60・ハイエルフ会のオヤジ殿
「おはようございますサラサ先輩。⋯⋯レンゲ様はまだお休みのようですね」
「ああ。昨夜はガンショウの他に、伝説のハイエルフと称される三人の強者にシバかれておったからのう。昼まで寝かせてやりたいものじゃ」
翌朝。
私とモクレン様は食堂へ向かうと、そこには寝間着姿のサラサ先輩がいた。
サラサ先輩は
「ビュッフェ形式じゃから好きなもんを食え! ちなみに、わらわのオススメは出汁茶漬けじゃ!」
と笑ってビュッフェ台に並んだ数多くの料理を指差した。
そんな光景に、モクレン様は
「朝食がビュッフェだなんて、食堂の広さと豪華さから言ってこりゃちょっとした高級ホテルだね」
と目を丸くして呟く。
「モクレン様、ビュッフェとは一体何なのですか?」
「あ〜、えっとね。ビュッフェってのは、好きなもんを好きなだけ皿に取って食える形式のことでね。だから、ツミキちゃんも食える分だけ好きなもんを好きなように取ってきな」
「!!!!??? なんと!!! そのような食事形式があるのですか!? 好きなものを好きなだけ取って良いなど、そんな事が許されるのですか!?」
「何でも許されるのが特権階級ってもんよ〜」
モクレン様はニコッと笑って
「さあツミキ女王陛下! お好きなものをお好きなようにお取りくださいませ〜! 何ならデザートは貴方様の眼の前にいるとびきり甘い美男子でも構いませんよ〜」
とふざけて来た。
さてはこの発言、モクレン様のボケだろう。
ついに私もボケを判別できるようになったのだ!
私は嬉しい状態と楽しい状態になりながら
「では今すぐ寝室に戻って脱いでください。存分に召し上がって差し上げます。なんでやねん」
と返してみた。ノリツッコミなるものに挑戦してみたのだ。
だが、モクレン様は
「!! ちょ⋯⋯ツミキちゃん、サラサの前でそれは⋯⋯二人きりなら良いけど、人前はその」
と私から目を逸らし頬を赤くする。
どうやら私のノリツッコミは失敗していたようだ。
ツッコミと言うのは難しいものである。
そんな事を思う私へ、サラサ先輩が
「モクレン、ツミキとヒロイン交代せえ」
と短く言って、クロワッサンに齧り付いた。
クロワッサンのカスがくっ付いた丸っこい口元や頬を見ていると、サラサ先輩を抱き締めたくなるから不思議だと思っていた⋯⋯その時だ。
「そうだよモクレン氏ぃー。ツミキ氏のがスパダリの才能あるんだからそっちに任せなよ」
「レンゲ様!!!??? まだ朝の九時ですよ!!?? こんな朝早くからお目覚めになるなんて何があったんですか!!??」
あくび混じりに登場した寝間着姿のレンゲ様に、私は声を荒らげた。
モクレン様も驚愕の顔で
「レンゲくんが朝に起きてる⋯⋯!? ほんとにレンゲくんなのか!? 実は偽物だったりしないよな!?」
と声を震わせる。
サラサ先輩も
「レンゲが朝起きるなんて、この国マジで終わるかもしれんぞ」
と怯えていた。
仰天する我々に、レンゲ様は
「だって、今日の十一時から雷魔法のコントロールの稽古があるから。ガンショウさん相手に一秒でも遅れたらヤバイでしょ。ボク小指無くしたくないし」
と青ざめた顔で呟く。
圧倒的恐怖の前では、レンゲ様も朝に起きるんだなあと一つ勉強になった。
◇◇◇
「モクレン様!! 出汁茶漬けとは口にするだけで癒やされる究極の逸品ですね! 旨味を含む白湯と醤油振り掛けと柔らかな白米が、起きたばかりの身体に寄り添う姿はまさに朝食に舞い降りた天使と呼ぶべきでしょう⋯⋯!」
「おお〜! ツミキちゃんの食レポもだんだん豪華になって来たね! 俺も後で出汁茶漬け取りに行くか〜」
私が出汁茶漬けの旨味と風味に飛ぶぞ状態になっていると、サラダをお召し上がりになっていたモクレン様も出汁茶漬けに関心を抱いたようだ。
