71・密着の雑談 ~モクレン様に味噌汁を作ります~
「⋯⋯ツミキちゃん、俺⋯⋯どれだけ寝てた⋯⋯?」
「店で倒れてから屋敷へ運んだ時間を含むと、三時間ほどでしょうか」
倒れたモクレン様を横抱きにして馬車へ運び屋敷に着くと、彼を寝室に寝かせて様子を見た。
怒れるカルミア様はレンゲ様とサラサ先輩にお任せしているので、多分大丈夫だろう。
「モクレン様。最低一週間はお休みください。また、明日以降のパーティなどは、レンゲ様とサラサ先輩が代理として出席しますので」
「そっか。⋯⋯まあ、サラサがいりゃ将来この国の顔役になるだろうハイエルフが俺側にいるってアピールにもなるか。⋯⋯あの二人には色々迷惑かけちゃったなあ。⋯⋯勿論、ツミキちゃんにも」
モクレン様はふらつきながらもベッドから上体を起こし、
「迷惑かけてごめんなさい。そんで、ありがとうね。俺にぶち込んでくれた金は、必ず返すから」
と頭を下げた。
「迷惑ではありません。顔をお上げください。⋯⋯これは持ちつ持たれつと言うやつです。⋯⋯以前、モクレン様は言いましたでしょう? 『人の渡世は持ちつ持たれつなんだから』と」
「⋯⋯よく覚えてるね」
「モクレン様の言葉は全て、この胸の奥に刻み込んでおりますよ」
そう言ってモクレン様の乱れた白金色の髪を撫でながら整える。
すると、モクレン様は惚けたように目を閉じて、私の手に頬擦りした⋯⋯が。
「あ! あ゙! えっと、あの」
モクレン様は何かを思い出したように突然声を上げて慌てると、なんと毛布に潜ってしまったではないか。
「ありがとねツミキちゃん。後は一人で大丈夫だから気にしなくて良いよ!!!」
「? いきなりどうされたのですか?」
「⋯⋯あの、いや⋯⋯その⋯⋯さ」
私に背を向けて毛布を被ったモクレン様は、聞いたことが無いほどの弱々しい声で言った。
「今の俺、ビジュ落ちてるから」
「? ビジュが落ちる⋯⋯ですか? 私には容姿の美醜を審美する心がありません。ので、モクレン様のビジュを審美することは不可能です」
「いや、それは分かってんだけど⋯⋯その、ねえ」
モクレン様は消え入りそうな声で言った。
「ツミキちゃんの前では、常に麗しのカッコいい美青年でいたいんよ。⋯⋯だから、今の俺は⋯⋯その」
「? モクレン様は常に麗しの美青年であると存じます。⋯⋯では失礼して」
「え、ちょ、うわっ!!」
モクレン様の毛布を剥ぎ取り、彼の顔をじっと見る。
彼に覆い被さるように顔を近付け観察したが、何も変わっていない。私の目にはそう映った。
「私は、貴方をカッコいい美青年と審美します。貴方の夜明けの空のような紫の瞳。星を溶かしたような白金色の髪。貴方は美術品で構成されたカッコいい美青年だと、私は思います」
「⋯⋯は、はぇえ⋯⋯」
今まで見たことが無いほど顔を真赤にしたモクレン様が、驚きと恥じらいが混ざったような顔をする。
「それに、私は貴方の豊かな表情を見ると、楽しい状態と嬉しい状態になるのです。今もそう。私は、貴方を見ているのがとても楽しく、嬉しいのです」
「ひょぇえ⋯⋯」
「それに、貴方の唇も。私は美しいと思います。ずっと見ていたいと思う対象、それを美しいと呼ぶのだとモクレン様はお話されましたが、その通りですね」
ふと、この前無意識でモクレン様の耳を触ってしまった時と同じことをしてしまった。
モクレン様の唇に指先で触れてしまったのだ。
「ひぇえっ!? ツミキちゃん!?」
「! 申し訳ございません! ⋯⋯唇と言う踏み込んではならない箇所に触れてしま――」
「⋯⋯いいよ」
「え?」
先程まで驚いたり恥じらったりしていたようなモクレン様は、今度は少しムッとしているのか、緊張しているのか、覚悟を決めているのかわからない表情をしている。
「前にも言ったっしょ? 俺相手なら、好きに触って良いから」
「そうでしたね。では⋯⋯」
お優しいモクレン様は私の手を受け入れてくださった。
お心に甘えて、彼の唇を指で撫でる。
