47・憧れは止められねぇ
「モクレン様ッ!! 只今、鮭魔獣を全て駆除致しましたッ!!!」
外交が終わってからの数日後。
朝から昼になる頃だ。
私達とマグノリア騎士団は依頼を受けて、マグノリア地方の西の果てにある漁港へ向い、海から上がってくる鮭魔獣を駆除していた。
どうやら鮭魔獣が襲撃してくる箇所は三箇所あるとのことで、その内の左右をマグノリア騎士団が担当し、最も戦闘が激化するだろう中央を私達が引き受けたのだ。
モクレン様曰く、鮭魔獣は放っておくと漁港を食い荒らし、そこで力を付けてから川を登り死毒の森に棲む羆魔獣を襲撃しようとするらしい。
恐らく、生前に数多くの同胞が羆に食い殺された怨念によるものだろう。
基本的に魔獣同士は相打ちをしないが、中には生前に抱いた食物連鎖の怨念を持ち続ける者もいる。
そんな魔獣の生態を興味深いと研究する学者も大勢いるくらいだ。
ちなみに、私が以前相対した首無し騎兵の魔獣は、学者達によって悪霊魔獣と分類されデュラハンと言う名が付けられたという。
「鮭魔獣⋯⋯実に恐ろしい敵でした。かつて自分達を食い殺した羆に復讐するべく、身体の大きく丈夫な個体を囮にして食い付かせたあと、強い牙を持つ個体が集団で対象に噛み付き、力任せに水の中へ引きずり込むと言う凶悪な戦法は中々厄介でした」
実際、身体の大きな個体を斬首しようとした瞬間、隠れていた大勢の鮭魔獣が一斉に襲いかかって来たのだ。
だが、サラサ先輩の爆音波とレンゲ様が開発した電気網で一網打尽にしつつ、モクレン様が剣で私の補佐に回ってくれたので、鮭魔獣軍団の物量には苦戦したものの、特に怪我無く駆除することが出来た。
そんな私達は、漁師の胴長と長靴を履き、その中にはマグノリア漁港のイメージキャラクターである『イカのすけくん』が印刷された半袖シャツを着ている。
ありがたいことに、このシャツは頂き物だ。
「モクレン様!! レンゲ様!! サラサ先輩!! 皆様どこにおられますか!?」
周囲は大きな鮭魔獣の死骸で溢れかえっており、血と魚と海の匂いに満ちている。
皆がどこにいるかわからず、私は「皆様!! ご無事ですか!!!」と声を張り上げた。
すると。
「ごめん!!! ツミキちゃん今どこにいる!? そこら中、鮭魔獣のデケェ死体だらけでわかんねえのよ!!」
鮭魔獣の山の向こうからモクレン様の声がした。
「みんなどこにいるかわかんねぇし、こうなったら点呼取るぞ点呼〜〜〜〜〜ッ!!!! まずツミキちゃん!!!」
「はい!!!」
モクレン様の点呼に声を張り上げ返事をした。
「よし!! 次はレンゲくん!!!」
「⋯⋯たすけてぇーーーー」
レンゲ様の声は意外にも近くから聞こえてきた。
声がした方向にある鮭魔獣の死骸の山を退かすと、レンゲ様が光無き虚ろな目で空を見ながら
「ボク⋯⋯モクレン氏の副官辞めて、真面目に就活しようかな⋯⋯」
と呟いた。
「モクレン様!! レンゲ様を発見いたしました!!!」
「ありがとう!!! そんじゃ次!!! のじゃ!!!!」
モクレン様がサラサ先輩を呼ぶと、今度はモクレン様の声の方から先輩の
「のじゃーー!!!!」
という叫び声がした。
すると、モクレン様は
「のじゃ!!! 意外と近くにいたんだな!! 今助けるぞ!!!!!」
と叫びながら、サラサ先輩を救出したらしい。
モクレン様の声の方から
「のじゃぁあぁあ⋯⋯綺麗な小川の向こうで古の同胞達が手ぇ振ってたぞ⋯⋯」
とサラサ先輩の疲れ切った声が聞こえてきた。
全員無事だったと一息付いた私は、大漁の鮭魔獣の死骸をどう処理すべきかと考えていた。
◇◇◇
