3・謎の青年との出会い
ロスベール公爵から婚約破棄をされた、翌日の昼。
私はカルミア様のご両親に命じられた掃除を終えてから、ペールカルム伯爵家の屋敷を出た。
そして、新たな嫁ぎ先であるモクリエールアレン様に会うため、西の最果て――マグノリア地方を目指して旅立ったのだった。
◇◇◇
王都を北に抜けたあと、ユーフォルビア一族が死毒の森を狩ることで奪還した平原を進む。
その平原には死毒の森よりやって来る魔獣を食い止めるため建てられた防御壁がいくつもあるが、どれもろくな修繕もされずにヒビ割れていた。
この壁についてロスベール公爵は、百年間これが陽の目をみたことは無く、例え魔獣が侵入しようとしてもカルミア様の結界があれば問題は無いと言い、修繕費を全て彼女の活動費に宛てたのだ。
確かに、どれだけ堅牢な壁を建築しても、カルミア様の結界には叶わないだろう。
それならば、彼女の力を増幅させるために税を使った方が効率的だ。
ロスベール公爵は幼い頃より神童と称えられ、目にした書物は全て写真の様に記憶出来る傑物である。
試験の点数は常に満点で、大学も首席で合格するほどの頭脳を持っていたから。
「⋯⋯そんなロスベール公爵が言うのです。防御壁も私も、無駄な存在なのでしょう」
独り言を呟いてから、さらに進んで北東にある山を目印にしながら平原を進み林へ入ると、徐々に木々の本数は増えていき、いつしか森に入っていた。
死毒の森を囲む様に、健康な青々しい森が生い茂っているのだ。
もしかしたら、この森に古来より国を護ってきたエルフ族がいるのかも知れない。
だが、ロスベール公爵が死毒の森を燃やし、そこから発生した火の粉と灰で健康な森が死滅するのも時間の問題だろう。
「森に生きるエルフ族よ……もし本当にいらっしゃるなら、お逃げ頂いた方がよろしいかと」
そう呟いたあと、苔泥のような色をした樹海に足を踏み入れ暫く進む。
すると、毒に穢され赤や紫や青と言った奇妙な色に変色した木々が鬱然とする領域に出た。
これが、死毒の森である。
この森を進みながら、西のマグノリア地方を目指した。
◇◇◇
マグノリア地方へ向かうための荷物は特に無いので、とても身軽で動きやすい。
本来なら、旅路には魔法科学の産物であるランプや旅道具などいった魔道具が必須だ。
魔法科学文明のお蔭で、毒に汚染され魔獣が蔓延るこの国でも、プルトハデス人は安全に暮らせる。
だが、私はカルミア様のご両親であるペールカルム伯爵に命じられ離れの馬小屋で寝起きしているため、魔道具を使用したことは一度も無い。
それ故、魔道具無しの旅路が過酷ということもない。
しかも、死毒の森の深くに入れば、我々ユーフォルビアの一族でないと肺が腐るほど空気が毒で汚染されているため、賊などは一切表れないのだ。
これほど安全な旅路は無い。
死毒の森の奥には、光り輝く青色の巨大な草や赤黒い木々が空を覆うように生えており、地面には白い草と血のように赤い花が群生していた。
「プルトハデス国から死毒の森が消える日は、本当に来るのでしょうか」
私は毒に染まって血のように赤い色をした雑草を見ながら、このプルトハデス国の歴史を思い出す。
百年前、プルトハデス国と隣国――聖ペルセフォネ王国との間に大戦が勃発した。
結果、大戦はプルトハデス国の敗北に終わり、残ったのは国土を食い荒らす死毒の森だけという最悪の結末となった。
国民達は、ただでさえ敗戦の傷が癒えないと言うのに、死毒の森という理不尽を前に怯えて暮らす事を強いられる。
そんな国民の心は、困窮する民を放置し王族貴族を優先した王家より、いかなる時も民に寄り添い救護や炊き出しや孤児の世話などをしたプルトハデス教に寄せられたのは、言うまでも無いだろう。
