を見たい。村を助けたあとに、何があったのか知りたい」
こちらの方が胸の中へまっすぐ収まったけれど、その違いを、まだうまく言葉にできなかった。