「モクレン様!!! この鮭茶漬けと言うのは空腹だけじゃなく心も癒やされる素晴らしい料理ですね!!! 緑茶の苦みと鮭の塩気と香ばしい旨味が絡み合い、それを優しく包む米の仄かな甘さが堪りません!!! 何杯でも⋯⋯何杯でも食べられます!!!」
「おお〜!! 死闘の後でもツミキちゃんの食レポはキレッキレじゃないの〜!! 鮭茶漬けだけじゃなくて、焼き鮭もあるからどんどん食べなよ〜」
鮭魔獣軍団の荒波を乗り越えたあと。
私達は、マグノリア騎士団と漁港に住む漁師や住民やヒーラー達の力を借りて鮭魔獣の死骸を調べたところ、驚くべきことに鮭魔獣の体内には毒が一切無く、食用可能であると判明したのだ。
大量の鮭魔獣の魚肉は、加工されて牛や豚や馬などの餌となったり、畑の肥料として活用されたり、我々の食事の材料となったりした。
私はそんな鮭魔獣の茶漬けを美味しく頂きながら
「それにしても、鮭魔獣に毒が無くて良かったですね。陸上の魔獣は体内に毒を持っているため食用は不可ですが、海に棲む鮭魔獣には毒が無かったのは驚きでした」
と、誰に向けるでもなく話題を振った。
ちなみに、私達はまだ胴長と長靴とイカのすけくんシャツを着ている。
そんな私達は、四人用の板テーブルを向かい合うように挟んで座り、鮭茶漬けを食べていた。
私の隣に座るサラサ先輩が、鮭茶漬けを食べながら
「海に棲む鮭魔獣だけは毒が無いとは。こう言うご都合主義は大歓迎じゃのう」
と笑っている。
すると、向かいに座るモクレン様は
「いや、ご都合主義じゃないかもよ」
と言って、その真意を解説してくれた。
「フグの卵巣のぬか漬けっていう変わった料理があるんだけどね。でも、フグってすげえ猛毒があんのよ。食ったら百死ぬレベルのね」
「食ったら百死ぬのですか!? そんな魚の卵巣を、何故人はぬか漬けしてまで食べようとしたのですか!?」
「憧れは止められねぇんだって奴じゃない?」
「度し難いですね⋯⋯」
私は人族の食への探究心に思いを馳せ、隣りに座るサラサ先輩は
「モクレンはヤベェ料理作っても『大丈夫!みんなにも振る舞ったさ!』とか言わぬよな? な?」
と、何故かはわからないが怯えていた。
「んで、そんな猛毒を持つフグの卵巣が何故食えるのかって話なんだけど、その理由がこれ!」
モクレン様は板テーブルの隅にある調味料達の中から『塩』を取り出した。
「塩、ですか? それが⋯⋯一体」
「いや〜、正確には『ぬか』も必要なんだけどね。⋯⋯フグの卵巣を塩とぬかで数年間漬け込むと、体内の脂質が分解して水が抜けるんだけど、それと一緒に毒が抜けるって言う仕組みがあるらしいんだ」
「なるほど⋯⋯長年塩に浸かると、毒が抜け出す⋯⋯⋯⋯まさか」
「そう! 鮭魔獣は長年海に浸かってたせいで、海の塩によって毒が抜けていた可能性はあるかなって」
モクレン様の考察は一理ある。
何故なら、プルトハデス国は森も大地も毒で汚染されているが、海が汚染されているとは一度も聞いたことがない。
川の場合、水源が毒に汚染されると水も赤紫に変色するためわかりやすいが、その水の最終地点である海が赤紫に染まっていると聞いたことは一切無いからだ。
海の塩が鮭魔獣を始めとする魚介魔獣の毒を抜いている可能性は、大いにあるだろう。
「海とは⋯⋯偉大なものですね⋯⋯」
「そだね〜。まあ、今日は泊まりだから、好きなだけ海見放題だよ」
「!! では、今日はみんなで旅行ということなのですね!!」
確かに、この漁港はモクレン様の屋敷からすごく遠い。
今から馬車で帰るとなると夜になるだろう。
ならば、ここに泊まった方がゆっくり出来る。
初めての旅行だ。とても嬉しい!
