56・ハイエルフの隠れ里に来ました
激動の翌日。
私達はサラサ先輩と共に船に乗り、マグノリア地方から南の孤島にあると言うハイエルフの隠れ里へ向かったのだ。
そして、サラサ先輩の案内でハイエルフの隠れ里に入った私達は、自然豊かな景観に『全く相応しくない』四角く厳つい大理石の建物に入り、縦長で広い応接室に招かれた。
その応接室の最奥の壁には、『任侠』と毛筆で書かれた大きい額が飾られており、その下には弧を描くように沿った刀が鎮座している。
床はイグサを編んだ敷物である畳が幾何学模様のように敷き詰められており、私達はその中央に置かれた座布団の上で正座をすることとなった。
縦に長い応接室の両隣には、目をバキバキにさせた強面のハイエルフ達がずらりと座っている。
彼らは自然豊かな南の孤島に相応しい派手な開襟シャツを着ており、筋骨隆々とした身体にとても似合っていた。
一方、サラサ先輩は応接室の最奥にて三枚重ねた座布団の上に座り、いつものように『のじゃっ!』とした態度でニコニコ笑っている。
そんなサラサ先輩へ、大きな身体をした丸坊主のハイエルフが
「お嬢! オレンジジュースをお持ちしました!」
と張りのある声で告げる。
そのハイエルフが身を屈めた際、ド派手な開襟シャツの隙間から美しい花の彫物が見えた。
よく観察してみると、他のハイエルフの肌にも色鮮やかで美しい彫物が入っているではないか。
どうやら、ハイエルフは肌に美しい模様を掘る文化があるのだろう。
異なる種族の文化に触れて、私は楽しい状態になった。
だが。
私の隣に正座するモクレン様と、その隣で正座するレンゲ様は、お二人とも顔色を無くし滝のような汗をかいている。
モクレン様は俯き震えながら
「何がハイエルフだよ⋯⋯こんなん耳長いだけの反社じゃん⋯⋯」
と掠れた小声で呟く。
それに続いて、レンゲ様は
「この圧に負けないなんてすごいねツミキ氏。ボクなんかちょっとチビっちゃったのに」
と震えた声を出した。
そんな私達へ、サラサ先輩は
「何を畏まっておるのじゃお主ら。初対面のわらわを照焼にしようとした厚顔無恥っぷりは何処へ行ったのじゃ? のーじゃハッハッハッハッ!」
と元気付けようとしてくれた、その瞬間。
強面のハイエルフ達が
「お嬢を照焼にしようとしただとこの人カスがァア゙ッッ!! 指詰めるだけじゃすまねえぞゴルァアッッ!!!」
とガチギレ状態となり私達を取り囲む。
レンゲ様は「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい全部この悪質ホストみたいな金髪がやったんですボクは止めたんです」とモクレン様の両肩を掴み、怒れるハイエルフ達に差し出そうとする。
一方、モクレン様は「ん〜、レンゲくんあとで殺す〜」と泣きそうな声を出した⋯⋯⋯⋯その時だ。
「サラサの客人に何手ェ出してんだお前らァアッッ!!!!」
艶っぽいバリトンの声がしたかと思えば、私達の眼の前にいた一際身体の大きなハイエルフが凄まじい勢いで真横に吹っ飛んだではないか。
視界には、先程のハイエルフを殴り飛ばしたと思われる、振り抜かれた長い腕と大きな拳が見えた。
そこに立っていたのは、グレーの着物が似合う、白髪赤目のハイエルフの男性。
強面ながらも上品な顔立ちは、少しシドウ様に似ていた。
◇◇◇
「挨拶が遅れてしまって申し訳ない。俺はガンショウ。ハイエルフ会の会長だ。貴方達のことはサラサから全て聞いたよ。創生伝説と雷魔法に付いて話を聞きに来たのだろう?」
そう自己紹介して下さったガンショウ殿と私達は、この島で採れたと言う蟹のしゃぶしゃぶをご馳走になっていた。
しかも、蟹はご丁寧に殻を向いた状態なので、とても食べやすい。
「私はユーフォルビア一族のツミキです。本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」
