94・待っててくれて、ありがとう
「ツミキちゃん、俺ね。ほんとは⋯⋯」
大展望台から見える美しい夜景より、モクレン様の星を溶かしたような白金色の髪の方が美しい。
いや、紫の瞳も美しい。それに、ふわりと淡桃に色付く唇も美しい⋯⋯と観察していると、気付いたことがある。
モクレン様の口元には、ほくろがある。
唇の端にほくろがあるというのは、なんというか、こう、胸が締め付けられる。
「ツミキちゃん、俺さ。実はずっと、君に付け入りたいって思ってたんだ」
「付け入る? 私に? 何故です? そもそも、モクレン様はずっと、付け入るとは真逆の言動をとられていましたが」
「そだね。俺さ、色々と偉そうなこと言ったけど、でも⋯⋯本当は違う。何度も何度も『君は俺に恋してるんだよ』って言いたかった。⋯⋯だって、心が無い状態のツミキちゃんは、絶対に俺の言葉を信じて受け入れるだろうって、分かってたから」
「確かに、私はモクレン様の言葉を盲信したでしょうね」
心無き状態だったとき私に判断能力など皆無であった。
だから、あの状態でモクレン様を肯定的に思う気持ちを想『恋』だと彼に言われたら、私は無条件で『モクレン様に恋しているのだ』と鵜呑みにして納得しただろう。
でも、モクレン様はそれを良しとせず、私の心が戻り自分で判断出来るようになるのを待ってくれたのだ。
お蔭で、今の私はしっかり判断出来る。
心が、喜怒哀楽が教えてくれる。今までの経験が教えてくれる。
私は名前を頂いたあの時から、モクレン様に恋をしているのだ。
そう納得して、腑に落ちる。
なんだ、そうか、私はモクレン様に恋をしていたのか。
やたらと彼に触れたいと思ったのは、そのせいだったのだ。
答え合わせが出来てスッキリしている一方、モクレン様はまるでロマンス小説のヒロインのように赤面し、目を潤ませながら言葉を続ける。
「俺には、君の無垢さと純粋さの危うさが分かってた。だから⋯⋯ほんとはね、俺、あと一年は待とうと思ってたんだよ? でも⋯⋯後悔しそうになったから」
「後悔? ですか?」
「うん。⋯⋯だって、君は男達に超モテまくってるのに、純真無垢で気付かない。それに、ツミキちゃんは鬼強え美女だし心も強くて綺麗な子だから、悠長に待ってたら本物のスパダリヒーローが拐っちゃうかもって。⋯⋯だって、ツミキちゃんは綺麗で儚げで触れたら壊しちゃいそうなくらいに可愛くて、それで、それでっ!」
「??? 私が、鬼強え美女で心も綺麗で、儚げで、触れたら壊しちゃいそう⋯⋯? ですか??」
分からない。モクレン様は誰のことを言っているんだ?
鬼強えはわかる。美女も、モクレン様が言うのならそういうことにしておこう。
だが、心も綺麗で儚げで、触れたら壊しちゃいそう⋯⋯だと?
何? 何だ? どういう事だ? 誰のことを言っているのだ?
だが、モクレン様は混乱しているのか、顔を赤くし目をぐるぐるさせながら矢継ぎ早に支離滅裂なことを言う。
⋯⋯そんなモクレン様が、非常にぐっと来てしまうのは、恋ゆえなのか。
「モクレン様。落ち着いて聞いて下さい」
私はモクレン様の手を握る。
その手に頬擦りしながら、目をぐるぐるさせるモクレン様へ語りかけた。
「私は、触れたぐらいで壊れません。前にも申し上げた通り、私はユーフォルビア一族です。鋼の如き骨と筋肉を有しており、私の体重はプルトハデス人女性の1.5倍はあるのです。⋯⋯しかも、モクレン様の美味しい食事で、実は結構太っています」
「え? 太ったの? 全然分からなかった! 乳がでかいとは思っ、あ゙!!! いや、これは聞かなかったことにしてお願いマジでごめんなさい!!」
「⋯⋯気になりますか?」
「すごく⋯⋯ってぁあ! ごめんほんと」
モクレン様は目をぐるぐるさせ、真っ赤な顔で慌てながら「えっと、ええと⋯⋯」と言葉を探している。
あの卓越した言語能力を持つモクレン様が、こんな風に乱れてしまうとは。
もっと、そんな彼が見たい。
乱れたモクレン様が見たい!