「初めての海に、初めての旅行⋯⋯最上級の嬉しい状態になりました!」
「だよね〜! しかも、今晩は夜祭りもあるんよ。食いモンの屋台とか遊べる屋台とか、そんなんが大通りにズラーッと並んでて、すっごく楽しいから!」
「なんと! 話を聞いただけで、楽しい状態になってきます!! 夜が待ち遠しいくらいです! ソワソワしてしまいます!!」
楽しみ状態。楽しい事が待ち遠しくソワソワする状態を指す。
モクレン様との雑談を楽しみにした時と同じ、心暖かなソワソワ感である。
その一方、右向かいに座るレンゲ様は転職雑誌を片手に
「駄目だ⋯⋯。二十七歳の職歴無し資格無し体力無しなんかどこも雇ってくれない⋯⋯」
と机に突っ伏し、疲れ切った声を出した。
「鮭魔獣⋯⋯確か名前はデスサーモンだっけ? そんなサーモン達を倒す為に走り回って⋯⋯ランしてさあ、こんなサーモンラ」
「レンゲくん、それ以上は駄目だ、言うな」
「ぅう⋯⋯鮭をシバき回るくらいなら就活した方が⋯⋯いや、就活も嫌だ⋯⋯」
どこを目指しても地獄と言ったレンゲ様は、転職雑誌横に置いてから、鮭茶漬けをゆっくり食べている。
「それに、まだツミキ氏のサポートするための雷魔法の応用は出来てないし⋯⋯それに⋯⋯」
レンゲ様はため息を付いて鮭茶漬けを完食したあと、テーブルの中心にある大きな焼き鮭をナイフで少し切り、それを自分の取り皿に載せ、お茶と共に召し上がった。
「むぐ⋯⋯ん、⋯⋯実はさ、この前やったヒーローショーでは、ヒーローバイクも作りたかったんだよね」
しょんぼりした声を出すレンゲ様に、モクレン様が
「ヒーローバイク? ああ、レールガンジャーが乗ってるアレか。確かレンゲくん、レアメタルが出来た時に『ヒーロー漫画に出てくるバイクごた乗りモン』って言ってたもんな」
と言って、鮭の切り身を私とサラサ先輩の分も切り分けてから、ご自身の分を切り分けた。お心遣いが実にありがたい。
モクレン様は焼き鮭を一口食べてから話を続けた。
「雷魔法や魔道具は完全に魔法科学の分野だから、俺にはなんも分からんけど⋯⋯何か必要なら王都にいる新聞社や印刷所に連絡してみるから、何でも言ってよ?」
「うう⋯⋯ありがとうモクレン氏⋯⋯」
落ち込む声を出すレンゲ様に、私も声をかけた。
「レンゲ様、先程は貴方が開発した魚介魔獣に対抗する魔道具『電気網』によって、私は鮭魔獣の集団から護られました。今でもレンゲ様は十分私のサポートをしてくださいますので、お気になさらず」
「ツミキ氏ぃ⋯⋯ありがとね⋯⋯ボクも早く雷魔法を使いこなしてみせるから」
そう答えたレンゲ様に、サラサ先輩が鮭茶漬けを啜ってから続く。
「雷とは神の怒り。炎や水に比べて非常に扱いにくいからのう。ハイエルフでも雷魔法を制御出来る者はオジキくらいしかおらん」
サラサ先輩が珍しくハイエルフらしさを見せた、そんな時だ。
我々が本日泊まる宿の女将さんが、人の良さそうな笑顔を浮かべてこちらへ来たではないか。
「皆様。良かったら、今夜この漁港で夜祭りがあるのですが、良かったら祭り着を着て参加されませんか?」
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
いよいよ第三部!!魔獣も進化しどんどん狂暴化していくなか、色々と真実が明かされていきます。
そして、ツミキにも様々な変化が訪れる……!?
ではでは、ちょっとでも
「面白い!」
「サーモンランやんけ!」
「レンゲくんどんまい」
「度し難いですね……」と
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