59・モクレン様、十五の夜
「椅子に座り続ける姿勢も窮屈なので、布団に寝転びながら雑談しましょう」
「マジすか。でも、あの」
「? モクレン様はリバーシで勝てば何でも言うことを聞くと仰いました。ですので、寝転びながら貴方の話を聞かせてください」
「⋯⋯前から思ってたんだけど。ツミキちゃんってさ、結構押し強いよね」
少しジトッとした目を向けるモクレン様の頬は赤く、入浴で温まったお体を冷まさないよう早急に布団に入ってもらわねばと思った。
布団を指さし
「どうぞお入りくださいませ」
と言うと、モクレン様は「はいはい」と諦めたように布団に入った。
これで湯冷めする心配は無いだろう。
私も布団に潜り込み、見た目以上の柔らかさに楽しい状態になりながら仰向けで寝転ぶモクレン様をじっと見た。
夜空の青い光を浴びた白金色の髪は、青にも銀にも見えてしまうから不思議だと思っていると、無意識で彼の髪を触っていたことに気付く。
「! 申し訳ございません。美しいと思っていたら⋯⋯つい」
「良いってことよ。⋯⋯でも、俺以外にやっちゃ駄目だからね。絶対」
そう言って、モクレン様は私へ寝返りをうち、楽しそうにくすくすと笑う。
彼の髪は柔らかくふわふわしているが、粒は太く芯がしっかりしている。
髪質は本人の気質に似るのだろうか?
そんなことを思いながら、モクレン様のふわふわした髪を指に絡めて、滑らかな触り心地を堪能した。
「ツミキちゃんは、俺のどんな話が聞きたいの?」
「そうですね⋯⋯。モクレン様のことをもっと知りたいと思いますが、具体的な話題が思い付きません。取り敢えず、自己紹介からお聞かせ頂けますか?」
「⋯⋯⋯⋯無茶振りするねえツミキちゃん」
モクレン様は微笑みながら
「俺はモクレンでぇっす。⋯⋯本名のモクリエールアレンはキラキラネームだから死ぬほど大嫌い。⋯⋯歳は今年で二十三。身長は百八十三⋯⋯くらい? 体重は内緒♡」
とすこしふざけつつ、流暢に教えてくれた。
「出身大学はマグノリア大学の商学部で、サークルは⋯⋯アルトサックス吹いてたレンゲくんの誘いで音楽サークルに入って、テナーサックス吹いてたよ。⋯⋯初心者にしては上手かったんだから、俺」
「アルトにテナーですか? サックスと言う木管楽器の存在は存じておりましたが、色んな種類があるのですね」
モクレン様がテナーサックスの経験者だと知って驚いたが、サックスに種類があることにも驚いた。
人の話は聞いてみるものである。
「⋯⋯大学時代は、勉学そっちのけで楽器演奏したり宴会したり、そんなんばっか。見事なアホ学生だね」
「⋯⋯それも青春なのでしょう」
「いやいや、人はみな生涯青春よ」
そう言って、モクレン様はニヤリと笑った。
人はみな生涯青春ならば、私も青春なのだろうか。
聞いてみたいと思ったが、今回の議題はモクレン様のお話なので次回に聞くとしよう。
「そんで、次は何が聞きたい?」
「そうですね⋯⋯では⋯⋯もう少し遡ってでお願いいたします」
「わかった。⋯⋯ん〜と⋯⋯そうだなあ。じゃあ⋯⋯せっかくだし、聞いてもらおっかな。⋯⋯俺も、話して楽になりたいし」
モクレン様は白金色の長く豊かな睫毛を伏せて、重い一息を付いた。
「十五歳のとき。婆ちゃんと一度だけエグい馬鹿喧嘩したことがあんの。もう、お互いバチギレ状態のやっべぇやつ」
「え、ホオノキ様と⋯⋯エグい馬鹿喧嘩⋯⋯ですか? そんな、何故⋯⋯」
モクレン様は言うまでもなく、あの穏やかで賢いホオノキ様もバチギレ状態とは。
一体何があったんだ。
「婆ちゃん的には、俺を引き取ったからには責任持って立派にしなきゃって肩に力を入ってたんだろうね。毎日毎日公爵家の息子らしい礼儀作法言葉遣い教養その他を俺に教えようとしてた」
モクレン様はそう言って、懐かしそうに目を細める。