少し乾いているが、とても柔らかい。この口が感情豊かに動いているのを見るのが楽しい。
「モクレン様、貴方はやはりカッコいい美青年です。⋯⋯私は、貴方と出会って初めて、美しいと言う言葉を知ったのですから」
「⋯⋯そ、そっか⋯⋯っ」
モクレン様は紅潮した頬に汗を垂らしながら、私から顔を背けてしまう。
「あ、あのツミキちゃん。そろそろもう良いんじゃ⋯⋯ひっ」
「! どうされました?」
「い、いや〜⋯⋯唇を指で撫でられると、こんなにくすぐったいなんて⋯⋯知らなかった⋯⋯んっ」
身体をびくりとさせたモクレン様が、何かを堪えるようにぎゅっと目を瞑る。
そんな彼の上擦った声を聞いた時『何故かはわからないが、これ以上は駄目だろう』という勘と、『もっと聞きたい』という欲求が入り混じった。
「ぁ、あの⋯⋯ツミキちゃん。ごめんね、俺、喉乾いたから、水飲みたいかな〜って⋯⋯」
「! 失礼いたしました⋯⋯! すぐに退きます」
「⋯⋯名残惜しいけど、でも、ありがとね」
モクレン様から離れると、彼はゆっくりと起き上がってベッドフレームに背を預ける。
そして、サイドテーブルに置かれた水を少しずつ飲みながら、絞り出したような声で
「味噌汁飲みてえ⋯⋯」
と呟いたではないか。
「味噌汁ですか? かしこまりました。僭越ながら作って参ります」
「え、いや、催促したわけじゃないんだよ。思わず言っちゃっただけで」
「ですが、今のモクレン様は味噌汁をご所望なのでしょう? いつもは私が美味しい食事を作って頂いているのですから。⋯⋯だから、私も貴方に何かして差し上げたいのです」
「そ、そっか⋯⋯そんなら俺も手伝」
「いいえ。モクレン様はお休みください。代わりに、スマホをお借りしてホオノキにご指示を頂きながら、味噌汁の調理を遂行致します」
そう言って、私はサイドテーブルに置かれたモクレン様のスマホを持ち、厨房へ向かったのだった。
◇◇◇
「お待たせ致しました。こちら、卵を投入した味噌汁でございます」
「ありがとう。⋯⋯随分時間かかってたけど、大丈夫だった? 火傷してない?」
「ご心配には及びません。⋯⋯ただ、味噌汁は四回ほど作り直したので、材料を無駄にしてしまった事を謝罪申し上げます」
「それは別に良いけど⋯⋯でも、作り直したって⋯⋯どゆこと?」
正直なところ、味噌汁ならば私でも調理可能だと思っていた。
だが、それは思い上がりであった。
私は卵入りの味噌汁を載せたお盆をサイドテーブルに置くと、初めての調理で学んだことを報告した。
「一回目は、味噌を入れ過ぎた上に出汁を入れておらず、ただ味噌辛いだけの汁になりました。二回目は、前回の失敗を反省し過ぎた結果、味噌が足らずただの白湯になりました。そして三回目は、そもそも味噌を溶かす際に使用する濾し器を使うことを知らなかったので、ドロドロしたカスまみれの汁にしかなっていないと気付いたのです」
「そりゃ、大変だったね」
「ホオノキ様からスマホで遠隔のご指示は頂いておりましたが、私の調理能力の欠如はホオノキ様の知識を上回っていたようです。ホオノキ様は『寧ろ学びになりました』と笑っておりました」
そんな経緯で味噌汁は、四回目にしてようやくマシになったのだ。
きっと、モクレン様のお疲れの癒やしになれるだろう。
「四回目の完成品も、少し辛いように感じたのです。それをホオノキ様にお聞きしたところ、『そんなら卵を入れて味をまろやかにしてみたらどうですか?』とご助言を頂いたので、入れてみました」
「なるほどね。それじゃ、遠慮なく頂きます。⋯⋯ありがとう、ツミキちゃん」
「どういたしまして。それでは、食事の介助です。あーんです。お口を開けてお召し上がりくださいませ」
そう言ってから、木のスプーンで味噌汁を掬うと、モクレン様の唇へ近付ける。
モクレン様は唇をそっと開いてスプーンへ口を付け味噌汁を飲んだ。
そして。
「味噌汁ってのは二日酔いで疲労困憊の身体に塩気が染みる⋯⋯⋯⋯って、ツミキちゃんの食レポの方が上手だわ」