「私は今回のデートでもお分かり頂けた通り、男性からの需要は皆無です。暴食をし大酒を飲み龍が如く暴れている間に、全員消えてましたから。⋯⋯モクレン様だけですよ。笑って傍にいてくれたのは」
「ツミキちゃん⋯⋯」
「貴方だけですよ、笑って留置所に迎えに来てくれたのは」
「こんなロマンス小説の告白シーンみたいな状況で留置所なんて聞きたくなかった!」
「⋯⋯最初から、私達にロマンスなど皆無だったのでしょう」
暴食と暴力の化身のようなヒロインのロマンスなんて、そんなん成立するのだろうか? よっぽどのスパダリが相手じゃないと成立は難しいだろう。
「モクレン様。私は貴女が思っているような素晴らしい女性ではありません」
「⋯⋯俺、君のこと美化し過ぎてた?」
「でしょうね。でも、それは貴方が誠実であろうとした証です」
モクレン様は徐々に落ち着きを取り戻す。
心地良い夜風が熱い頬を撫でた。
「モクレン様はずっと、私が自分で判断できるようになるのを待っててくださった。付け入ることも出来たのに、それをしなかった。⋯⋯⋯⋯ありがとうございます。⋯⋯本当に、ありがとう」
モクレン様は、不誠実が何かを知っているからこそ、誠実であろうと張り続けたのだろう。
チャラそうに見えて、頑固で我慢強く繊細なお方だ。
さすが、高嶺の花だ。この人は安い男じゃない。
そんな貴方だから、私は恋をしたのだ。
「待っててくれてありがとう―――モクレン」
モクレン。
あ。様を付けるのを忘れた。
訂正しようと思った瞬間には、モクレン様に抱き締められていた。
こんなに強く抱き締められたのは初めてだ。
だが、私はユーフォルビア一族のツミキ。
きつく抱き締められたくらいじゃ壊れない、頑丈な肉体をしているのだ。
寧ろ、私がモクレン様を締めないよう心掛けながら、手を背に回す。
「ツミキちゃん、もう俺待たないよ」
「ええ。どうぞ。もう待たないで良いですから」
「そう言うド直球なとこ、ほんと⋯⋯⋯⋯」
大好き。確かに、モクレン様はそう言った。
モクレン様の星を溶かしたような白金色の睫毛と、夜明けの空のような紫の瞳が綺麗。
彼の手が私の頬に添えられ、心地良いと思ったその時には、唇に柔らかい感触が触れた。
好き放題人差し指でなぞった、あの唇の柔らかさだ。
人差しで触れるより、唇で触れる方が柔らかいのだと、また新しいことを知った。
「モクレン様。不思議なんです。私は今、何故だか帰りたくないのです。勿論、レンゲ様とサラサ先輩の顔は見たいです。⋯⋯でもこのまま貴方をひとり占めしてしまいたい。帰りたくない。貴方を帰したくな――」
言葉の途中で、モクレン様の唇によって唇を塞がれた。
頬に添えられた手が温かく蕩けそう。
でも、唇は離れてしまう。もっと、もっと貴方と近付いていたいのに。
「ツミキちゃん、俺はね、最初のデートでいきなりホテルに連れ込むような安い真似はしないの。スパダリはスパダリでも新時代のスパダリですから」
「ホテルに連れ込む? 宿泊することに何の意味が⋯⋯ああ! 性行為ですか」
「⋯⋯ほんとド直球だね、ツミキちゃんってば」
性行為。
そもそも、私はモクレン様との間に世継ぎを残すためにやって来たのだ。
以前はただの繁殖行為としか思っていなかった。
だが、心を得た今。モクレン様と、そうなるのだと考え
「ぁ⋯⋯あ⋯⋯!!」
心臓が破裂しそうに鼓動する。顔が、身体が熱くて仕方無い。
だって、性行為になれば、私は⋯⋯私は!
⋯⋯モクレン様に好き放題触れられるじゃないか!!!!!!
私の頭の中で、ベッドに座って恥じらうモクレン様の衣服を脱がす想像が広がる。
しかも、唇の端にあるほくろや学生時代に空けたピアスの跡が残る耳に好きなだけ触れるのか!
なんて素晴らしいんだ!! いや、触れるだけじゃない!! それ以外にも心が望むままにモクレン様と近付けるじゃないか!!!! 最高だ!!
呼吸が荒くなり、うまく息が吸えず「わ、私は⋯⋯その⋯⋯」と言葉が出なくなる。手や肩が震えて奥歯がガチガチとなる。
すると、モクレン様は何を勘違いしたのか
「怖がらせちゃってごめんね。大丈夫。ツミキちゃんが嫌なことは俺もしたくないから。だから、今日はもう帰ろっか」
と優しく微笑み私の頭を撫でてくれた。
そして、その帰り道の馬車の中。
モクレン様は私の隣に座っているが、「怖がらせてごめんね。大丈夫だよ」と優しい声で言いながら、私の頭を撫でてくれる。
一方、私の頭の中では、衣服が良い感じに乱れて蕩けた目をしたモクレン様が『俺は高嶺の花だけどさ⋯⋯ツミキちゃんになら、手折られても良いよ♡』と甘いことを話すから、手や肩が震えて呼吸が荒くなる。
今の状態でモクレン様の顔を見たら、心の暴走に負けて何をするか分からない。
この感情はなんなのだ。恋か? それとも愛か?