「子供の頃は楽しかったんだよ。婆ちゃんは教師だから教え方上手いし。⋯⋯でも、思春期で凶暴化した十五のガキが、貴公子になるための訓練に真面目になるわけなくて。いつも苛々してた。⋯⋯そんな時、婆ちゃんの太客患者が『あんたの娘さんとカブキ地区の飲み屋で会った』って言ったのを盗み聞きして」
「カブキ地区⋯⋯?」
初めて聞く地域の名だ。
疑問に思っていると、モクレン様は
「マグノリア地方の東にあるハイタカ地方の歓楽街でね。この世の終わりみたいに汚え町だよ」
と教えてくれた。
「婆ちゃんの娘⋯⋯つまり俺の母ちゃんは俺が五歳のときにポーラリス公爵家の使用人と駆け落ちして消えたから。この話には、俺も婆ちゃんもすげえ揺さぶられた」
「⋯⋯でしょうね」
「うん。だからその夜、俺と婆ちゃんは怒鳴り合いの大喧嘩をしたんだよ。⋯⋯貴族の教養を深めるための文学の勉強中だったかな。⋯⋯俺、全く勉強に身が入らなくて『文学作品なんて陰キャのジジイが若い女とヤッてグダグダ文句言ってるだけじゃねえか!!』って婆ちゃんに八つ当たりしてさ」
ただでさえ思春期で凶暴化している少年が、生き別れの母の行方を知ってしまったのだ。
そりゃ、平常ではいられないだろう。
「最初、婆ちゃんは冷静だったんだけど、俺が『娘一人まともに育てられなかったくせにうっせえんだよ!!』ってキレた瞬間、『そんならもう好きにしたらエエがなッ!!』って怒鳴り返して来て。⋯⋯その夜、婆ちゃんの財布パクって馬車に乗ってカブキ地区に行った」
「⋯⋯思春期の苦悩に苛まれてますね」
第三者である私には、それしか言えなかった。
ただ、モクレン様もホオノキ様も色々大変だったんだなあと思いを馳せるばかりだ。
「半ば家出状態でカブキ地区に行ってさ。幸い、母ちゃんはすぐ見つかった。⋯⋯俺、親父似だと思ってたけど、実は生き写しかってくらい母親似で」
「お綺麗な方なのですね、母君は」
「⋯⋯うん。そうだね。⋯⋯綺麗で無邪気で、子供がそのまま大人になったみたいな女だった。カブキ地区の女王なんて呼ばれててさ。生き写しの俺も王子なんてチヤホヤされたもんよ」
モクレン様は、懐かしさと憎しみが混ざりあったような顔をした。
「母ちゃんは俺を泣きながら抱き締めて、ごめんねごめんねって何度も謝った。⋯⋯だから、俺を置いて消えたこと、許したんだ。⋯⋯そっから、母ちゃんの汚え家に転がり込んで、成り行き任せの生活が始まったんよ」
「⋯⋯お母様と暮らして、如何でしたか?」
「最初の数日は楽しかった。母ちゃんの彼氏がホストやっててさ。そいつの店で酒飲んで徹夜で馬鹿騒ぎして。みんな優しかった。⋯⋯でも、今にして思えば、あれは優しいんじゃなくて、ただ無関心なだけだったと思う。ほんとに優しい性格してるなら、十五の俺が徹夜で酒飲んで馬鹿騒ぎしてたら止めて家に帰すと思うしさ」
「⋯⋯確かに。優しいと無関心は似て非なるものですね」
「そだね。⋯⋯まあ、そんで。最初の数日は楽しかった。俺が晩飯作って、それを二人で食って。⋯⋯でも、楽しいのは最初だけ。次第に母ちゃんは平気で一日や二日家を開けるようになった。⋯⋯勿論、俺に何も言わないで」
「⋯⋯そう、ですか」
モクレン様の表情が消えた。
紫の瞳はいつもの輝きを無くし、暗く淀んでいる。
「すぐ帰って来るって言ったその数日後にさ。ベロベロに酔い潰れた母ちゃんが、どっかから貰ってきた売れ残りのケーキを持って『ごめんねぇ』って帰って来たりしてね。⋯⋯そんなんばっかだった。そのうち『婆ちゃんなら絶対帰って来るのに』って、嫌になった」
「⋯⋯でしょうね」
「⋯⋯⋯⋯まあでも、母親に『ごめんね』って言われたら、なんも言えなくてね。⋯⋯でも、『もう無理』って思うことがあった」
暗い声で話すモクレン様は、私へそっと手を伸ばす。
その手に自分の手を重ねると、彼は、落ち着いたようにゆっくり息を吐いた。
「ある日の夕方、母ちゃんにせがまれて晩飯にシチューを作ったんだよ。その日は俺の誕生日でさ。もしかしたらシチューとケーキで誕生日祝いでもするんかなって、ほんの少しだけ期待してた。⋯⋯でも、母ちゃんはやっぱり帰って来なかった」