正座をしているため、身体を傾けて挨拶をした。
その後、モクレン様とレンゲ様も自己紹介をし、和やかな雰囲気で蟹しゃぶを囲むこととなったのだ。
レンゲ様が珍しく
「ツミキ氏ー。今からボクの頭をぶっ殺す勢いで殴って気絶させてくれるー? この場から逃げられるならボクは何だってするよー」
とジョークを飛ばすくらい、場の雰囲気は和やかだ。
モクレン様は蟹しゃぶに全く手を付けず、正座をしたままガンショウ殿に
「ガンショウ殿⋯⋯サラサ殿への不敬な言動に対する慰謝料は全て俺がホストになって稼いだ金で支払いますので⋯⋯蟹工船の十倍はシノギを上げるとお約束しますから、この二人だけはどうかご容赦願えませんか⋯⋯?」
と泣きそうな顔でそう言った。
そんなモクレン様へ、ガンショウ殿は少し笑って
「良い根性してるじゃねえかモクレンさんよ。貴方ならホスト会の帝王になれるかもしれねえな」
と優しい声で答える。
そんなガンショウ殿に続いて、サラサ先輩も
「ほらほらさっさと蟹を食え皆の者!!! 退屈な説明回は飯を食いながらに限るからのう!!!」
◇◇◇
「!!! 蟹のホクホクとしてプリプリとしたこの食感!! ほんのりと磯の風味を残すこの旨味!! 噛み締めるたびに味付け酢と絡み合う塩気の効いた旨味がたまりません!!!」
「⋯⋯ツミキちゃんの食レポ聞いてたら元気出て来たわ。俺もいただきま〜すっ!」
私の食レポに続いて、モクレン様も蟹を召し上がった。
モクレン様に隠れるように、レンゲ様はそっとネギをちまちま口にする。
そんな私達を見てサラサ先輩は微笑むと、
「皆の緊張も茹で蟹のように解れたところで、昨日出た魔獣の正体にまつわる、この国の創生伝説を伝えてやろうかの」
と、ここへ着た目的を思い出させてくれた。
「確か⋯⋯サラサ先輩はあの魔獣を『混沌の神』と呼んでいましたね。⋯⋯混沌⋯⋯とは、一体何なのですか?」
残った蟹の爪を捨て皿に乗せたあと、サラサ先輩の方を向いて質問した。
サラサ先輩はガンショウ殿に取り分けてもらった蟹を食べている途中だったのか、むぐむぐと咀嚼している。
そんなサラサ先輩に変わって、ガンショウ殿が答えてくれた。
「混沌ってのは、プルトハデス国の大地が生まれる前、この空間に満ちていた海のようなもんだ。⋯⋯そこには、名状しがたい生き物がうようよいてな。その生き物は今で言う、神だったのかもしれねえ」
「名状しがたい⋯⋯神ですか」
「ああ。そんな神が漂う混沌に、天上から女神プルートが神剣プルトハデスを片手に舞い降りた。⋯⋯そこで、女神と混沌の神による戦いが起きた」
神剣プルトハデスとガンショウ殿が言った瞬間、モクレン様が
「神剣プルトハデス。うちの国に伝わる伝説の剣ですよね、それ。その剣は代々の教皇王に受け継がれてますけど⋯⋯陛下は剣を持てる状態ではないので、今は兄貴が持ってるかと思います」
と付け足して下さった。
その言葉に、ガンショウ殿は「ああ」と答えると、静かにお茶を飲んで話を続けようとしたが、サラサ先輩に「お主も蟹を食え」と蟹しゃぶを取り分けられたので、そちらをお召し上がりになった。
それに伴い、今度はサラサ先輩が語ってくれたのだ。
「天上からカチコミに来た女神プルートは、混沌の神とバチボコに殺り合い、勝利した。激しい戦いで混沌の海は干上がり、女神プルートも疲弊した。そこで、女神プルートは干上がった海より出し大地の最奥に立つと、天を仰ぐように祈りを捧げ続けた」
サラサ先輩の話に、レンゲ様は「女神が現れて海が干上がって大地が生まれた⋯⋯か。それって、太陽が生まれたっていうメタファー的なアレなのかな」と、神話を現代的な切り口で咀嚼している。
そんなレンゲ様へ、サラサ先輩は「人の子は面白い解釈をするのう」と笑って、話を続けた。