喜怒哀楽以外にも、色んな感情があると知る。
◇◇◇
「早いお帰りだね。まだ夜の九時じゃん。どしたのモクレン氏、デート失敗したの?」
「⋯⋯俺は両想いになれたとは言え、初回のデートでホテルに連れ込む安い真似はしないんだよ。レンゲくんと違ってね」
俺とツミキちゃんはデートから屋敷に帰宅した。
そして、彼女には『今日はもう疲れたでしょ? 風呂入って休みな』と声をかけた一方、食堂のソファーで寝てるサラサを起こして、歯磨きさせてから寝室に運んだので少し疲れた。
その後、食堂の一人用のソファーに座わってぼーっとしていると、長いソファーに寝っ転がってアイパッドで落書きをしているレンゲくんからそう言われ、皮肉を交えてそう返したのだ。
でも、堪えきれずに不安な本心をこぼしてしまう。
「⋯⋯でも、デートは失敗したかも。⋯⋯初回のデートでホテルに連れ込む安い真似はしないって生々しいこと言ったから、ツミキちゃんのこと怖がらせちゃったみたい」
「え、ツミキ氏が? なんで?」
「だって、俺の顔見て真っ赤になった後、下向いて肩と手を震わせて奥歯をガチガチ言わせながら『手折りたい⋯⋯』とかなんとか言っててさ。⋯⋯怖いってことでしょ、これ」
「モクレン氏ってさあ、変なとこ鈍感だよねー」
「そうだよな⋯⋯。だってさ、ツミキちゃんは心を得たばかりだってのに、俺、無神経なこと言って怯えさせ」
「いや違う、そうじゃない。そうじゃないよモクレン氏」
ソファーの上で膝を抱え、
「嫌われたくない」
と震えた声を出す。
「レンゲくん。俺さ、誰かに嫌われたくないって思うの、初めてなんだよ。⋯⋯だって、人に好かれるのは得意だし、好かれて当たり前みたいな人生だったから」
「うん、そうだね。わかるよ。でもツミキ氏は怯えてるんじゃなくてその逆」
「ツミキちゃんに嫌われたくない。ずっと、ツミキちゃんにとってカッコいいスパダリのモクレン様でいたいから。⋯⋯でも、我慢はもうしたくない。困ったもんだ、ほんと」
「困ってんのはこっち。人の話聞いてよ」
レンゲくんの話を上の空にしながら、俺はツミキちゃんのことを考えながら、ため息を付いた。
◇◇◇
その後、風呂に入って歯を磨いて少しだけ明日の朝食の下準備をした後、さて寝るか〜と寝室に戻ると。そこには。
「モクレン様⋯⋯私は、雑談しに⋯⋯いや、ただ雑談するだけなので⋯⋯雑談するだけ、雑談するだけです」
白いナイトドレスを着たツミキちゃんが、俺のベッドに座って、手をガタガタと震わせながら顔を真赤にし、息を荒くしていたのだった。
可哀想に、怯えているのだろう。
「ごめんねツミキちゃん、変なこと言って。でも安心して、俺はスパダリだから、君の嫌がることはしな――っ!?」
ツミキちゃんに近付き、ゆっくりと雑談してから彼女を部屋に返そうと近付いたら。
凄まじい力で腕を引かれ、あっという間にベッドに押し倒され、え? は?
なんで俺、ツミキちゃんにベッドに押し倒されてんの?
めちゃめちゃ幸せだけど、でも、一体どうしたのツミキちゃん!?
「雑談するだけ⋯⋯雑談するだけですから⋯⋯」
「ど、どしたん? 話聞こか⋯⋯?」
落ち込んでる女の子相手に言い寄るチャラい男みたいなことを言った俺は、この三秒後に
『ツミキちゃんが怯えてるってのは俺の勘違いだ! ツミキちゃん、ガチで俺のこと好きなんだ!!』
と分からされてしまう。
いや〜、人の心って難しいね!
⋯⋯でも、俺はスパダリのモクレン様なので。
俺にガッつくツミキちゃんの隙を付いて、形勢逆転して溺愛しちゃおう!
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
次回はついに全年齢で出来るギリギリの溺愛パートです!お楽しみに!
では、
「ついに!!!やったな!!」
「モクレンお前、紳士だな…」
「一方、ツミキお前ってやつは」
「モクレン、暴走するユーフォルビア一族相手に形勢逆転なんて出来るのか!?」と
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