私の手をぎゅっと握ったモクレン様は頬を引くつかせながら言葉を続けた。
「母ちゃんが帰って来たのはその五日後。彼氏のホストと一緒にベロ酔いした母ちゃんがゲラゲラ笑いながら帰って来てさ。『なんか変な匂いするんだけど〜!! 犬でも死んだの〜?』って。それが息子放っといて五日後に彼氏と帰ってきた母親の台詞だった」
「⋯⋯」
何と言えばよいのか。
言葉が見つからない。
「匂いの原因は傷んだシチューでね。貧乏な母ちゃんの家には冷蔵庫みたいな魔道具なんか無いからさ。母ちゃんはゲラゲラ笑いながら腐ったシチューを流し台に捨てた。自分が食いたいって言うから作ったのに、一口も付けないで、ゴミみたいに捨てられた」
「⋯⋯モクレン様」
「その夜、婆ちゃんの財布握り締めて、母ちゃんの家から逃げ出した。ハイタカ地方からマグノリア地方に行く貨物馬車に乗せてもらって、婆ちゃんのとこに帰れたんだ」
なんと言えば良いのか分からず、私はモクレン様の言葉を待ち続けた。
「財布パクって家出して、殴られるかなって思ってたら、婆ちゃんは泣きながら俺を抱き締めて『おかえり。無事で良かった。腹減ったやろ?』って言ってくれた。⋯⋯そんで、婆ちゃんが焼いてくれた俺の誕生日ケーキを二人して泣きながら食ったわけよ。⋯⋯以上、俺の十五の夜でした」
「⋯⋯お疲れ様でした⋯⋯」
私がそう答えると、モクレン様は「意外と聴き応えあったでしょ」といたずらっ子のように笑った。
「ケーキ食いながらさ、思ったんだ。⋯⋯俺に帰る場所があって良かったなあって。⋯⋯あの歓楽街には帰る場所が無い奴らが殆どなのに、俺は運が良かったなあって。だから、婆ちゃんもだけど、マグノリア地方も大事なんだ。⋯⋯人生かけてでも、この地方を⋯⋯俺の帰る場所を護りたいって、思ったんだ」
そう思ったから、モクレン様は私財を投げ売ってでもマグノリア騎士団を結成したのだろう。
ロスベール公爵の元で心身を壊したマグノリア地方の人々に、騎士団と言う公共の働き口を作ったのだ。
全ては、自分の帰る場所を護るため。
「モクレン様。私も、マグノリア地方を護るために尽力いたします。⋯⋯私の帰る場所も、ここですから」
「! そうだね。⋯⋯マグノリア地方は、俺達の故郷だ」
モクレン様はそう言って、緊張が解けたように笑った。
話して楽になりたいと仰っていたから、聞き役として役目が果たせて何よりである。
「⋯⋯聞いてくれてありがとね。⋯⋯この話、レンゲくんにも話してないんだよ。⋯⋯誰にも言えなかったから」
「ならば、この話題は死ぬまで口外致しません。永久に秘密と致します」
「あはは、そうだね。⋯⋯二人だけの、内緒だ」
握りあった手の甲に、モクレン様の指が絡んだ。
それに答えるよう指を絡めて強く握り返した。
「モクレン様、痛くはありませんか?」
「痛くないけど、痛くして良いよ」
言葉通り握り合う手に力を込めたら、モクレン様は
「痛くする代わり、この話をずっと覚えててね。⋯⋯二人だけの秘密なんだしさ」
と、蕩けたように微笑んだ。
「モクレン様、先程お話に出ましたが、お誕生日はいつなのですか?」
「三の月だよ。⋯⋯流行りの言葉で言うと、早生まれってヤツ。俺っぽいでしょ」
「そうですね。⋯⋯では、来年の三の月は、みんなでケーキを作ってモクレン様の生誕を祝いましょう。私も、貴方の誕生日を祝いたいのです」
そう言って、握り合う手に力を込めた。
すると、モクレン様は
「それじゃ、シチューも作らないとね」
と微笑んだのだった。
◇◇◇
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「モクレン……お前苦労したんだな」
「ツミキ、めちゃめちゃモクレンのこと好きやん」と
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