第十四話 五人で出る朝
四日目の朝は、まだ星が残っているうちに始まった。
「左足は?」
母さんに聞かれ、僕は椅子へ座ったまま膝を上げ、足首を曲げ伸ばしした。
「今は痛くない。歩く分には平気」
椅子から立って台所を二歩だけ往復すると、左足は普段どおり床を踏めた。母さんはその動きを見てから、白喰いにつけられた背中の傷を確かめる。傷は赤い線になっているが、もう血は出ていない。
「肩は?」
「腕を上げなければ平気。でも、荷物を背負うと少し痛い」
「じゃあ、カイの荷物はこれだけね」
母さんが机へ置いたのは水筒と包み一つで、中には固いパンと干した果物が入っている。その横には、《灯名帳》が油紙に包まれて置かれていた。
「続きは、帰ってから書くのでしょう?」
「うん」
油紙の結び目を確かめて、《灯名帳》を腰袋へ入れる。母さんは置いていけとは言わず、雨や泥から守れるよう包んでくれていた。続きを書くには、まず僕自身が帰らなければならない。
「朝ごはんを食べて。残りは出発する人たちにも持たせます」
母さんは僕の分とは別に、同じ包みを四つ並べていた。それぞれ一本から四本の糸が結ばれていて、自分の分を取り違えないようにしてある。
「塔にいる人たちの分も用意してあるわ。水と、パンと、干した果物。荷物が一人に偏らないよう、父さんたちへ分けて渡してあります」
白喰いから逃がしても、塔を出たあとに飲む水や、村へ着いてから眠る場所がなければ助けたことにはならない。僕が青い足跡ばかり考えている間に、母さんたちは十一人を受け入れる準備を進めていたのだ。
母さんが立ち上がった時、戸が二度たたかれた。父さんかと思ったが、入ってきたのはノアで、眠そうな目をこすりながら、両手で丸めた細いひもを持っている。
「カイ兄、これ」
「何のひも?」
「音を出すやつ。父さんが作ってたから、僕も作った」
ひもには小さな木片が三つ結ばれていて、引けばぶつかって音が鳴る。ガランさんが古戦場で使っていた、骨と小石の音具と同じ仕組みだ。木片の音は軽いが、近くにいる白喰いの向きを変える役には立つかもしれない。
「ありがとう。使う場所は、ガランさんにも相談する。大事に使うよ」
ノアの手からひもを受け取って木片が外れないことを確かめると、眠そうだった目が少しだけ輝いた。
「十一人で帰ってくる?」
「帰ってくる」
「十人じゃだめだよ」
「うん。一人も減らさない」
ノアの前で、もう一度約束する。
(十一人。数え間違えない)
ノアはうなずいたが、戸口から動かなかった。
「僕も行けたら、音を鳴らす役ができるのに」
「今日は、村で待つ役を頼みたい」
「待つだけ?」
「北の柵へ戻ったら、村へ入る人数を数えて。十一人そろったか、大人に伝えてほしい」
「十人だったら?」
「その時も、数えた人数をすぐ言って。門を閉めるか捜すかは、父さんたちが決める」
ただ置いていかれるより、任せられた役目が欲しかったのだろう。ノアは両手を握り、僕の顔を見上げた。
「分かった。十一まで何回でも数える」
今度は足取りを軽くして、戸口から離れていった。
◇
村の北では、旅人の護衛をしてきたガランさんが、出発する五人の荷物を並べていた。父さんは鉤棒と縄、ダリオさんは弓と短い棒、セラは短槍と銀の鐘。ガランさんは大盾と片手剣のほか、足場を調べたり縄を切ったりする短剣、縄、それに穴を開けた骨と小石の音具を持っている。
僕の荷物が一番少ない。
僕が役に立てるのは、背負った荷ではなく、胸の奥にある火の方だからだ。
昨夜、眠る前に灯す火を選んだ。《一灯》の決まりどおり、今日使える火は一つだけだ。
門番の盾は正面を十まで止められるが、その間は動けない。今日は五人で塔まで進み、十一人で帰る道を探すのだから、守って立ち止まる力より、進む先が見える力の方が必要だと思った。