「大地の最奥にて天へ祈りを捧げ続けた女神プルートの足元には、いつしか生命が生まれた。その生命は大地に根を張り、葉を繁らせ、花を咲かせ、枝を伸ばし女神プルートを包みこんだ。⋯⋯そうして生まれたのが、根源の大樹じゃ」
「!? 根源の大樹とは⋯⋯女神プルートそのものだったのですか!?」
「ああ、そうじゃ。これが、この国の創生伝説である。女神プルートは根源の大樹へ姿を変え、植物や魚介や獣と言った生命を生み出した。⋯⋯そして、自身の枝葉に咲かせた花から、女神と同じ耳の長き赤子が生まれ落ちた。⋯⋯これが、ハイエルフじゃ」
サラサ先輩はお茶を少し飲んでから、語りを続ける。
「ちなみに、今元気にしておるハイエルフは戦後生まれ⋯⋯つまり、枯れ腐った根源の大樹が力を振り絞って咲かせた花から生まれておっての。その最後が、わらわじゃ」
「サラサ先輩⋯⋯」
枯れ腐った根源の大樹が最後の力を振り絞って咲かせた花から生まれたのがサラサ先輩なら、先輩以降のハイエルフは途絶えたということだろうか。
サラサ先輩は奇跡の子と呼んでも過言は無いだろう。
「そんでな、根源の大樹の花から生まれ落ちたハイエルフの中には、耳が長いことこそ同じであるが、わらわ達ほど長生き出来ぬ短命の個体が現れたのじゃ。⋯⋯それが、エルフである」
サラサ先輩は「ま、短命とは言え人の子らよりはアホほど長生きじゃけどな」と付け足して、話を続ける。
「エルフはハイエルフには無い繁殖本能を持っておった。短命故に仲間を増やそうとする生き物の本能なのかのう。⋯⋯命が短い個体故に、生への執着と言ったものがエルフにはあった。⋯⋯それ故、エルフの男女は結び付き、数を増やしていったのじゃ」
そう話すサラサ先輩に、レンゲ様は
「確かに、動物でも食物連鎖の下に位置する生き物ほどたくさん繁殖するもんね。草食獣のウサギとか田舎のヤンキー夫婦とか」
と学術的な見解を述べる。
「レンゲがおると話が早くて助かるぞ。⋯⋯んでな、わらわ達の長命を引き継げなかった弱個体であるエルフは、生き残ることへの本能から生殖活動によって個体数を産み増やしていった。⋯⋯すると、今度はもっと弱い個体が生まれてきた」
「もっと弱い個体⋯⋯ですか?」
「ああ。⋯⋯魔法の力を持つものの、その生命は良くて百年、最低でも七十年くらいしか保たぬ、泡沫の如き最弱の個体。⋯⋯それが、耳が丸く欠けし人の子。⋯⋯今で言うプルトハデス人じゃ」
「耳が丸く欠けし⋯⋯人の子⋯⋯」
ふと、自分の耳を触った。
自分達の耳が丸いのは当然だと思っていた。
寧ろ、エルフやハイエルフの尖った長い耳が珍しいと思っていた。
だが、エルフやハイエルフからしたら、私達の丸い耳は、欠けた耳と言う認識だったのだろう。
不思議な話である。
そんな私を見ながら、サラサ先輩は「丸い耳も可愛いからわらわは好きじゃぞ」と微笑んだ。
「人の子はあまりに短命じゃ。その短命が生存本能に火を付けたのか、エルフ以上に繁殖への欲求が強かった。⋯⋯そして、短命の個体故に、より早く田畑を耕し実りを得る必要があった。⋯⋯じゃから、人の子は生き残るために知恵を働かせた。⋯⋯それが、魔法科学文明の始まりじゃ」
サラサ先輩の話に、レンゲ様はピアスだらけの丸い耳を触りながら
「確かに、生き物としてすぐ死ぬ宿命を背負ってるなら、本能的に早い結果を求めて生存戦略を図ろうと思われ」
と正座から足を崩した。
そんなレンゲ様に、サラサ先輩は「足痺れたら遠慮無く伸ばすのじゃぞ」と言うのだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「耳長えだけの反社かよ!?」
「蟹食いてえ~~~~」と
思って頂けましたら、下記の星☆☆☆☆☆から★★★★★5評価を入れてくださると嬉しいです!(私のモチベーションが上がります!)
ブクマとべた褒めレビューとご感想もお待ちしておりますぞ!
それでは、何卒宜しくお願い致します~!!!




