55・怒りを覚えました
「先代のホオノキ様が聖女ガチャ大当たりなら、お前は爆死級の大ハズレじゃねえか!!!」
崩壊した絶望の町を、夜の闇が照らしている。
そんな中、怒れる人々の怒鳴り声にカルミア様は「ひぃっ」と怯え、そんな彼女を護るべく聖騎士団が立ちはだかる。
だが、人々は怯むこと無く
「俺達の税金で食った飯は美味かったかクソ女!!」
「どうせお前、今までツミキさんに戦わせるだけで何もして来なかったんだろ!?」
と怒鳴り続けた。
そんな爆発状態となった現場に
「はいは〜い!! そこまで!! 喧嘩しない喧嘩しない!」
と、モクレン様の柔らかい声と手を叩く軽やかな音が響いた。
「消防隊の皆様が消火活動を頑張ってるんだから、俺達も喧嘩してないでやるべきことをやらにゃ。ヒーラー隊は婆ちゃんが指揮してるから⋯⋯取り敢えず、作業用の馬車が通れるように瓦礫の撤去作業から始めよう!」
モクレン様の言葉に人々は冷静さを取り戻し、それぞれ作業に取り掛かった。
現場の指揮を取るモクレン様へ、ロスベール公爵は
「我が領土で勝手なことをするな!」
と掴みかかるが、モクレン様は「まあまあ」と柔らかい態度を崩さない。
「兄貴達は取り敢えずお帰りになってください。⋯⋯雑用係はぜ〜んぶ負け組の俺がやりますし、この功績は全てお兄様のお蔭ですって記者さんに伝えますから!」
モクレン様流の『はよ帰れ邪魔やボケカス』という言葉を聞いて、ロスベール公爵は鼻で笑う。
「ようやく負け組の自覚が出たか。護るべき女に戦わせてヘラヘラしている貴様の軽薄さこそ、淫売から生まれた息子と言えよう」
「⋯⋯さっすが勝ち組ロスベール様! 貴方の役目はカルミア姫を護ること『だけ』ですからね! ⋯⋯分かりやすくて羨ましいや」
「当たり前だ。弱者の負け組であるお前と違って、私は女を護れる強者であるからな」
そう言って、本当に帰ろうとするロスベール公爵へ、サラサ先輩は
「お主、本当にそれで良いのか?」
と問いかける。
だが、ロスベール公爵は
「お前はハイエルフだったな。私の元へ来れば、望むものは何でもくれてやろう」
とサラサ先輩を見下しながら言う。
そんなロスベール公爵に、サラサ先輩は
「もう何も言うまいて」
とだけ言って、残念そうな顔をした。
ロスベール公爵達が去ったあと、我々はモクレン様の指示で各々作業に当たったのだが、サラサ先輩は不思議そうに
「ロスベール、実に哀れで⋯⋯それに⋯⋯なんじゃ。なーんか引っかかる。⋯⋯『奇妙』な男じゃのう」
と口にした。
◇◇◇
「怪我人の手当と魔獣の死骸の浄化は婆ちゃん達ヒーラー部隊が完了して、瓦礫の撤去作業はツミキちゃんのお蔭で何とかなったし、ガスや水道の配管はレンゲくんと王都の職人さん達が修理したし、火事場泥棒はサラサが爆音波でぶっ飛ばしたから、一応一件落着だわな! みんな、お疲れ〜」
大通りの小修繕が完了し、地面に座り休憩をしていた私とレンゲ様とサラサ先輩の元へ、モクレン様が握り飯を乗せた大皿を持って来た。
お疲れ〜とモクレン様は言うが、モクレン様こそお疲れ様である。
混乱極める現場の指揮をしたり、応援に来た人々を適材適所に割り振ったり、以前の件で親しくなった新聞記者達に応援を呼びかけ人材を派遣してもらったり、疲弊した人々に振る舞う軽食の手配をしたり⋯⋯と、一番走り回ってたのはこの人だ。
「モクレン様もお疲れ様です。現場は沈静化しましたから、どうぞお休みください」
「ありがとねツミキちゃん。そんじゃ、お言葉に甘えて」
モクレン様はそう言って地面に座ると、
「みんな腹減ったっしょ? さっき握って来たから良かったら食ってよ」
と海苔が巻かれた握り飯の乗った大皿を自身の膝の上に乗せた。
「ありがとうございますモクレン様。喜んで頂きます」
と私は握り飯を手に取り、勢い良く齧りついた。
私に続き、レンゲ様もサラサ先輩も「飯ー!」「のじゃー!」と疲れたような声をだして握り飯を手に取り、齧り付く。