朝、胸の奥で応えたのは斥候の火だった。選んだとおりだ。僕は列の後ろ寄りで前後の声をつなぎ、普通の方法で進めない場所だけ《三歩の道》を見ることになる。
ガランさんは先頭で足場を選び、白喰いを見つけたら全体を止める。父さんは縄と鉤棒で人や障害物を動かし、弓を持つダリオさんが列の後方を守って、最後尾のセラが残火と白喰いを見張る。矢を射るのは最後の手段だ。
「誰かが役目を果たせなくなったら、どうするんですか?」
尋ねると、ガランさんは僕の方へ顔を向けた。
「その話し方はやめろ。戦場では、やり取りは短いほどいい。聞く方も答える方も、言葉を削れ」
「え?」
「俺に丁寧に話す必要はない。言い終わるのを待ってくれる相手ばかりじゃないからな」
昨日、初めて会ったばかりの大人だ。少し迷ったけれど、ガランさんの顔は冗談を言っている顔ではなかった。
「……分かった。誰かが役目を果たせなくなったら?」
「それでいい」
ガランさんは短くうなずいてから、五人を順に見た。
戦う時は短く。そう決めても、落ち着いて話す時まで直せるかは、あまり自信がなかった。大人と話す時の言葉は、十二年かけて口に染みついている。
「止まって組み直す。決めた並びを守るために、けが人を置いていくような真似はせん」
役目と並びは、五人全員で塔へ着くために決めたものだ。誰かを置いていくくらいなら、途中で変えればいい。
僕は腰袋から、ノアの作ったひもを取り出した。
「ガランさん、これも見て。ノアが白喰いの注意をそらすために作ってくれたんだ。使えそう?」
ガランさんはひもを受け取り、三つの木片を指で鳴らした。
「音が軽い。遠くまでは届かんが、近くの白喰いの向きを一度変えるには使えるだろう」
「本当?」
「作った者へ、帰ったら礼を言っておけ。それと、これは俺が持つ」
ガランさんは大盾の裏へひもを結んだ。
「危ない場所では、お前がすぐ動けるかどうかが全員の道を決めるかもしれん。できるだけ身軽にしておけ」
セラの灰色の外套は、裂けた場所が白い糸で縫われていた。母さんが昨夜のうちに直したらしい。
「カイ、今日使えるのはどちらだ」
ガランさんが尋ねた。
「《三歩の道》。盾は使えない」
「途中で変えることはできないんだな?」
「うん。次に眠って選ぶまでは、このまま」
「なら、今日は盾がないものとして考える。石と草を見て、それでも進めない場所だけお前の道を頼る」
ガランさんは、並んでいる五人を見回した。
「使う前は、全員へ声をかけろ」
「分かった」
「塔の六人は力のことを知らん。帰りは特にはっきり伝えろ」
救出した後の人数まで考えた指示だった。父さんが僕の顔を見る。
「道が見えても、全部を一人で何とかしようとするな。俺たちもいる」
「うん。危なくなる前に頼るよ」
「それでいい」
東の空が白み始め、オルバン村長が北の柵を開けた。
「戻る合図が聞こえるまで、北の見張りはワシが受け持つ。村の方を振り返らず、塔の六人を助けてこい」
送り出すだけの言葉ではない。オルバン村長の腰には、見張りが使う木槌と短い警笛が下がっていた。
境界の向こうでは、青い残火がいくつも古戦場の北へ流れていた。
まだ日は昇っていない。火が見えること自体は不思議ではないのに、その流れ方は風よりもそろっている。
「昨日より速い」
僕が言うと、セラが銀の鐘を耳へ近づけた。
「北から引く力も強くなっています」
ガランさんは残火の話へすぐ答えず、古戦場の地面を見た。
「帰りに調べる。今は塔の六人が先だ」
僕たちは一列になった。先頭はガランさん、その後ろに父さん、ダリオさん、僕と続いて、最後尾はセラだ。
出る時は、五人。帰る時は、十一人。
胸の中で数えてから、古戦場へ一歩踏み出した。




