第二十四話 もう一度、北の灯籠へ
五日目の午後、父さん、ダリオさん、セラ、ガランさん、僕の五人で北の墓地へ戻った。朝に見つけた黒い糸を追うためではなく、古戦場側へ倒れたままの灯籠を、村側から縄で回収するためだ。
ダリオさんが加わったのは、朝の測定板より灯籠がずっと重いからで、父さん一人を古戦場側へ出さず、五人全員が柵の近くで役目を終えられる手順にしてある。
境の灯りが消えてから、四日が過ぎていた。
その間に、白喰いは昼でも境まで来て、測定板は北へ引かれ、黒い糸が土から現れた。灯籠が守りだという言い伝えを証拠として並べられるわけではないが、火が消えてから悪いことばかりが続いている。
村では日が落ちる前に戸を閉める家が増え、境の火を戻せるかどうかは、村の人が夜をどう過ごすかに直につながっていた。
北の灯籠は、最初に見た時と同じ向きで倒れていた。丸い金属のふたは泥に半分埋まり、取っ手の片側が枯れ草へ沈んでいる。石台へ置いてあっただけだから、引かれればそのまま転がるのだ。前と違うのは、その取っ手に黒い糸が巻きついていることだった。
「カイ、お前には糸以外に何が見える」
父さんに見えているのは黒い糸までで、その中を流れる青い火は僕にしか見えない。だから、糸以外に見えるものがないのかと聞いているのだろう。
「それ以外に、糸の中を小さな青い火が流れてる」
「私の鐘にも反応があります」
セラが銀の鐘を胸の前へ持ち上げる。ガランさんは柵の内側で二本の縄を確かめていた。一本は父さんの腰へ、もう一本は灯籠へかけるための輪になっている。
「灯籠の取っ手へ鉤棒をかけ、縄を通す」
父さんが手順を繰り返す。
「糸が動いたら、俺は手を離す。ガランが縄を引く」
「糸を追って穴へ入るなよ」
ガランさんが僕を見る。
「今日は取り返すだけだ。正体を見ても追わない」
「そうだ」
僕は柵から三歩下がった位置にいて、足元には白い石で半円が描かれている。糸がそこまで来たら、灯籠を残してでも全員が墓道へ下がるという印だ。
「灯籠を取れなくても失敗ではない」
父さんが僕だけでなく、全員へ言った。
「糸の力と向きが分かれば、次の準備ができる。誰かが線を越えたら終わりだ」
道具を取り戻すために人を失わない。その決まりを先に声にしてある。《三歩の道》を使う予定はなく、父さんが危なくなった時だけ、全員の退路を見ることになっていた。
父さんが腰の縄をダリオさんへ預け、鉤棒を柵の隙間から伸ばして、先端を灯籠の取っ手へ触れさせた。
黒い糸が動いた。何本もの細い糸が一つにより合わさり、灯籠の取っ手を締めつけていく。
「引かれる!」
父さんが鉤棒を取っ手へかける。灯籠は古戦場の奥へ動き、以前の溝の上をなぞりながら泥を削っていった。
糸の向こうには誰もいない。人の腕も白喰いの脚も見えないのに、重い灯籠が地面を滑っていく。
「縄をかける!」
ガランさんが投げた輪が灯籠の胴へ落ち、父さんが鉤棒で位置を直して、取っ手と胴の両方へ縄を回した。
「引け!」
ガランさんとダリオさんが縄を引き、黒い糸と人間の縄が灯籠を反対へ引き合う。灯籠は一度止まって泥の上で震え、金属のふたが石へ当たって鈍い音を鳴らした。
古戦場の奥に白喰いの気配はない。村の教えでは昼の間は奥から出てこないはずだが、その決まりはもう何度も破られている。今は気配がないというだけで、安全だとは決められなかった。
代わりに、糸の中の青い火が音へ集まった。耳で聞いているのではなく、灯籠に残った細かな記憶を、引く力へ足しているように見える。
父さんも鉤棒を引き、三人の靴が土へ沈んだ。黒い糸は細いのに、太い縄より強い。