「モクレン様!! 白米の仄かな甘味と塩が身体に染みて、疲労感が抜け落ちるようです⋯⋯! 海苔のパリパリした食感と仄かな塩味が楽しい、原点にして頂点と言える軽食でしょう!」
「おお〜! 激闘と激務の後でもツミキちゃんの食レポはキレッキレじゃないの〜! さっすがぁ〜!」
モクレン様が私の食レポで笑顔になると、私も嬉しい状態になる。
だが、モクレン様の笑顔を見て、彼から頂いた花を無くしたことを思い出す。
すると、胸に寒々しい風が吹き抜け、ギュっと痛くなった。
「モクレン様、申し訳ございません。……貴方から頂いた花を、戦闘中に無くしてしまいました」
俯く私の頬に、暖かくて優しい感触が。
顔を上げると、モクレン様が私の頬をそっと撫でて下さったとわかる。
モクレン様の手は心地良い。ずっとこのまま、撫でて欲しい。
「良いってことよ。ツミキちゃんが望むなら、また花でも何でも贈り物させてよ」
「……ありがとうございます」
私が望むなら? それなら花も贈り物も要らないから、また撫でてくれと望みたい。
そう伝えようとした瞬間、モクレン様の手が離れてしまった。
その手を再び引き戻したい。そう思った時、モクレン様が新たな話題を切り出した。
「そう言えばツミキちゃん。カルミアや聖騎士団に怒鳴ってたの聞こえたよ〜! やるじゃん!」
「⋯⋯そう言えば、そうでしたね」
激務で忘れていたが、私は先程カルミア様と聖騎士団相手に激情に突き動かされるまま怒鳴り散らしたのだ。
本来なら、ユーフォルビア一族が浄化の聖女や聖騎士に怒鳴るなど考えられない行為である。
だが、その安全弁が壊れるほど、私に渦巻く激情は止まらなかったのだ。
「⋯⋯瓦礫と火の海に包まれ崩壊した町を前に、人が死んでなくて良かったと笑うカルミア様と、彼女を護るためにと避難民を押し退けてまで逃げた聖騎士団を前にして、私は湧き上がる激しい衝動に拳を握りました。あのような激情は、初めてです」
上手く話せず散乱する言葉を、モクレン様は
「そりゃ怒り状態って奴だわな」
と言語化して下さった。
「怒り⋯⋯ですか」
「うん。怒るとさ、もう『わ〜っ』てなって、周りが見えなくなって、いつもは五個くらいある選択肢が一個か二個くらいになるじゃん。⋯⋯しかも、その一個か二個は社会的には駄目ゼッタイな奴」
「確かに。⋯⋯怒鳴ると言う行為は、社会的に許されざることです。⋯⋯それを怒りのままに二度も行うなんて。⋯⋯あの時の私は⋯⋯まるで」
カルミア様と聖騎士団に怒鳴ったとき、視界に入った鏡に写った私は、あの方によく似ていた。
「ロスベール公爵と同じでした。⋯⋯あのような行いは、二度としないと誓います。⋯⋯怒りを捨てられるよう努めます」
怒りとは反社会的で迷惑なものでしか無い。
抑制するか捨てる必要があるだろう。
だが。
モクレン様は真逆のことを言うのだった。
「いや、怒りも大事だよ」
「そう、なのですか⋯⋯?」
「うん。本来、怒りってのは身を守るためにある本能だからね。それを否定して無視したら、自分を護ろうとする怒りが可哀想じゃん」
「怒りが⋯⋯可哀想?」
まさかの発想をしてくるモクレン様に、私は聞き返すことしか出来ず、彼の言葉が続くのを待った。
「怒りってのは、俺らが赤ん坊の頃から熱心に推してくれるファンみたいなもんでさ。⋯⋯ほら、熱心なファンって推しの事になるとすぐ過剰に騒ぐでしょ? それと一緒。根っこの部分は、推しが大好きで、推しに幸せになって欲しいから、推しが幸せと真逆の危機に晒されるとギャ〜ッて騒いじゃう。⋯⋯それは、固い言い方をすれば防衛本能って言葉になるんだわ」
「⋯⋯なる、ほど⋯⋯。確かに⋯⋯悪気の無い熱心なファンを否定するのは、可哀想ではありますね」
私にも推してくれる熱心なファンが生まれたのか。
そう思うと、怒りを否定する気にはなれない。