出汁茶漬けはとても美味しいので、モクレン様にも召し上がって頂きたい。
そんな事を考えながら出汁茶漬けを食していると、モクレン様が話題を切り出した。
「それにしても、ハイエルフの隠れ里ってのは反社の組事務所⋯⋯じゃねえや高級ホテルみたいな感じだね。もっとこう⋯⋯牧歌的な村みたいなのを想像してたけど」
モクレン様はそう言ってサラダのプチトマトを食べる。
そんなモクレン様にサラサ先輩がケチャップをかけたベーコンエッグを食べながら答えた。
⋯⋯サラサ先輩はベーコンエッグにはケチャップ派なのか。
「そりゃ、元は百年前に『オヤジ』が命からがら逃げ込んだ離島じゃったからのう。『オヤジ』の療養のための施設じゃから、高級病院と高級宿泊施設を足したようなモンになったらしいぞ」
「⋯⋯『オヤジ』様、ですか? その方は一体」
オヤジ様とは、サラサ先輩の父君では無いだろう。
ハイエルフは根源の大樹の花から生まれてくるのだから。
「オヤジはのぅ、百年前に聖ペルセフォネ王国と戦った兵士じゃった。今年で三百歳くらいかのう」
「!? 百年前の大戦で⋯⋯戦った兵士!?」
サラサ先輩の言葉に、私とモクレン様は目を丸くする。
しかし、レンゲ様は落ち着いており、きっと昨夜の稽古中に知ったのだろうと予想出来た。
「今いるハイエルフやエルフは皆、『大戦後』に生まれた連中でな。『大戦前』に生まれたのは、オヤジだけじゃ。百年前、毒でボロボロになったオヤジを、当時はまだ子供だったガンショウ達がこの離島に連れて来たのが始まりなのじゃよ」
サラサ先輩の言葉に、モクレン様が
「ってことは、そのオヤジ殿が大戦前を知る唯一の存在ってわけか!? サラサ、そのオヤジ殿から話聞けたりは⋯⋯」
と身を乗り出すが、サラサ先輩は首を横に振った。
「それは無理じゃろうな。オヤジはこの離島に逃げ込んで療養中の身じゃから」
「それじゃ、婆ちゃんを呼んで治癒魔法でも」
「治癒魔法じゃどうにもならぬ。⋯⋯治癒魔法はあくまで怪我を癒やすものに過ぎぬからな。⋯⋯オヤジの場合、根源の大樹から放たれた毒で脳の神経がやられてしもたのじゃ。⋯⋯そのせいで、身体は動かぬし、視力も朧げで、肝心な記憶は忘却の彼方である」
「そっか。⋯⋯ごめん、療養中って言ってたもんな」
モクレン様は「オヤジ殿から魔獣対策のヒントとか聞けるかと思ったんだけどな⋯⋯」と零す。
オヤジ様がこうなったのも、枯れ腐った根源の大樹による毒のせいだ。
狂戦士ユーフォルビアが穢れた心を捧げたせいで、プルトハデスは絶望の国となり、サラサ先輩達の大事なオヤジ様も病に冒されている。
そんな大罪人の子孫である私に、サラサ先輩もガンショウ殿もとても優しくしてくださった。
私は、この方達に何を返せば良いのだろうか。
「ツミキ、お主の気が済むまで言うてやるぞ。⋯⋯お主のせいじゃない。お主は何も悪くない」
「! サラサ先輩⋯⋯」
サラサ先輩は私の考えを察していたのだろう。
赤桃色の瞳をまっすぐこちらに向け、優しい声で仰った。
すると、隣に座るモクレン様も私の手を握り優しく微笑んでくださる。
レンゲ様もいつものように笑っている。
胸が暖かくなると同時に締め付けられるような感覚を覚えた。
「皆様。ありがとうございます」
もう、自分のせいだと思うのはよそう。
祖先は祖先で私は私だ。私はツミキである。
百年前の祖先のことより、今ここにいる自分と皆様の事に集中するのだ。
「あの、サラサ先輩。オヤジ様とお話するのは無理でも、ご挨拶申し上げるのは⋯⋯」
「そうじゃのう。ガンショウに聞いてみるぞ。オヤジも寝たきりじゃからな。見知らぬ客人が来たら良い刺激になるかも知れぬ」
サラサ先輩はそう言って、コンソメスープを飲んだ。
そんな中、モクレン様が新たな話題を切り出した。
