46・プルトハデス国の歴史が動いた瞬間(前半ロスベール視点)
「モクリエールアレン、貴様らが開発したレアメタルの利益の九割を、私に献上せよ」
プロメ・ナルテックス達がフォティオン王国に帰国した日の昼。
私――ロスベールはポーラリス公爵家の応接室に愚弟と七号を呼び出し、交渉を持ちかけた。
私の提案に、悔しそうな顔をする愚弟の隣で、七号は静かに座っている。
この佇まいを美しいと評価する声が、王都の人々から上がっていた。
七号は、愚弟には勿体無い女だろう。
それに、愚弟には勿体無いのは七号だけではない。
次々と高性能な魔道具を開発する青髪の男に、絶滅したと言われていたハイエルフ。
こ奴らも、愚弟には過ぎた存在である。
愚弟が外交を行うと聞いて密偵を送り、奴にどんな切り札があるのかと調べさせて正解だった。
愚弟の口八丁は警戒に値する。調べておいて損は無い。我ながら、慎重で賢明であったと言えよう。
「モクリエールアレン、レアメタル開発は実に大義であった。⋯⋯この国の踏み台として、合格であるぞ」
密偵の報告で一際驚いたのは、連中が開発したというレアメタルだ。
魔動結晶と金属を溶かしインゴット状にした物質を使えば、魔道具を組み立てる際に魔動結晶と金属を複雑な仕組みで噛み合わせる必要はなくなる。
そうなれば、工場での生産も可能だ。
あの青髪の設計図を一流の技師たちに改良させ、それを量産し自国や他国へ売れば、プルトハデス国の経済は活性化するだろう。
「モクリエールアレン、レアメタルの利益の九割を私へ献上するのだ。⋯⋯レアメタルの素材となる『魔動結晶は誰のものか?』今一度良く考えるのだ」
「⋯⋯九割、ねえ。⋯⋯そんな無茶苦茶なことしたら、プロメ嬢達にチクっちゃうよ?」
「そうか。ならば、恩情を与えてやる。⋯⋯七割。七割だ。それで、魔動結晶を恵んでやろう」
「⋯⋯わかった。それで良いよ」
交渉の王道は、最初にわざと大げさなことを言ったあと、条件を『本来の狙いにまで』下げ、相手に『それなら良いか』と承諾させることだ。
私は、愚弟のように口八丁と根回しと裏工作で詐欺行為を働くことはしない。
女神の末裔として選ばれし血統の勝ち組であるこのロスベール・ポーラリスが歩むのは、正義の王道のみ。
こうして、私は愚弟に勝利したあと、教皇王へ外交の報告に向かった。
◇◇◇
プルトハデス国王城の謁見の間にて。
教皇王が最奥の壇上に位置する玉座に座り、私と愚弟を見下ろしている。
部屋の左右には王族と貴族と言った権力者の他に、ファウストが率いる枢機卿の爺共がいた。
皆、私に羨望の眼差しを向けている。当然だ。
⋯⋯だが、中には成長した愚弟の姿に浮足立つ声も聞こえ、実に不愉快であった。
愚弟の軽薄で頭の悪そうな面構えは、何も変わらないと言うのに。
そんな中、教皇王がプロメ・ナルテックスから届いた書簡を読み上げた。
「フォティオン王国の大使として、私達を歓迎下さったこと、心より感謝申し上げます。この交流は、フォティオン王国とプルトハデス国の未来を輝かせることでしょう」
そして、いずれフォティオン王国と聖ペルセフォネ王国を手に入れる。
私が教皇王⋯⋯いや、帝王として、世界に君臨してやろう。
「この国を時計で例えるなら、ロスベール殿と浄化の聖女様は、時間毎に箱から飛び出し舞い踊る王子と姫人形です。お二人の麗しいお姿は、国民の羨望の的でありましょう」
プロメ・ナルテックスは私とカルミアを褒め称えてた。
謁見の間に集まった連中は、それを聞いて非常にざわついている。
「その一方。モクリエールアレン殿は歯車です」
歯車。
何という侮辱的な言葉なのか。思わず笑いそうなった。
隣でカルミアが「⋯⋯ぇ」と呟く。笑いを堪えているのだろう。
部屋中の権力者どもは、