結果、民の反逆を恐れた国王は、支持率目当てで国中から愛されるプルトハデス教の教皇の娘を王妃に迎えたのだ。
以後、この国の国王が教皇王と呼ばれ始めたことから、王家は完全にプルトハデス教に吸収されたと言えよう。
簡単に言うと、人気と権力が結び付いた結果が、今のプルトハデス国だ。
そして、国一番の人気者である『次期教皇王』のロスベール公爵とその婚約者カルミア様こそ、最高の権力者である。
そんなお二人がいるのなら、この国は安泰なのだろうと思った。
◇◇◇
日を跨いですぐの深夜。
旅路は順調で、明日の朝にはマグノリア地方に着けると予想出来たため、火を起こしてから近くの川で獲った魚を焼いて食し、寝床となりそうな樹木の根本で座りながら眠ることにする。
久しぶりに満腹感を覚えた。
ロスベール公爵から婚約破棄されペールカルム伯爵家を追い出されたことで、家事をする時間が無くなり、ゆっくりと食事を摂ることが出来た。
出来れば、モクリエールアレン様の元へ嫁いでも、食事にだけは困らないことを祈るばかりだ。
「モクリエールアレン様……白豚、と呼ばれるからには、白くて筋骨隆々としているのでしょうか」
豚の体は九割が筋肉で構成されており、体脂肪は一割にも満たない。それに、足は早く力も強い生き物である。
さすがは最強の騎士と称されるロスベール公爵の弟君だ。
……いや、確か人に豚と言う形容詞を当てはめるのは、侮辱的発言だったような。
人との意思疎通は、心無き私にはとても困難である。
そんなことを考えていると。
「…………魔獣の、気配」
ここから西。
そして南に下がった死毒の森入り口付近に、魔獣の気配を三体ほど察知。
しかも、魔獣は三体とも怒り狂っているような、そんな騒がしい気配である。
ここまで騒がしいとなると、もしや何者かと交戦しているのではと推測出来た。
魔獣は同士討ちをしない。
ならば、相手は人だろうか。
「……」
私は右手を虚空に向かって突き出す。
すると、足元から浮き上がる黒い煙のような靄が右手の前に集まって来た。
その黒い靄は大鎌へと姿を変え、私の手に収まる。
大鎌を生み出す魔術は、罪深き狂戦士ユーフォルビアが心と引き換えに根源の大樹から得た力であると教えられている。
だから、それ以外の魔術は一切使うことが出来ない。
せめて、カルミア様ほどとまでは言わないが、治癒魔法でも使えたら良いのだが。
「……どうか、ご無事で」
程々の重量感のある大鎌を手に取り、私は魔獣の気配を辿って死毒の森を駆け抜けた。
そして、たどり着いた先にいたのは。
「魔獣を三体確認。駆除を――開始」
巨大な猪の魔獣三体を前に、私は跳躍した。
まずは一番近くにいた猪魔獣の首を大鎌で狩るべく、近場の背の高い木々を踏み台にしつつ空へと跳ねる。
その落下速度を活かしたまま身を捩り回転力によって斬撃の威力を増した状態で、猪魔獣の首を目掛けて大鎌を振り下ろし、斬首。
後に、着地。
着地した私目掛けて猪魔獣が牙を剥き突進して来た。
私はその突進が届く寸前、跳躍して手近な木に飛び乗った。
私を狙う猪魔獣は、勢いを制御出来ず木に激突し、牙が木に突き刺さってしまう。
狼魔獣が身動きが取れなくなった瞬間、木から飛び降りその首目掛けて大鎌を振るい、斬首。
あと一匹だ。
私へ突進して来る猪魔獣を狩るべく、突進を避けるため背面に跳躍し、勢いを付けて身を翻しながら落下し――――斬首、し損ねる。
猪魔獣は素早く、私を無視して別の方向へと突進したのだ。
すると、「ぅぐぁぁ゛あ゛ッ!」と男性の悲鳴が背後から聞こえた。
猪魔獣は、私ではなく背後にいたとされる男性を突き殺すのが目的だったと判明。
……あの巨体に突進されては、早く処置をしないと生還は難しいだろう。
