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4・騎士団長モクレン

モクレン様を引きずりながら南へしばらく歩いたあと。

彼の言う通り、テントが多数張られた騎士達の野営地があったので、そこへ向かって



「すみません! 副団長のレンゲクン様はいらっしゃいますか!!」



と声を張り上げた。



すると、細身な男性が奥のテントから血相を変えて飛び出して来たではないか。


鋭い目の縁に桃色の化粧をしている男性は、ところどころ淡い空色をした青い髪を変わった形に結っていたり、丸く小さな黒色のメガネを鼻の上に掛けていたりと、随分個性的な格好をしている。


白い花の模様が描かれたぶかぶかの青い服を着ており、袖が長過ぎるせいで手が見えない。


しかも、ずり落ちた上着から覗く肩から胸にかけて、黒い線で描かれた花の入れ墨が入っていた。



そんな格好をした男性は、



「モクレン氏!? 良かった生きてた死んでない⋯⋯っ!」



とモクレン様を見るなりへなへなと座り込んでしまう。


よほど、モクレン様のことが心配だったのだろう。




「……貴方が、副団長のレンゲクン様ですか?」


「うん。ボクがそのレンゲくん⋯⋯って、自己紹介してる場合じゃないね。すぐにモクレン氏を救護テントに運ばなきゃ」



レンゲクン様はそう仰ったあと、応援を数名呼んでから、駆け付けていた騎士達と一緒にモクレン様を担いで救護テントへ向かわれた。




◇◇◇




救護テントに着き、モクレン様を簡易ベッドに寝かせたあと、カンテラ型魔道具を点灯させたレンゲクン様へ、私はモクレン様からの伝言をお伝えした。




「レンゲクン様。モクレン様からの伝言です。ホオノキと言う御婦人をお連れして欲しいとのことでした」


「りょ。ではちょっと失礼して……」




レンゲクン様は青色の上着のポケットから、手の平から少しはみ出す程度の大きさをした分厚い金属製の板を取り出した。


その板は、レンゲクン様が側面の何かを押した瞬間、黒い面が発光しだす。



変わった魔道具だなと思っていると、なんと彼は面が光る謎の板を耳に当て、何者かと会話し始めたではないか。

これも、魔法科学が成せる技なのか。




「ホオノキ氏〜。ボク、レンゲ。モクレン氏がヤバいので可及的速やかに来て欲しいです。命に別状は無い系ですが、この怪我だとホオノキ氏じゃないと無理ゲーだと思われ」



と独り言を言い始めた。

彼の言う言葉も魔道具も謎めいている。




◇◇◇




それから、レンゲクン様は



「ボクは魔獣から避難した住民がいる現場の指揮を取ってくるから、キミは取り敢えずここにいてくれる? バタついててごめんだけど」



と仰ると、どこかへ行ってしまった。



私はベッドに寝かされたモクレン様の傍に立つ。

椅子はあるが、ユーフォルビアの一族はプルトハデス人の前で座ってはならないと言われているため、立ち続ける。



それからしばらくした後に、ホオノキ様と思われる華奢で長身の御婦人が馬車で駆け付けて来られた。




「モクレンさん! すぐに治しますからね!」




血相を変えられたホオノキ様は、ベットに寝かせられたモクレン様へ回復魔法のヒールをかけて、大怪我を一瞬で治したのだった。




「ぅ……」




モクレン様は微かにうめき声をあげたあと、紫と桃色が混ざった目を覚まし、ベッドから起き上がる。


サイドテーブルに置かれたカンテラに照らされたモクレン様のお顔立ちは、かつて絵本で見た王子様に似ていた。


ふわふわした髪は星を溶かしたような白金はっきん色をしており、彼の曲線的な目鼻立ちと合っている。


心無き私に顔の美醜を判別する能力は無いが、絵本で見た王子様と似ているモクレン様は、きっと美青年と称される人物なのだろうと思う。



そんなモクレン様は、う〜んと背伸びをされてから口を開いた。




「あ〜……死ぬかと思った……。讃美歌と一緒に走馬灯が流れたわ」




モクレン様の顔色は、大量の血を失ったせいで青白い。


このまま倒れやしないかと彼の動きを観察していると、モクレン様はホオノキ様と私を見ながら軽い調子で話し始めた。




「死毒の森から魔獣が畑目当てで降りてきてさ。こんなんいつものことだし何とかなるんじゃね? って思ってたら、やけにバカ強えのが団体様で来やがって。住民と負傷した仲間を逃がしながら殿しんがり務めてたらこのザマよ」




砕けた口調で事情をお話されたモクレン様につられ、私は思わずお声をかけてしまった。




「モクレン様、ご気分の方はいかがですか?」




いけない。

罪深きユーフォルビア一族の者が、気安く他者に話しかけるなどあってはならない。



物か叱責か唾が飛んでくるかと身構えたが、モクレン様の反応は真逆のものだった。




「平気平気。婆ちゃんのヒールで全快よ。さすがは先代の浄化の聖女だわな」


「……!?」


「……ど、どした? もしかして俺、なんかヤバいこと言った……?」




モクレン様の軽い反応に驚き、一瞬思考停止してしまう。


そして、ホオノキ様が先代の浄化の聖女様と知って、また驚いた。




「先代の……浄化の聖女様……ですか?」


「そうだよ〜。んで、今はプルトハデス教の大聖堂でシスター兼教師やってんの。歳のせいで結界張る体力は無いけど、回復魔法や浄化魔法は現役バリバリだよ」




モクレン様がそうご紹介くださると、ホオノキ様は



「孫の命を救って頂き、誠にありがとうございます。わたくしはホオノキ。どうか、お見知り置きを」



と、柔らかい声ご挨拶をくださった。


ホオノキ様の白髪と白金はっきん色の髪が混ざった長い御髪は、部屋の照明を浴びて光り輝いている。

それに、ホオノキ様の紫色の瞳はモクレン様とそっくりだ。さすが、祖母と孫だ。



そんなホオノキ様は、モクレン様へ



「ところでモクレンさん。貴方、こちらのお嬢様にきちんとお礼は申し上げたの?」



と私へ向ける優しい声とは違う、凛とした声を出されたのだ。


恐らく、この凛とした声音が本来のホオノキ様の声なのだろう。


初対面の私を気遣ってくださったのか?