「そういやレンゲくん、オヤジ殿のことを知ってるみたいだけど、昨夜の稽古中にガンショウ殿から聞いたん?」
質問されたレンゲ様は、お茶を飲みながら答えた。
「そだよぉ。オヤジさん――フウロウ殿は百年前の大戦で唯一生き残ったハイエルフの兵士でね、雷魔法の天才だったそうだよ。⋯⋯でも、大戦中にはフウロウ殿以上の雷魔法の鬼才がプルトハデス軍にいたらしくてさ」
「雷魔法の⋯⋯鬼才、ですか?」
私がそう聞くと、レンゲ様は
「そう。⋯⋯ところでごめんツミキ氏、そこの塩とコショウ取ってくれる? ボク、ベーコンエッグはそっち派なんだよね」
と言ってから、言葉を続けた。
「ありがとツミキ氏。⋯⋯えっと、うん。雷魔法の鬼才で、それを活かして魔道具造りでプルトハデス軍に貢献してた少年がいたみたい。確か⋯⋯ドクトルって名前だと、思うんだけど⋯⋯」
眉間にシワを寄せて悩むような素振りを見せるレンゲ様の言葉は、非常に歯切れが悪い。
私と同じような違和感を覚えたのか、モクレン様も
「その言い方は、ガンショウ殿から聞いたってより、レンゲくんが自分で調べた感じだけど」
と疑問を投げた。
すると、レンゲ様は「うん」と頷き、お茶を飲んでから答える。
「昨日の夜ね、ガンショウさんが『オヤジは雷魔法に詳しかったから、蔵に行きゃ何かわかるかもしれねえ』って、フウロウ殿の持ち物を保管してた場所に案内してくれたんだ。そこで資料の束を見つけたんだけど⋯⋯」
レンゲ様はため息を付いて言葉を続けた。
「その資料、全部暗号で書かれてたんだ。⋯⋯だから、解読がちょっとしか出来なくて」
「あ、暗号ですか? それは、なんと⋯⋯その」
「きな臭いよねえ。ガンショウさんにも『これボクが見ても大丈夫なやつですか? 後で海に沈められませんか?』って聞いたけど、『大丈夫だ。多分』って⋯⋯」
「多分⋯⋯ですか」
レンゲ様は乾いた笑いを浮かべながら天上を見上げて
「ヤバくなったらボク、プロメさん達を頼ってフォティオンに飛ぶから」
と呟く。
「その暗号まみれの書類も、オヤジ殿に聞ければ良いのですが⋯⋯。オヤジ殿は受け答えできる状態では無いのでしょう?」
私の言葉に、サラサ先輩も
「そうじゃのう⋯⋯。そもそも、オヤジはわらわのことすら覚えられぬほど脳を毒でやられておる。それに、ボロボロのオヤジをここへ匿った当時、ガンショウ達は子供じゃったから⋯⋯詳しいことは何一つわからぬなあ」
と腕を組んだ⋯⋯そんな時である。
「おはよう、みんな。飯は口に合ってるか?」
「ガンショウ殿! おはようございます!」
私とモクレン様とレンゲ様は立ち上がり、ガンショウ殿にお辞儀した。
特に、レンゲ様は今まで見たことがないほどビシッとしていた。
そして、ガンショウ殿を交えて席に付く。
彼はお盆に食事を載せており、今から食事なのだろうかと察した。
「ガンショウ殿、今から朝食ですか?」
「いや、違うんだ。⋯⋯これはオヤジ用の朝食なんだが、食べる元気が無いみたいでな」
確かに、良く見たらガンショウ殿の膳には粥やスープと言った食べやすそうな食事が並んでいる。
その手付かずの食事はサラサ先輩の手に渡った。
美味しく頂くサラサ先輩を微笑みながら見るガンショウ殿が
「オヤジは甘いモンが好きで、それなら食ってくれるかと思うんだが、俺達は飯は作れても菓子みてえな洒落たもんは作れなくて。⋯⋯どうしたもんか」
と、ため息を付いた、その瞬間。
モクレン様が挙手をして
「そんなら俺、手伝いましょうか? ヨーグルトアイスとかプリンとかそんな菓子作りは得意ですし」
と提案したのだった。
「俺が甘いのはこの見た目だけじゃないですよ。色々お世話になったことですし、最高の甘さをご提供いたしまっす♡」
◇◇◇
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