「カイ、糸の根元はどこだ!」
根元まで続く青い火をたどれるのは僕だけだから、目で追って割れ目の先を探す。糸は地面の上をまっすぐ進んでおらず、途中でいくつもの割れ目へ分かれて、土の下から同じ方向へ伸びていた。
青い火だけが、糸の中を流れている。灯籠から穴へ向かうものだけでなく、穴から糸の先へ戻るものもあった。何かが遠くから力を送り、灯籠へ触れた記憶を引き返しているのだ。
「根元は土の下だ! 一本切っても、別の割れ目から来る!」
僕が叫ぶと、ガランさんが短剣を抜いた。
「なら全部は切らん。灯籠へ巻いたところだけ切る」
土の下を通る糸はガランさんにも見えず、青い火の流れを追えるのは僕だけだ。声で伝えた場所へ、ガランさんが刃を入れていく。
「倒れた柱の向こう! 地面の穴へ集まってる!」
セラが銀の鐘を穴の方へ向ける。
「あそこに大きな残火の塊があります」
「送れるか?」
「遠すぎます。近づけば――」
「近づかない」
ガランさんが言い切った。
「灯籠を先に取る」
ガランさんは大盾を地面へ立てて縄を持ち手へ巻きつけ、自分の体だけで引かずに、盾の下端を石へ当てて支えにした。
「ダリオ、縄を一度緩めろ」
ダリオさんが力を抜くと、黒い糸が灯籠を奥へ引いた。少し動いた瞬間にガランさんが盾を横へ倒し、持ち手へ巻いた縄が一気に柵側へ引かれて、灯籠が泥から抜ける。
「今だ!」
三人が縄と鉤棒を引く。灯籠の底が柵の隙間へ入って黒い糸が何本も切れ、その端から青い火がこぼれた。
灯籠は柵の下を通り、村側の石台へ転がった。
「取った!」
父さんがすぐに灯籠を持ち上げ、柵から離す。
その時、倒れた石柱の向こうで土が盛り上がり、黒い灰が地面の割れ目からあふれ出した。最初は人の手に見えたが、指が長すぎる。
腕が二本、三本と土から出てくる。どれも関節の位置が違い、引きちぎれた黒い布のように揺れていた。最後に頭らしい丸い影が持ち上がったが、そこには目も口もなく、顔の中央に消えかけた青い火がいくつも埋まっている。
「下がれ!」
ガランさんの声で全員が柵から距離を取る。黒い人影は穴から半身だけを出したまま、切れた糸を集めていた。
一つの腕が伸び、指先が取り戻した灯籠へ向いた。あれは灯籠を取り返しに来ている。けれど火の消えた灯籠はただの重い入れ物で、火を入れなければ効果はない。
ガランさんが大盾を柵と石台の間へ立て、ダリオさんが矢をつがえ、セラは銀の鐘を胸の前へ戻した。
「ヨルン、火を頼む。ここから先へは通さん」
父さんが火打ち石を取り出し、灯籠のふたを開けて、濡れた古い芯を持ってきた新しい芯へ替える。ふたの内側には黒い粉が薄く残っていたが、今は落としている時間がない。
油を注ぎ、父さんは火打ち石を構えたまま手を止めた。
「まだだ。芯の先まで油が回るのを待つ」
黒い腕が近づいていても、父さんは芯から目を離さない。芯の先が油を吸って色を変え、そこでようやく火花が落ちて、小さな黄色い火がともった。
父さんは火が安定するまで手で風を遮った。急いでふたを閉じれば、空気が足りずにまた消えるからだ。黄色が細く伸びて、ふたの空気穴からまっすぐ見えるようになってから、ようやく金具を閉じる。
黒い腕が止まった。
灯籠の火は青い残火を消すわけではないが、糸の中の残火が乱れて、黒い腕が少し縮んだ。
「境の灯りを嫌がってる」
僕が言うと、父さんは灯籠を石台の中央へ置き直した。
「だから最初に、これを引いたのか」
黒い人影が、穴の中からゆっくり立ち上がる。
灯籠は取り戻した。だが、それを引いたものは、もう地面の下に隠れてはいなかった。




