第二十六話 願いのない技
墓喰らいの足元に、三つの足跡があった。僕の足跡は青いが、墓喰らいのものは青へ黒い灰を混ぜた色をしている。地面を照らさないところも、三つずつ現れるところも同じだった。
「僕の道をまねてる」
ほかの人には足跡が見えないので、父さんたちは墓喰らいの動きだけを見ている。
墓喰らいが一つ目の足跡へ脚を置いた。二つ目。三つ目。踏み方まで僕に似ていた。
泥へ足を入れる前につま先で確かめ、体重を移し、次の足跡へ目を向ける。最初に青い火へ触れた日から何度も繰り返した僕の動きを、どこかで見ていたのだ。
「いつ、覚えたんだ」
「あなたが灯籠のそばで使った時かもしれません」
セラが答える。青い火へ触れた直後。墓地の穴を調べた時。墓喰らいの糸が地下にいたのなら、僕は知らないうちに何度も見せていたことになる。
崩れた石と泥を避け、最短の線をたどって柵へ近づいてくる。
「何をまねた?」
ガランさんが尋ねる。
「《三歩の道》。あいつにも三つの足跡が見えてる」
「境の火を越える道か」
「分からない。でも、柵へ近づく安全な足場を選んでいるように見える」
墓喰らいの後ろで、白い灰が動いた。白喰いだ。灯籠からこぼれた細かな残火と、墓喰らいの体を追ってきたらしい。
白喰いは六本の脚で、墓喰らいと同じ場所を進もうとした。墓喰らいは振り返りもしない。一体分の重さには耐えた石板が白喰いの前脚で割れ、体が泥へ沈んでも、墓喰らいだけが三つ目の足跡まで進んでいく。
「同じじゃない」
僕は言った。
「何がだ」
「あの道は、墓喰らい自身が安全ならそれで終わりなんだ。後ろの白喰いが沈んでも、道が変わらなかった」
《三歩の道》も、最初は僕一人が通れる足場しか見せなかった。けれど見張り塔で、ユハンさんを乗せた盾も渡れるように願い直すと、別の道が現れた。名もなき斥候は、自分が逃げるためではなく、数百人へ道を伝えようとしていたからだ。
墓喰らいには、その願いがない。形をまねても、誰のための安全かまでは考えられず、それは弱点であると同時に、怖さでもあった。
後ろの白喰いが落ちても、墓喰らいは止まらない。傷つく仲間も帰りを待つ家族もいないなら、自分の体が少し崩れる道でも選べてしまう。人を守る願いがないものは、人なら選ばない近道をためらわず進める。
「技だけを食べたって、そういうことか」
父さんが言う。
「たぶん」
三つ目を踏み終えた墓喰らいの足元で、青黒い火がもう一度脈打った。
僕なら続けて二度目を呼べば左足が痛むが、墓喰らいには斥候のように傷ついた人間の左足がない。技の形だけを作り直すと、そのまま新しい三歩へ進み始めた。
足跡は、柵の右端にある倒れかけた柱を通っていた。そこにはちょうど、境の灯りが届きにくい。
「あいつは柵を越える気だ」
ガランさんが足元の石を拾い、左へ投げた。音で向きを変えられるかどうか確かめたのだが、墓喰らいは反応しない。白喰いとは違うらしい。
「セラ、送れるか」
「一度に一つの残火だけです。体の中にいくつあるか分かりません」
「道の残火を狙える?」
僕が尋ねる。
「あなたの火と混ざって聞こえます。近づかなければ分けられません」
「近づく必要はない」
ガランさんは墓道の脇に積まれた石を見る。
「向こうから近づかせる」
ガランさんは父さんへ、石台に戻した灯籠を少し左へ動かすよう指示した。
ダリオさんが墓道側から縄を引き、父さんが灯籠の底を押して、火を傾けないよう手のひら一枚分ずつ動かしていく。セラは銀の鐘を墓喰らいへ向けたまま、灯籠と同じ速さで下がった。
五人の位置が変わるたび、墓喰らいの頭も動いた。誰を狙うか決めているのではなく、自分のものにできそうな技と、残火が多い方を比べているようだった。
「火を動かして大丈夫か?」
「消さなければ問題ない。あの道の終わりを、柱の内側へ寄せる」
父さんとガランさんが灯籠の取っ手と底を支え、石台の左端へずらすと、境を静める範囲もわずかに左へ動いた。
墓喰らいの青黒い足跡が消え、次に現れた三歩はさらに右へ曲がって、倒れかけた柱の根元を通っている。
