第十六話 見張り塔の六人
二体の白喰いを避け、僕たちは見張り塔の東壁へ身を寄せた。
北側の正面口にはもう一体の白喰いがいるから、まだ安心はできない。それでも六人が待つ塔まで、ようやくたどり着いた。胸の奥で張りつめていたものが、ほんの少しだけほどける。
僕たちが身を寄せている東側には、一階へ通じる小さな木の戸があった。人が一人ずつ通れる、正面口とは別の脇口で、古い掛け金は壊れていて外からも開けられる。
ガランさんが取っ手を握り、きしませないよう少しずつ開くと、人が横向きに通れる隙間ができた。僕たちは一人ずつ中へ入る。
塔の一階は暗く、床に細かな石が散っていた。中央の階段は途中からなくなって、折れた板と石が斜めに重なっている。
頭上で、布のこすれるかすかな音がした。崩れた階段の上から男が一人顔をのぞかせ、ガランさんを見つけると、驚いたように目を見開く。
ガランさんが口元へ指を立て、それから自分と僕たち四人を順に指すと、男は声を出さずにうなずいて、二階の奥へ手で合図を送った。
父さんが持ってきた縄の端を上へ放ると、男は石へ当たる前につかんで、残っている手すりへ結びつけた。僕たちは縄を支えにして、崩れた階段の残った足場を一人ずつ登る。僕の番には父さんが下から腰を支えてくれたので、傷めた肩へ強い力をかけずに二階まで上がれた。
二階には、男を含めて六人がいた。
窓は上着を裂いた布と板で半分ふさがれ、床には荷物をほどいた革ひもや空になった食料袋が、整えて置かれている。助けを待つ間、六人はただ震えていたわけではない。窓をふさぎ、水を分け、使えそうな物を残していた。それでも空気には、長く閉じ込められた人の汗と湿った石の匂いがこもっていて、助けが来たと分かっても、すぐ笑える者はいなかった。
最初に駆け寄ってきたのは、十歳くらいの女の子だった。
「本当に村があったのね!」
女の子は弾んだ小声で言った。茶色い髪を肩の上で切り、留めひもの切れた片方の靴を布で固定している。
「リナ」
母親らしい女の人が、小さな声で呼び止めた。
「大きな声を出さないの」
「ごめんなさい」
リナと呼ばれた女の子は両手で口を押さえたが、目だけは僕たちを見ている。それからは誰も声を張らず、話す時は相手のそばまで寄って、塔の外へ届かないよう声を抑えた。
行商人のマルクと妻のユナ、その娘リナ。馬車を動かしていた御者のボル。薬箱を抱えた薬師のテオ。そして、壁際に寝かされている案内人ユハンさん。
一度に六人の名を覚えきれるか不安になって、僕は《灯名帳》の余白へ名前と役目だけを先に書いた。助けに来た六人とひとまとめにせず、一人ずつ名前で覚えておきたかったからだ。確かに六人いる。
「村まで、どれくらい?」
リナが僕へ尋ねた。
「村までは、それほど遠くないよ。でも今日は、みんなで何度も立ち止まりながら進むことになる」
「白いのは、まだ下にいる?」
いないとは言えなかった。
「いる。だから、一人で走らないで。怖くても、前の人についていけば帰れるよ」
リナは僕の腰にある《灯名帳》へ目を向けた。
「その本に、帰り道が書いてあるの?」
「帰り道は書いてないよ。ここには、出る時の五人と、塔で待っていた六人の数が書いてある。十一人で帰ったって、書き足すために持ってきたんだ」
「じゃあ、書けるように帰らないとね」
十歳の言葉に、僕はうなずいた。
ガランさんが、壁際に寝かされている男のそばへしゃがみ、浅く上下する胸元へ目を向けた。
「彼は案内人のユハンだ」
ユハンさんは三十歳くらいの男で、畳んだ外套を肩から背中の下へ入れ、上半身を少し起こして寝かされていた。顔色は悪く息も浅いが、意識ははっきりしている。
「戻ってきたのか。あんた一人でも抜けられたのに」
「護衛が客を置いて帰れるか」
「元騎士は、もっと頭が固いと思ってた」
ユハンさんは笑う代わりに息を詰まらせ、胸元を押さえた。
「無駄話をするな。呼吸を乱す」
ガランさんはユハンさんの呼吸を目で確かめてから、薬師のテオさんへ状態を尋ねた。
「体当たりで、やはりあばら骨が何本か折れています。今は息ができていますが、強く揺らせば折れた骨が肺を傷つけるおそれがあります」
「背負うのは無理だな」
「胸を圧迫します。上半身を少し起こしたまま、体を曲げたりひねったりせずに運んでください。息が急に浅くなる、血を吐く、意識が薄れる。どれか一つでもあれば、すぐ止めます」
父さんが窓際に置かれた水がめを見ると、底に指二本分ほどしか残っていなかった。