「もう終わりだな」
とコソコソ話している。
『歯車』と言う無様なことを言われ、大勢の前で恥をかかされた愚弟は顔色を無くしていた。
この瞬間、私の社会的勝利が確定したのだった。
◇◇◇
「⋯⋯ロスベールはもう駄目ですわな。プロメ嬢の皮肉に気付かず自分が笑い者になっているのも分からないどころか、弟君が歯車と称された言葉の意味も理解出来てない。カルミアですら気付いたと言うのに。⋯⋯こりゃ、どうにもなりませんぞ」
謁見の間から出た廊下にて。
枢機卿の老人が、枢機卿長ファウストに耳打ちした。
ポーラリス公爵家の兄弟による教皇王への謁見が終了したあと、肩で風を切りながら歩くロスベールの後ろ姿を見ながら、老人は『期待外れ』だと言いたげな顔をする。
「それに、弟君からレアメタルの利益を七割を得たと勝ち誇った顔で言ってましたがね。それこそ『モクレン公の罠』と言うことにも気づかないとは、実に哀れですわな。どうせ、モクレン公の悔しそうな演技に騙されたのですな」
老人の言葉に困ったように笑いながら、ファウストは答えた。
「利益の七割。⋯⋯たった一度の商売ならば、それで構いません。⋯⋯でも、レアメタルの権利と言うのはこの世の終わりまで続く契約です。⋯⋯そんな状態で七割も不均等に得てしまえば、いずれ『その不均等は牙を剥く』でしょう」
「ええ。商売人の基本ですわい。簡単に言えば、最初は金を多く貰って得したと思っても、そのうち『こっちは大金払ってんだから大人しく言うこと聞け! さもないと金払わんぞ!』と言われて相手の言うことを聞かざるを得なくなる⋯⋯ああ、怖い怖い」
枢機卿の言う通りだ。しかも、ロスベールは
『愚弟が献上した金で、私が所有する魔道具工場の設備投資をした。王都の工場全てに魔道具を組み立てる機械を発注し、我が国を文明大国に成長させる』
と自慢げに宣言していた。
「ロスベールが魔道具工場に設備投資をしたとして、その利益が出るのは一体何十年後なのでしょうか」
投資は利益が出るまでが長い。
その間、機械の発注先である王都中の下請け工場に金を払わなければならないのだ。
当然、支払いが出来なくなった瞬間、下請け工場やその孫受け工場の経営は危機的状態になり、失業者が増え、王都の経済は地獄のようなことになるだろう。
ロスベールに出来ることは、モクレンが
『やっぱ兄貴に金払うのや〜めた♡ え? 俺の金が無きゃ王都中の工場に金が払えない? 経済崩壊? そんなん知〜らね♡』
と言わないことを願うだけである。
今日を境に、ロスベールはモクレンの奴隷と化したわけだが、彼がそれに気付くのは何時だろうと、ファウストは思った。
「高額な魔道具を買えるのは貴族や資産家達だけ。ですが、彼らは下級貴族の出である子女を使用人として雇用することで、政治的な結び付きを得ています。⋯⋯そんな彼らの食指が、未知の素材を使った魔道具に伸びるとは考えにくいですね」
「商売とは実に難しいですからなあ。ロスベールに営業の才覚があれば話は別ですが⋯⋯ま、無理ですわな」
老人は鼻で笑う。
ファウストも柔和な微笑みを浮かべるものの、冷たく鋭い目をしていた。
「『アレ』も一応『フランシス』の血を引いておりますから。期待はしたのですがねえ」
ファウストの片目にかけられたモノクルが、シャンデリアの光を受けてギラリと反射する。
「ああ、『フランシス・ポーラリス』ですね。今でこそ色に溺れた若作り男ですが、昔は聖ペルセフォネ王国の性悪相手に見事な立ち回りをした優秀な外交大臣でした。⋯⋯その才覚は、弟に行ったようですね」
「ああ、あの色ボケですな。若い頃の奴は、流行りの言葉で言うと悪質ホストのような男でしたわ。金髪碧眼の美男子で、嫌味なほどに白い服を来た姿に、女達は『白い堕天使』とか呼んでおりましたな」