「僕たちが先に、あの柱を倒せる道は? 《三歩の道》!」
胸の奥で斥候の火が応え、三つの青い足跡が村側へ現れた。柵を越える必要はなく、墓道の固い石を三つ踏んで、柱を支える古い縄のそばへ行く道だ。
「ガランさん、僕の後ろへ。父さんは灯籠から離れないで!」
「三歩だけだ」
「分かってる」
僕とガランさんは三つの足跡を進んだ。柱は昔の柵を補強した時に村側から縄で固定されていて、その縄は古く、半分腐っている。ガランさんが短剣を入れた。
「墓喰らいが柱の根元へ乗った時に切る」
青黒い足跡の一つ目へ、墓喰らいが乗る。二つ目。体の黒い灰が、灯籠の火を避けて右へ流れた。三つ目は柱の根元だ。
「今!」
ガランさんが縄を切り、父さんが鉤棒で柱の上を押すと、倒れかけていた柱が古戦場側へ傾いた。
墓喰らいは青黒い足跡の上で止まった。その足跡が示された時、柱はまだ倒れていなかった。今はもう、安全な場所ではない。
墓喰らいが次の足跡を出そうとして、青黒い火が足元へ集まる。けれど、柱が倒れ始めてから現れた道は、崩れる灰の下で形にならなかった。変わる前に見た答えへ進み続けるその遅れが、ほんの一息だけ僕たちより長い。
重い柱が墓喰らいの肩へ落ちた。黒い体が地面へ崩れ、人の骨ではなく灰と金属片が散る。
「セラ!」
セラは柵へ走り、銀の鐘を柱の向こうへ向けた。一度、二度、三度。
鳴らすたびにセラの腕が下がっていく。残火一つを送る時より、いくつもの火から同じ技だけを分ける方が難しいのだろう。額に汗が浮き、三度目は両手で鐘を支えていたが、それでも抜ける火はなかった。
「すみません、三度目は失敗です!」
「かまわん、道の方に向けてくれ!」
セラは鐘を下ろさず、墓喰らいの道だと思われる方向へ向けた。四度目として鳴らし直さなくても、縁には細かな響きが残っていて、その響きが、青黒い足跡を作っていた火だけをつかむ。
墓喰らいの体から、その火が抜けた。今度は誰かの安堵が胸へ届くこともなく、ただ、道を歩く足の感覚だけが消えていく。
墓喰らいの腕が灰の中から伸び、黒い糸がセラへ向かった。ガランさんが片手剣で切り、父さんがセラを柵の内側へ引く。
「今のうちに下がるぞ! 奴の態勢が崩れた!」
柱の下で、崩れた黒い体が形を失った。黒い灰が地面の割れ目へ吸い込まれ、腕も、顔に埋まっていた青い火も、まとめて地下へ消えていく。
ダリオさんが矢を一本だけ放つ。倒すためではなく、灰が入ろうとした割れ目へ矢じりを差し込んで、流れを二つに分けるためだ。一か所へまとまって戻れなければ、体を組み直すのに時間がかかるかもしれない。
最後の一筋が消えると、あとには黒い粉と金属片だけが残り、誰も動かなかった。
セラは鐘を構えたまま、ガランさんは大盾を下げずに割れ目を見ている。枯れ草が鳴るほかに、音はない。
「戻ってこないな」
しばらく待ってから、ガランさんが言った。
「今日は引いたと見る。倒したわけじゃない」
父さんとガランさんが、灯籠を石台の中央へ戻した。
「また来るのかな」
「分からん」
ガランさんは柵の外を見たまま答えた。
「あれがどうやって体を保っているのか、こっちは何も知らん。次の見当もつかない。ただ、ここで待っても出てくる時刻は選べん。境の火を据え直して、村に戻り対策を立てる」
北の柵には村の男が二人残り、木戸の内側から古戦場側を見張る。僕たちは火のついた灯籠を背にして、墓道を村へ下がった。矢の木部は黒く染まってすぐ折れたので、墓喰らいの灰へ触れた道具は、そのまま村へ持ち込まず石の箱へ入れる。
墓喰らいは消えていないが、まねた《三歩の道》は失った。僕は自分の左足を確かめる。三歩だけ。痛みはない。
「なぜ、墓喰らいは新しい道を出せなかったのでしょう」
セラが息を整えながら尋ねた。
「墓喰らいは、安全な場所をまねた。でも、場所が変わる理由を考えなかった」
名もなき斥候の技は、三歩先の正解を教える力ではない。誰をどこへ導くのか、使う僕が考え続けなければならない力だ。
墓喰らいには、まだそれが分からない。




