54・ツミキ、ついにキレる!
「それでは執行いたします。⋯⋯まずは、脚から」
四肢を切断するには、骨に阻まれる脚より関節を狙った方が容易い。
幸いなことに、この金属と肉の蜘蛛にも関節はあったので、まずはそこから攻めていこう。
私は瓦礫を足場に高所へ飛び上がり落下の勢いを付けて、金属と肉塊の蜘蛛の脚を切除するべく大鎌を振り抜いた!
「切除致しますッ!!!!!」
一本の目の脚を斬り捨てると、金属と肉塊の蜘蛛はバランスを欠いてその場に倒れる。
しかし、相手は痛覚が無いのか悲鳴もあげず、最初と変わらぬ様子で金属を擦り合わせたような鳴き声をあげ、二本の脚を横へ伸ばし回り始めた。
「まるで、蓄音機がレコードを回すようですね」
金属と肉塊の蜘蛛は近場の瓦礫を巻き込みながら脚を振り回すため、あちこちに瓦礫が飛んでしまい、無事だった建物も瓦礫に激突され倒壊してしまう。
これは防御なのか、それとも攻撃なのか?
この魔獣は一体何がしたいのか?
それとも、ただスピーカーとして稼働していた名残り動いているだけなのか?
分からない事だらけであるが、こちらに敵意が無い事だけは理解出来る。
「体が大きいだけなら、殺ることは変わりません」
崩れた建物を飛び移り、タイミングを見計らって跳躍。
回転する脚の関節を大鎌で斬り、二本切除に成功。
脚が一本となりもう動けない金属と肉塊の蜘蛛は、私に復讐心を燃やすこともせず、ただ不気味な女声による音声を流し続けていた。その姿はまさに音響機械だ。
あとは本体を解体せねば。
巨大な目玉の如きスピーカーを含む丸い肉塊と相対し、大鎌を縦に振るい一刀両断。
すると、スピーカーは火花を散らして真っ二つとなり、あのテンポが微妙にズレた音声と切り貼りしたような女声はブツブツと途切れ途切れになった。
真っ二つとなったスピーカーの境目に大鎌の刃を差し込み、引きずり出す。
肉塊から赤黒い毒の血が噴き出すが、私に毒は無効である。
スピーカーを穿り出すと、その中身はまるで体内を守るかのようにコードがうねうねと蠢いていたので、大鎌で袈裟切りし真っ二つにした。
「⋯⋯ふぅ。毒の気配も消えましたね。これならヒーラー隊に浄化をお願い出来ます」
一息付いたあと、纏わりつく血を払う。
辺り一面に嗅ぎ慣れた血の匂いと、金属の匂いが蔓延する。
魔獣が第二形態を発揮し襲いかかってこないかと警戒し素早く背後へ身体を向けるが、そこにあったのは崩れた金属と千切れたコードとドロドロに蕩けた血と肉の塊が散乱しているだけだった。
「しかし、この名状しがたい魔獣は何だったのでしょう。⋯⋯サラサ先輩が何か知ってるようでしたけど」
そう呟いたとき、視界に自分の姿が映っていることに気づく。あれは、倒壊したドレス屋の鏡だろう。
洒落た金細工に縁取られた鏡が、私の姿を写していた。
レンゲ様が仕立ててくださったアンティークドレスは血に染まり、いつの間にか解けた髪には血の塊がこびり付いている。
こうして見ると、やはり自分は魔獣を殺すために生まれたのだと改めて思い知らされた。
「! ⋯⋯花が⋯⋯」
モクレン様が髪に差してくださった花は、どこかへ消えてしまった。
そう気付くと、胸の内に寒々しい風が吹き抜けたような感覚を覚えた。
そんな時である。
「ひ、ひぃっ⋯⋯七号⋯⋯きったなっ!! キモッ!!! あんたやっぱり化物じゃん!!!! うっわ!!!」
真っ白いドレスを着たカルミア様が、同じく真っ白の騎士服を着た聖騎士団を引き連れ、この場へやって来たのだ。
その隣には、黒い騎士服を着たロスベール公爵がいる。
魔獣の死骸を浄化しに来てくださったのだろう。
そう思い、この場から下がろうとしたら。
なんと、カルミア様は血相を変えてこちらに駆け寄って来たではないか。
「誰も死んでないよねぇッッッ!!?」
「⋯⋯はい?」
「ねえ、誰か死んだ? 死んでないよね? 大丈夫だよね?」