「ガランの話より少ないな」
マルクさんが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「夜中に白喰いが正面口へ何度も体当たりして、その揺れで石台に置いていた水がめが落ちました。割れはしませんでしたが、ひびから、ほとんどが流れてしまって。残った水を子どもとけが人へ回していたんです」
塔の壁は持ちこたえたが、二階まで大きく揺れたらしい。
「謝ることじゃない。足りるように持ってきた」
父さんが水筒を渡しても、すぐに飲もうとする者はいなかった。テオさんが少しずつ器へ分け、まずユハンさんとリナへ渡す。
テオさんはユハンさんの肩を支えて、胸が縮まらない角度まで少しだけ起こした。一口飲ませるたびに器を離し、呼吸が整ってから次を与える。
「一度に飲みすぎないでください。のどが渇いている時ほど、少しずつ」
テオさんは自分の唇も乾いているのに、全員の顔色を見てから最後に器を取った。その間にガランさんは、父さんたちが運んできた水筒の数を確かめている。
「帰りの途中で多少休めるだけの水はある。休むたびに全員の顔色を確かめる。ユハンは息の深さもだ。必要な者から少しずつ飲もう」
ガランさんの決め方に、マルクさんが真剣な顔でうなずく。リナは自分の器を半分飲んで、残りをユナさんへ差し出した。
「お母さんも」
「私はあとでいいわ」
「だめ。お母さんが帰る途中で具合が悪くなったら困るから、今飲んで」
その言葉に、誰も反対できなかった。
「どうやって下ろしますか?」
セラが崩れた階段を見る。
「一人ずつ縄で下ろす」
ガランさんは塔の中央に残った太い柱へ両手を当て、体重をかけても揺れないことを確かめた。
「この柱へ縄を二重に回す。ユハンは、布と棒の担架から大盾へ移す。盾なら四方へ縄を固定でき、体を曲げずに下ろせる。上半身を少し起こし、胸を締めつけず、揺らさずに下ろす」
「その大盾を担架にするのか」
ダリオさんが尋ねる。
「そのために持ってきた」
ガランさんは答えた。大盾の裏には腕を通す革帯のほかに何本もの細いひもが結ばれていて、戦うだけでなく、人や荷物を運ぶためにも使えるよう作られている。
窓の外で硬い音がした。白喰いが、塔の北側にある正面口へ頭をぶつけている。
一度。二度。
天井から白い粉が落ちた。
「壁は持つ?」
僕が尋ねると、ユハンさんが首を横へ振った。
「昨日までは。ただ今朝から、あいつは同じ場所を削り始めた」
一階から石の転がる音が聞こえた。白喰いの爪が、正面口の戸まで届いたのだ。
ガランさんが全員を手の届くほど近くへ集め、声を落とした。
「ここからは、下りた者から東壁の陰へ集まれ。勝手に走るな。人数を確かめる時や、姿の見えない相手を呼ぶ時は番号を使う。古戦場で聞こえる名前に、間違って返事をしないためだ」
「番号?」
リナが尋ねた。
「古戦場では、誰もいない方から名前を呼ぶ声がしても、返事をしちゃいけないんだ。だから村へ帰るまで、姿の見えない人を呼ぶ時は、ガランさんが決める番号を使う」
「分かった」
「今から、一人ずつ番号を決める。俺が一だ」
ガランさんが一人ずつ指して、番号を割り振っていく。ガランさんが一、父さんが二、ダリオさんが三、ボルさんが四、僕が五。続いてマルクさんが六、リナが七、ユナさんが八、テオさんが九。大盾で運ぶユハンさんが十で、最後尾のセラが十一だ。
番号は並ぶ場所を表すものではなく、途中で立つ位置が変わっても、同じ番号へ返事をすれば一人ずつ確かめられる。全員で、声を抑えたまま番号を二度確かめた。
「五」
「僕だ」
自分で返事をすると、不思議な感じがした。名前を捨てるのではなく、名前を守ったまま、この場所だけで使う短い合図へ変えるのだ。
「これからは番号が呼ばれたら、自分の番号にだけ返事をしろ。立つ場所が変わっても、自分の番号は変えるな」
ルカ村の子どもなら知っている決まりを、六人は初めて聞いたことになる。リナが自分の番号を確かめるように、小さく「七」とつぶやいた。
「忘れない」
「それから、僕が七って呼んでも、僕の方へ走らなくていい。いるって返すだけ」
「お兄ちゃんの声に聞こえても?」
「姿が見えないなら、名前を呼ぶ声には返事をしないで。僕が七って呼んだ時だけ、『いる』って返して」
リナがユナさんの手を握り直したところで、塔がまた揺れた。
人数は十一人。あとは一人も欠けずに、村まで戻らなければならない。