それなら、ホオノキ様は、私が罪深きユーフォルビア一族の七号と存じ上げないのか?


ならば、速やかにお伝えしなければならない。




「私は罪深きユーフォルビア一族の七号です。お気遣いやお礼を頂く身ではございません。それでは、失礼いたします」




私はこの場から去ろうと皆様に背を向け歩き出す。


すると、手首に皮膚の感触と体温を感じた。




「ぇ」




咄嗟に振り向くと、モクレン様はベッドから身を乗り出し、もう少しで転げ落ちそうなほど前のめりになって、私の手首を掴んでいた。


何故。どうして。わけがわからない。


見るだけで目が腐ると言われた私に触れる人が、この世にいるというのか。


私は罪深きユーフォルビア一族の七号。


人以下の存在であるのに。




「……モクレン様。あの、これは……一体」


「ごめん、初対面の女の子の手首を掴むとかヤベェってわかってんだけどさ。でも、俺は君にどっか行って欲しくないんよ。……つ〜か俺、死にかけてて頭回ってなくてさ、言うの遅くなってごめんなんだけど、聞いてくれる?」


「なんでしょう?」




モクレン様は私をじっと見ている。


汚らわしいユーフォルビア一族の七号である私を、モクレン様は紫色の瞳で見つめてくる。


私に触れて、私をじっと見てくるなんて。


モクレン様のことが、何一つわからない。



そんなモクレン様は、夜明けの空のような紫色の瞳を細めて、柔らかく微笑んだ。




「助けてくれて、ありがとう」


「…………何故ですか?」


「え? そう来る?」




私が何故ですか? と聞くと、モクレン様は気の抜けたような声を出して目を丸くした。




「私は、このプルトハデス国が死毒の森に食い尽くされる元凶となった、狂戦士ユーフォルビアの一族です。モクレン様を始め、プルトハデス人をお救いするのは当然のことであり、感謝を頂く立場ではありません。王都では、このようなことは日常茶飯事でした」




私達ユーフォルビア一族がプルトハデス人を救うのは当たり前のことである。


王都では、魔獣が襲来した時以外にも、火災などが発生した時は率先して救助活動に当たっていた。

心無きユーフォルビア一族の我々は、恐怖心が無いため火事の中でも迷わず突入出来るのが強みである。

その際、救助した少年に『お姉さんは火が怖くないの?』と聞かれた事があったと思い出した。



そんな王都での記憶を振り返っていた私は、モクレン様の声で今に引き戻される。




「ごめん、俺ド田舎のマグノリア育ちでさ。王都の詳しいことは良くわかんないんだけど、命救われたらありがとうつってお礼すんのが人の道だって婆ちゃんに習ってんの。だから、何度だって言うよ。ありがとうね」


「……人の……道……ですか。それは……一体どういう路地なのでしょう?」


「え、路地!? ……う〜ん……これはあくまで比喩って奴で、……えっと……取り敢えず……道徳とか倫理? 人として生きる最低限の規則ってやつ? 俺、家庭科以外の勉強は得意じゃなくてあんま上手く言えないんだけどさ……あ〜どう言や伝わるかな」




モクレン様は眉間にシワを寄せて天井を見上げた。


その間もずっと、私の手首を握ったままだ。


手首に伝わるモクレン様の体温と手の平の感触は優しく、そして暖かい。


初めて触れた人の手は、とても暖かいものだった。




「人の道ってのは、例えば……パンが傷んでこりゃ食えねえなってなっても、それを踏み潰したりとかは出来ないじゃん。……それに、熱心なプルトハデス教の信者じゃなくても、道端にある小さな女神像を蹴れるかつったらそうじゃねえでしょ? そんな感じかな」


「なるほど……。つまり、集団で生きることを余儀なくされる人族が安全に暮らすため、治安維持を目的とした共通の認識が人の道……と言う解釈でお間違いありませんか?」


「あ〜そんな感じそんな感じ。要は、ヤベェやつ奴が身近にいたら超危険じゃん。そんな奴がいる町なんか、安心して暮らせないからさ。だから、皆でこれは最低限守ろうぜって決めた暗黙のルール的なアレよ」


「かしこまりました」




人の道、と言う曖昧で定義し辛い比喩を、モクレン様は短時間で私にご説明下さった。



その瞬間、ロスベール公爵に言葉の意味を尋ねたときを思い出す。

言葉の意味を聞かれたロスベール公爵は『貴様如きが私の話を遮るな』と怒っていた。


ロスベール公爵はいつも怒っていたと思い出した瞬間。



そう言えば、私はロスベール公爵に命じられ、彼の弟君であるモクリエールアレン様に嫁ぐべく、このマグノリア地方へと来たことを思い出す。




「皆様、お尋ねしたいことがございます。ロスベール公爵の弟君であるモクリエールアレン様の居場所をご存知の方はいらっしゃいますか?」


「はいは〜い! それ、俺」


「……ぇ?」




モクレン様は、人差し指で自身を差して、言葉を続けられた。




「俺が、そのモクリエールアレン・ポーラリス。よろしくね」





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