「人々の避難は全て終わっております。また、この大通り一帯の建物は商業施設であり、全て結婚パレードによって閉店となっておりました。故に、建物は無人であるため倒壊によって死傷した人はいないかと推測」
「ほんと!!? あーーーー良かったぁ! 誰も死んでなくて、ほんとよかったぁ♡」
「⋯⋯よかった⋯⋯ですか?」
カルミア様は
「誰も死んでなくて良かったぁあ♡」
とロスベール公爵に抱き着いた。
ロスベール公爵は
「お前の美しい心による祈りが民を護ったのだ。さすが浄化の聖女だ」
と答え、周りの聖騎士団も
「さすがカルミア姫!! 姫の美しい心が国を護ったのですね!」
「それに引き換え相変わらずきったねえな七号!! 血生臭さいんだよ失せろ!!!」
とそれぞれ声を上げている。
「良かった、のですか? これが? ⋯⋯この、状況が?」
周囲は瓦礫と火の海に包まれている。
大通り中の商業施設が壊れたと言うことは、そこで働く人々の仕事は無くなり、売り物は破壊され、多額の負債が発生したということ。
これが、良いことなのか?
分からない。私には何も分からないが、一つだけ⋯⋯確信を持って言えることがある。
私はこの方々に、思いの丈を怒鳴り
「今この町は壊れていますッッッ!!!!!」
思考よりも先に怒鳴り声が出た。
カルミア様も聖騎士団も、まるで突然魔獣が出現し硬直した人々のような顔をして私を見ている。
「この町が壊れ、人々の生活が破壊されたことが良いことなのですか!!?? ここで働く人々の生活はどうなるのです!!??」
怒鳴り付ける私の前に、顔を歪めた聖騎士団が剣を片手に近付いてきた。
「クソ七号!!!! 罪深きユーフォルビア一族のくせにカルミア姫に喧嘩売ってんじゃねえよ!!!」
ユーフォルビア一族の分際でと言われても、私の湧き上がる激情が止まることは無かった。
胸が激しく鼓動し、拳が震える。
言葉の濁流は止まることなく怒鳴り声と共に吐き出された。
「貴方達聖騎士団も!!! カルミア様を避難させるために人々を押し退け、我先にと逃げるお姿はとても立派でございました!!! どうぞそのままお姫を連れてこの世の果てまでお逃げくださいませ!!!」
「テメ、ざけんじゃねえぞコラァッ!!!」
「ふざけているのは貴方達だ!!!!」
聖騎士が私に向かって剣を振り下ろしたので、それを鷲掴みした。
聖騎士団が扱う直剣は斬るのでなく砕くものなので、この程度の力で振り下ろされても直剣を握る私の皮膚が裂けることは無い。
そのまま握り締めたら剣が砕けたので、それを地面に打ち捨てると、聖騎士は腰を抜かして崩れ落ちた。
周りの聖騎士も「コイツこそ魔獣じゃねえか⋯⋯」と声を漏らし、私から離れてゆく。
そんな彼らに視線を流すと、ふと先程の鏡が目に入った。
怒鳴った名残が残る険しい顔をした私はまるで、私にいつも怒鳴っていたロスベール公爵と同じような顔をしていたのだ。
怒鳴ると言う行為は、意外と疲れるものである。
こんな疲れることを、ロスベール公爵はいつもしていたのか。
不敬ながらも愚かであると思ったその時。
「ツミキちゃんッッッ!!!!」
「ツミキ氏ーーーーー!!!!」
「ツミキ!!! 無事かーーーッ!?」
モクレン様とレンゲ様とサラサ先輩と、まるで『王都に観光に来た農民』と言った装いのマグノリア騎士団の皆様が、こちらへ駆け付けて来たのだった。
そして、その背後には、花売りの少女や避難誘導を買って出た方々に、元気そうな人々が続いている。
その瞬間、カルミア様は
「モクレン様!!! レンゲ様!! みんな無事だったんだねっ!! あたし、みんなの無事を祈ってたのっ!」
と両手を組み、涙目でそう叫んだ⋯⋯が。
「祈って魔獣が死ぬなら俺だって祈り続けるわ」
モクレン様がポケットから取り出したハンカチで私にこびり付いた血を拭いながら、カルミア様へ冷たい声で吐き捨てた。
