↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名もなき英雄の残火 ~死者の技を継ぐたび、少年は強くなる~  作者: 冬月樹
第一部 青い火の古戦場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/77

第十一話 残火を消す者

本日1話目です。

「残火を、その子から離してください」


 柵を挟んだ向こう側から、短槍を下ろさないまま、見習い灯葬士のセラが言った。父さんは僕の前から動かない。


「離せるなら、とっくにそうしている」


「私が送ります」


 セラは銀の鐘を胸の高さへ上げた。


「《送火(そうか)》は、残った記憶を静め、死者の火をあるべき場所へ返すための技です」


「返したら、カイはどうなる」


「……私は、生きている人の中にある残火へ使ったことがありません。院には送った記録があります。でも、あなたのように自分の言葉で話せる人へ使った記録は、私は知りません。だから、分かりません」


 父さんの声が低くなる。


「分からないことを、息子に試すのか」


「ですが、残火を二つも入れたままにする方が危険です。死者の願いが生きた人の心を押しのければ、元には戻せません」


 セラの言葉は脅しには聞こえず、銀の鐘を握る指にも迷いがなかった。


「二つとも、僕が無理に入れたわけじゃない」


 父さんの横から、僕は言った。


「最初は白喰いに追われて、ほかに道がなかった。二つ目は、父さんと母さんへ話してから触れた」


「死者は、そうやって理由を作らせます」


「あの人たちは、僕に何かをしろとは言ってない」


「では、なぜ二つとも、あなたの中で燃え続けているんですか」


 すぐには答えられなかった。


(それは、僕の方が知りたい)


 二つの火は、今も胸の奥で静かに燃えている。けれど、なぜ消えずに残っているのかは、僕にも分からなかった。


「話す場所を変えよう」


 父さんが言った。


「お前を村へ入れる。ただし鐘は鳴らすな。槍は俺が預かる」


「残火を持つ子の近くで、武器を手放せと?」


「武器を手放さないなら、村へは入れん。話はここまでだ」


 二人はしばらく見つめ合い、先に槍を差し出したのはセラだった。


「鐘は渡せません。灯葬士の身分を示す道具でもあります」


「……分かった。腰へつけておけ」


 父さんは短槍を受け取ると、村の男たちへ柵を開けさせた。


          ◇


 ルカ村をまとめるオルバン村長の家には、母さんも呼ばれた。


 僕と両親、オルバン村長、セラが同じ机を囲み、セラの短槍は父さんの手が届く壁へ立てかけられている。


「冠灯院の規則も、村を守ろうとしていることも分かる」


 オルバン村長が最初に言った。


「だが、ここで起きたことはカイ本人が一番多く知っている。まず最後まで聞こう。結論は、そのあとでワシが責任を持って出す」


 母さんはセラをまっすぐ見た。


「分からないことは、カイに尋ねて。危険だと思うことも、理由を一つずつ聞かせてちょうだい」


 セラはすぐには答えなかったが、やがて椅子へ座り直した。


 僕は《灯名帳》を机へ置き、最初の残火に触れた時から順に説明した。


 斥候の最期から《三歩の道》を受け継ぎ、続けて使えば左足へ死者の痛みが流れ込む。門番からは《退かぬ盾》を受け継いだが、二つを同時には使えない。今のところ確かだと言えるのは、一度に灯せる火が一つだけだということくらいだった。書いてある順に話しているのに、口に出すと、分かっていないことの方がずっと多く聞こえた。


 セラは途中で何度も質問を挟んだ。


「斥候は、左足のどこを傷めていたんですか?」


「足全体が動かなかった。どこをどう傷めたのかまでは、分からない」


「盾を出した時、門番の声が命令しましたか?」


「命令はされてない。最初に勝手に出た時も、僕が消えてと言ったら消えた」


「地下道では消えなかったのでしょう」


「十を数える途中で消せなかった。能力の制限かもしれない。でも、誰かを攻撃しろとか、残れとは思わなかった」


 セラは帳面の文字と僕の顔を交互に見た。


「自分の記憶と、残火の記憶を分けて書いているんですね」


「混ざったら困るから」


「藤代明人という人は?」


 その名前が出ると、父さんと母さんが少し身を固くした。


 それでも僕は、藤代明人について思い出したことを隠さなかった。二十八歳だったこと。郷土資料館で古い手紙を記録していたこと。大雨の日に、避難口を指して人を逃がしていたこと。その先は、まだ思い出せないこと。


「その記憶も、残火ではないと言い切れますか」


「言い切れる」


 僕は答えた。


「斥候と門番の記憶は、知らない人の最期を外から受け取る。痛みや冷たさまで残るけど、藤代明人は、忘れていた自分の過去を思い出す感じだ」


「普通の魔術なら、術者自身の魔力を、覚えた術式に沿って動かします」


 セラは机に置いた銀の鐘へ指を添えた。


「この鐘は《送火》を安定させる媒介です。けれど、あなたは術式を学ばず、死者の火から完成した技を出している。残火が魔力の道そのものを持ち込んだとしか考えられません」