可及的速やかに男性を保護し、回復魔法が使えるヒーラーの元へ移送しなければ。
大鎌を構え地面を駆け、跳躍し木々に飛び移りながら、猪魔獣に迫る。
猪魔獣の背を捉えた瞬間、首目掛けて飛び降りた。
身を捻り回転の力を得ながら大鎌を振るい、猪魔獣の斬首に成功。
そして、その亡骸の上へと着地した。
辺り一面には、首を狩った部分から噴き出した血の雨が振る。
そんな血の雨が降る中、猪魔獣に突進された男性を探していた、その時だ。
「……やっべぇ……君、マジ強えな……」
「!」
言葉通り虫の息と言った掠れた声がした。
その声へと振り向き、魔獣の死骸から降りて声の主へと駆け寄る。
声の主は、白金色の髪を持つ白い騎士服を着た男性だった。身長は私よりも随分高く、身体は一見細身に見えるが手足の筋肉は太くしっかりしている。
暗くて顔はよく分からないが、声と言葉遣いからこの男性は若い年代であると予想出来た。
だが、手に持った剣は折れており、血塗れで左腕がだらりとしている。
もしかしたら折れているのでは。
「すぐに民家へとお連れします。しばしご辛抱願えますか」
「……ぁ、ごめ……さっき、腹に……猪の突進……食らって……だから、離れた方が……良い…………ぅ、ぶ……」
男性は、折れた剣をベルトに差し込んだあと、私を遠ざけるよう右手を突き出したあと、片足を引きずりつつよろけながら離れてしまう。
私に背を向けた次の瞬間には、苦しそうなうめき声を上げながら嘔吐されたのだった。
腹にあの突進を食らったのだ。仕方無いだろう。
もしかしたら、突進された際に折れた助骨が体内に刺さっていないだろうか。
それを確認するため、吐瀉物に血が混じっていないか見ようとして近付いたら。
ふらり、と男性は倒れてしまう。
咄嗟に抱きとめたものの、男性は掠れた呼吸をするばかりだ。
「速やかに休息可能な場所へとお連れします。なので、今しばらくご辛抱くださいませ」
ぐったりしている男性の右腕を私の右肩へ回し、左手で彼の腰を固定した。
男性は私よりも体格が良いうえ、重量もある。
しかも片腕が折れて片足も重傷を負っている状態なので、背負うことは不可能だった。
「気をしっかりお持ちください。傷は浅いです。大丈夫ですから」
「……ぁのさ、……こっから結構南に下ったら……野営地に、俺と似た格好した騎士達と……副団長のレンゲくんっていう、青い服着た個性的な男がいるんだわ。……だから、レンゲくんにホオノキって婆さん呼んでって……言ってくれる……?」
男性は、まるで最後の力を振り絞るようにしながら声を出す。
「レンゲクン様に……ホオノキ様ですか? わかりました。……それと、貴方のお名前をお伺い出来ますでしょうか」
「俺は……モクレン。……一応、この地方の騎士団長……やらせてもらってんのよ……。んで、君は……?」
「私は七号。罪深きユーフォルビア一族の七号です」
「……そっか……君が……ユーフォルビアの子か。……つか、……ごめん。俺、さっき吐いて……服、汚れてて……そもそも血塗れだから。……君のことも、汚しちゃった」
「構いません。お気になさらず。寧ろ、あの巨大な魔獣三体を前に、良くご生還されました」
「……そっか……あはは……そりゃ、そうか」
モクレン様は弱りきった声でそう仰ったあと、こう続けられた。
「なんだよ……クソ兄貴……話が違えぞ。……めっちゃ……優しい子じゃん……」
◇◇◇
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「先が気になる!」
「モクレン!? ⋯⋯まさか!」
「ロスベールとカルミアには因果応報を!」と
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