そんなモクレン様に対し、片手でカルミア様を庇うように抱きしめるロスベール公爵が、眉間と鼻の上に皺を寄せて怒鳴り返す。
「この国を救う浄化の聖女カルミアに不敬であるぞモクリエールアレン!!! それに貴様はこの非常事態に付け込んでマグノリア騎士団をこの王都に呼び寄せた!! 侵略の罪で投獄してくれる!!」
確かに、他人が治める領地に自分の騎士団を大量に連れてくるのは侵略の罪に問われる。
だが、モクレン様は肩をすくめて答えたのだった。
「嫌だなぁ、この人達はただ『結婚パレードを見に来た【観光客】』ですって。今日は慰問旅行でしてね。ほらみんな挨拶して〜」
モクレン様が『観光客風の格好』をしたマグノリア騎士団に声を掛けると、
「王都ってのはやっぱでっけえなー! あとで土産っこさ買って帰っペー」
と彼らはわざとらしいほどの田舎の訛りを話してみせた。
まさに、田舎から王都に来た観光客である。
しかも、彼らは武器を手にしていない。
モクレン様は
「今から一人ひとりこの田舎モンの観光客を取り調べますぅ〜? この訛りは通訳がいなきゃ厳しいっすよ〜? ⋯⋯そんな事せず、『ロスベール様は偶然観光に来てたマグノリア騎士団の力を借りて状況の鎮静に当たった』方が、人聞きは良いんじゃないっすかね〜?」
とニヤリと笑う。
モクレン様は、マグノリア騎士団を呼び寄せたことでロスベール公爵が『侵略罪だ!』と言うのも先読みしていた。
状況的には、カルミア様を優先する聖騎士団よりマグノリア騎士団の方が人の役に立つと思っての行動であるが、法律上はロスベール公爵の言い分が正しい。
それを回避するため、モクレン様はさっき私に
『【田舎モン丸出しのマグノリア騎士団が丸腰で王都に観光来た】体でゴリ押しすれば、ギリ法を掻い潜れて、後々の問題はこれで回避出来るから』
と教えてくださったのだ。
あの非常事態の中、この判断が咄嗟に出来るモクレン様の精神力と柔軟性には感服するしかない。
一方、カルミア様は「えーと、あの」と声を震わせ、目を泳がせ笑った口角をひくひくさせている。
そんなカルミア様へ、サラサ先輩が子供を寝かし付けるような声で言うのだった。
「カルミア嬢ちゃんよ。⋯⋯お主にとっての聖女とは、一体何じゃ?」
「は? 聖女ってのは回復魔法や浄化魔法や結界を張るのが得意な女の人のことでしょ? それが何?」
サラサ先輩の質問に、カルミア様は得意気に答えた。
一方、サラサ先輩は子供に語りかけるようにゆっくりと話すのだった。
「エルフの童話にこんな話があっての。主人公の聖女はある日、間抜けな王子のせいで国を追放されてしまう。じゃが、聖女は追放先でも人を護るために真っ直ぐ生きたのじゃ。そして、聖女は自分が追い出されたせいで魔族に支配された祖国すらも救おうとするのじゃよ。その姿はまさに、真の聖女と呼ぶべきじゃろう」
「ふーん。だから?」
「⋯⋯聖女というのは、特別な力を持つからとか、神や国に選ばれたからなどではない。⋯⋯誰かを助けようとする献身の心を持ち、勇敢に現実と戦う女性を、人は聖女と呼ぶのではないのか?」
サラサ先輩がそう語った瞬間。
「そうだそうだ! 何が浄化の聖女だこのクソ女!!!」
なんと、人々が一気にカルミア様へ怒鳴り出したではないか!!!
しかも。
「騎士連れて真っ先に逃げたお前より、俺達の為に闘ってくれたツミキさんの方がよっぽど聖女じゃねえかよ!!!!」
なんと。
プルトハデス国民が、ユーフォルビア一族の私を聖女と呼んだではないか。
何が起こったのか全く分からず、私はただ
「恐れ入ります」
とだけ返したのだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「ついにキレたなツミキ!!!」
「カルミアざまぁ!!」と
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