「だから危険なの?」


「だから、普通の魔術と同じ安全の確かめ方ができないんです」


 セラが続けた。


「斥候と門番は別の人だと分かるのに、藤代明人だけは自分だと感じている。その違いも、私には説明できません」


「説明できなくても、僕がカイなのは変わらない」


 セラの指が、机の上の銀の鐘の縁で止まった。その指に力が入ったのを見ても、母さんは口を挟まず、次の言葉を待っている。


「冠灯院に残された過去の事例と違うからといって、安全だとは言い切れません」


 セラは言った。


「その記録では、残火に取りつかれた人は、自分と死者を分けて話せなくなっていました。少なくとも、今のあなたはその状態ではありません」


「それなら、今すぐ送ると決めるのは、やめてくれる?」


「判断を延ばすだけです」


 母さんの問いに、セラはきっぱり答えた。


「冠灯院へ報告すれば、残火は送るよう命じられます。それが規則です」


「送れば、あの人たちの痛みも、願いも、全部消えるの?」


 僕が尋ねると、セラの視線が《灯名帳》へ落ちた。


「送れば、苦しみは残りません」


「苦しみだけじゃない。あの人たちが誰を守ろうとしたかまで、なかったことにはしたくない」


 セラは何かを言いかけてやめ、外套の襟元へ手を持っていくと、首から下げた細いひもを服の上から握った。


 ほんの一瞬だった。すぐに手を離して立ち上がる。


「昼の残火を見せてください」


          ◇


 五人で広場へ出ると、青い火は昨日より増えていた。鐘を落とした鐘楼の石柱にも、井戸の縁にも、白喰いの灰を集めた木箱の周りにも燃えている。


 太陽は雲のない空にあるのに、十を超える火が、周りを照らさないまま燃えている。


「ここ。木箱の横に三つ」


 僕が指すと、セラは銀の鐘を近づけた。セラには青い火そのものが見えないらしく、鐘を少しずつ動かしながら、音の返り方で場所を探している。


「確かに、残っています。でも、一人分の残火がまとまっている反応ではありません。白喰いの灰に残った、小さな欠片です」


「送ったら、誰かの記憶まで消えない?」


 セラはもう一度鐘を近づけ、返ってくる音を確かめた。


「記憶はもう残っていません。ここにとどまっているのは、最後の痛みだけです」


「それなら、送って。痛みを終わらせてあげて」


「分かりました」


 セラは目を閉じ、鐘を三度鳴らした。


 最初の音で、三つの青い火が細長く伸びる。


 二度目で、絡まった糸がほどけるように分かれた。


 三度目の音が消えると、青い火は空へ上がって見えなくなった。


 胸へ入ってきた記憶はなく、ただ、長く息を止めていた誰かがようやく息を吐いたように感じた。


「これが《送火》」


 僕が言うと、セラはうなずいた。


「残った痛みを静めて送り出すのが《送火》です」


 その時、銀の鐘がセラの手の中で勝手に鳴り、広場の北側で新しい青い火が一斉に現れた。


 一つ、二つではない。墓地から北の柵まで、地面の下に並んでいたものが目を覚ますように、次々と燃え始めている。


「増えた」


「いくつですか?」


「数えられない。北へずっと続いてる」


 セラは、昼の太陽を確かめるように空を見上げた。


「残火は、日が高い間は静かになります。少なくとも、私が教わった土地では」


「ルカでも同じだと思われてた。白喰いも昼は奥から出ないって」


「昨日から、その決まりが二つとも破られている」


 セラは銀の鐘を腰へ戻した。


「あなたの中の残火を送る判断は、保留します」


 父さんが表情を変えずに尋ねる。


「それは助かるが、なぜだ」


「この異変がカイの中の残火から起きているのか、古戦場全体で起きているのかを先に確かめます。先にカイの残火を送れば、本当の原因を見分ける手掛かりを失うかもしれません」


 オルバン村長は、僕が見ている北の方角へ顔を向けた。


「村も異変の確認を先にする。カイはワシらが見ておこう」


 セラは僕へ向き直った。


「保留しただけです。安全だと認めたわけではありません」


「分かってる」


「明日まで、一人で私の目の届かない場所へ行かないでください」


「分かった。僕も一人で動かない。だからセラも、一人で古戦場へ戻らないで」


 セラは何かを言い返しかけて口を閉じ、銀の鐘を握り直すと、初めて少しだけ困った顔をした。


 仲間になったわけではない。けれど、銀の鐘はもう僕へ向けられていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。