「ね? だけど、熱心なファンを放っておくと、他の人に迷惑がかかるでしょ? だから、連中を無視するんじゃなくて、良い感じに手綱を握って、『人を怖がらせたり迷惑かけたりしちゃ駄目だよ』って教育するんだ。そうやって、怒りも喜びや楽しいと一緒に抱き締めて、大事に生きてくんよ」
「大事に生きていく⋯⋯」
「そう。だから、怒りって言う熱心なファンを上手に飼い慣らして、そいつらのことも大事にしてあげて」
モクレン様はそう言って目を細める。
そんなモクレン様の言葉に、レンゲ様は
「今のモクレン氏に『怒りを飼い慣らすための壺』とか勧められたら買っちゃいそう」
と要らんことを言った。
そんなレンゲ様へモクレン様は
「レンゲくんは酒入ると泣きながら怒って『美とはぁあ〜ッッッ!!』ってくだ巻き始めるから、そこら辺早く飼い慣らして」
と笑って返す。
そんな中、サラサ先輩が「怒り⋯⋯か」と呟いた。
「怒りとは、落雷のようなもの。制御出来ぬ神の怒りをやり過ごすため、人とエルフは避雷針と言う魔道具を発明したのじゃ」
サラサ先輩はいつもの『のじゃー』な雰囲気から一変し、ハイエルフの威厳を放っている。
「レンゲ、前にわらわが雷と怒りについて言うたことを覚えておるか?」
「うん。確かサラサ氏は『雷とは神の怒り。炎や水に比べて扱いにくい。ハイエルフでも雷魔法を制御出来る者はオジキしかいない』って⋯⋯鮭魔獣ぶっ殺したあとご飯食べながら言ってたよね」
「上出来じゃ。⋯⋯それに、今回の魔獣。あの名状しがたき者が現れたのなら⋯⋯。お主の雷魔法を使いものにせんと、わらわ達はいずれ詰むことになるかもしれぬ。はっきり言って、今のわらわ達には戦力が足りぬ。圧倒的火力不足じゃ」
サラサ先輩は先程の通話であの魔獣を知っているようだった。
あの魔獣についても知りたいが、サラサ先輩が話し出す気配を察知し口を閉じる。
「レンゲの考察通り、死毒の森は聖ペルセフォネ王国の進んだ文明による魔道具ゴミの廃棄場を食らったのじゃろう。そこで得た魔道具ゴミと、この地の深くに沈む『混沌の神』の死骸がガッチャンコした結果が、あの名状しがたき魔獣じゃ」
獣と魚介と悪霊と来て、今度は我々の生活を護っていた魔道具が魔獣になって牙を剥くとは。
しかも、元になる死骸は『混沌の神』⋯⋯⋯⋯いや、そもそも『混沌の神』とは何だ?
突然知らない単語が飛び出し『?』となった私へ、サラサ先輩は「すまぬすまぬ」と謝ってから、話を続けた。
「『混沌の神』とは、プルトハデス国が⋯⋯いや、この大地が出来る前の混沌を支配していた土地神である」
「混沌を支配していた⋯⋯土地神⋯⋯ですか?」
「そうじゃ。⋯⋯じゃが、これより先はこの地では言えぬ。ハイエルフの盟約での」
口を閉ざすサラサ先輩に、モクレン様は
「つまり、最凶の動物の死骸と隣国のチート文明による魔道具がガッチャンコして、史上最悪のバケモンが生まれたってこと?」
と良い感じに要約した。
「モクレンの言う通り。そのバケモンに対抗するためにも⋯⋯早急にレンゲの雷魔法を使いものにせねばな。⋯⋯そして、先程の『混沌の神』について、この国の創生伝説も伝えなければならぬ」
「創生、伝説そんなん、聞いたことねえぞ⋯⋯?」
モクレン様がそう聞き返すと、サラサ先輩はハイエルフの風格に満ちた微笑みを浮かべて言うのだった。
「お主らをハイエルフの隠れ里に招待しよう。そこで、オジキと会ってくれ。端的に言うと、このままじゃとわらわ達はヤバいぞ」
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「モクレン、もっとツミキを撫でてやってくれ!」
「サラサがやっとハイエルフっぽくなってる!!!」と
思って頂けましたら、下記の星☆☆☆☆☆から★★★★★5評価を入れてくださると嬉しいです!(私のモチベーションが上がります!)
ブクマとべた褒めレビューとご感想もお待ちしておりますぞ!
それでは、何卒宜しくお願い致します~!!!