「とんでもない。⋯⋯自分が作った物に対して感想を頂くというのは、とても嬉しい状態になり、そして誇らしくもありますね。⋯⋯初めて知りました」
「でしょ? だから、俺もツミキちゃんの食レポ聞くのがすごくすごく楽しみなんだよ」
そう言って笑うモクレン様へ、今度はスプーンで一口大に切り分けた卵をあーんした。
モクレン様はそれをお召し上がりにな――
「! ⋯⋯殻だ」
「!? 申し訳ございません!!」
モクレン様は舌先で卵の殻を乗せると、サイドテーブル置いたちり紙で拭う。
⋯⋯モクレン様の舌を見た瞬間、胸の奥がギュッとなり、目が離せなくなった。
だが、今はそんな場合ではない。
私は卵の殻をモクレン様に食べさせてしまったのだ。何たる無礼か。
「申し訳ございませんモクレン様。卵を割るのは初めてで、上手く行かず」
「⋯⋯ううん。良いよ。くじ引きで言うところの当たりってことで⋯⋯⋯⋯っ」
「! モクレン様!? 卵の殻で口の中を切ってしまったのですか? だから、涙が」
夜明けの空のような美しい紫の瞳から、モクレン様は涙をポロポロと零した。
「モクレン様、あの」
「ぁ、あ。⋯⋯ごめん。⋯⋯その、卵の殻見てたら、涙出ちゃって。⋯⋯だって、卵なんか割ったことも無いのに、俺のために、ツミキちゃん⋯⋯頑張って、味噌汁作ってくれんでしょ⋯⋯? その光景、想像したら⋯⋯さぁ⋯⋯っ」
モクレン様は涙を拭いながら、鼻声で言葉を続ける。
「カルミアが俺のビジュが落ちたことにキレたのは、当たり前なんだよ。ホストになった俺は、自分を商品⋯⋯つまり『もの』にして売ってたから。だから、人として扱われないのは当然なんだ」
「⋯⋯モクレン様」
「だからねツミキちゃん。自分をものとか絶対言っちゃ駄目だよ。俺みたいになるから」
モクレン様はそう言って、私の頬をそっと撫でた。
「⋯⋯人の心を弄ぶなんて、やっちゃ駄目だね。その結果が、これだもん。⋯⋯ツミキちゃんは自分で自分を幸せに出来る人になるんだよ。⋯⋯この人のために生きる! なんて人生を放棄した先には、さっきのカルミアみたいに何も残らないから」
「確かに⋯⋯カルミア様は、モクレン様の言葉の生き証人でしたね」
「そう。だって、他人は思い通りにならないもん。そんなのに自分の人生捧げちゃ駄目。高嶺の花でいなきゃね」
泣きながら笑うモクレン様は「味噌汁、後は自分で食べるよ」と言って、私から器を受け取った。
「母ちゃんも、自分のために生きれない人だったから。だから、他人に入れ込んだ挙げ句、何も残らなかった」
「母君⋯⋯モニカ様ですか」
「そう。あのクソ女なんか死んでせいせいしたよ。⋯⋯⋯⋯嘘。ほんとはすごく落ち着かない。考えたくないし、あの女に感情を揺さぶられるのが嫌で悔しいから、わざと忙しくしてたかも」
モクレン様は「婆ちゃんも同じかな」と呟き、味噌汁を一口飲んだ。
「告別式を、しませんか?」
「え」
「母君の告別式です。そこで、母君と雑談するのは如何でしょう?」
「⋯⋯そっか。⋯⋯そうだね。たくさん恨み言もあるし。⋯⋯それに、相手は死人なんだ。好き勝手言わせてもらおう」
吹っ切れたように笑うモクレン様を見ていると、やはりとても楽しく嬉しい。
その後、モクレン様がもう一眠りするまでの間、『俺酒弱いからホストの才能無いわ』とか『そう言えばファウスト枢機卿長が元ホストだった』とか、そういった軽い雑談を交わしたのだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
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「面白い!」
「先が気になる!」
「ツミキお前ついに料理を!!」
「モクレン、良かったなお前…」と
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