「⋯⋯白い堕天使の息子が、白い悪魔⋯⋯ですか。⋯⋯ふふっ、意味は違いますが、血は水より濃いとはこの事ですね」
ファウストはそう言って、ロスベールの冷徹に整った容姿と黒髪と青色の瞳と体格の良さを思い出す。
「⋯⋯血は、水より濃い」
そう呟いた、瞬間。
「いや〜プロメ嬢もめっちゃ怖いこと言うね。俺のこと歯車って呼んだとき、兄貴がブチギレないかヒヤヒヤしたもん」
「歯車⋯⋯つまり、『モクレン様がいなければ時計は動かない』と言うことですからね。ホオノキ様の元で皮肉を学んだ甲斐がありました」
「おお〜! ツミキちゃんもやるじゃないの〜! それにしても、まさかラバー将軍役の俳優さんが兄貴の密偵だったのは吃驚だったね〜」
「ですね。しかも、酔いが回ったあの方は『ロスベール嫌い。こっちに移住する』って言ってましたし、住民が増えて良かったですね」
「だよね〜! 売れっ子金持ち俳優の移住なんて大歓迎だよ〜あははは〜」
ファウストの前を、ツミキと呼ばれた黒髪と金色の目持つ女性が通り過ぎた。
「⋯⋯グレートヒェン」
「? ぇ、あ、ファウスト枢機卿長。⋯⋯失礼いたしました」
ツミキとモクレンはファウストと枢機卿達に気付いて立ち止まると、二人揃ってお辞儀をした。
「あの、ファウスト枢機卿長。⋯⋯先程、口にされた名は⋯⋯」
「⋯⋯いいえ。知人の名ですので、お気になさらず」
「⋯⋯はい」
不思議そうにするツミキの涼しい眼差しを前に、ファウストは時が止まったような心持ちであった。
ツミキとモクレンが去り行く姿を見ながら、ファウストは
「本当に、血は水より濃い」
と呟いた。
◇◇◇
「プルトハデス国。実に楽しい国でした」
フォティオン王国へ帰国途中の豪華客船にて。
プロメ・ナルテックスは甲板にて、離れゆくプルトハデス国を眺めながら白い帽子を片手で抑えていた。
「⋯⋯正直、モクレン公が『レアメタルの権利の七割をナルテックス鉄工に献上いたします』とほざいたときは、『この白い悪魔が、シバいたろか』と思いましたけど」
交渉の最中、モクレンは
『ナルテックス鉄工様の鉱石資源が無いと、我々はレアメタルを製造できません。ですので、権利の七割を貴方様側に献上したいのです』
と人の良さそうな麗しい顔で言いやがったのだ。
「もし、私があの誘いに乗れば、いずれあの白い悪魔は『金払ってんのはこっちなんですから♡』って、こちらに付け入ろうとしたでしょう。⋯⋯全く、油断も隙もない」
あの白い悪魔には、
『このプロメ・ナルテックスをペロペロ舐めるのは百年早いですよ。きっちり五対五の折半にしましょ』
と言って、悪魔祓いをしておいた。
「ツミキ様も、厄介な悪魔に想われたものですね。⋯⋯死神令嬢⋯⋯死を司る乙女。いやあ、素敵な二つ名じゃありませんか。⋯⋯私の渾名である成金の悪役令嬢より、実にかっこいい」
大鎌を振るい戦う姿は、聖女と呼ぶには荒々しく、魔女と呼ぶにはあまりに神々しいものだった。
例えるなら、……死神。
「死を司る乙女?」
発言したのは、プロメではなく彼女の夫であるシドウだった。
いつの間にか隣に来ていたシドウへ、プロメは蕩けるような笑顔を向ける。
そんなプロメから目を逸らし、真っ赤な顔で恥じらうシドウは、
「し、神話の中にそんなんがいたって、ヒーロー漫画にあってさ。ほら、ヒーロー漫画って元ネタが神話だったりするし、それで」
と話を続ける。
「⋯⋯死を司る乙女は、破壊的な強さで戦場を無双したり、倒れた兵士を天国に連れてったりする存在でさ。⋯⋯確か、戦乙女って呼ばれてたような」
「死を司る⋯⋯戦乙女。⋯⋯なるほど。確かに、ツミキ様は戦乙女でしょう」
戦場に舞い降りた戦乙女と、彼女に魅入られた白い悪魔。
先が気になる二人だなあと、成金の悪役令嬢は微笑んだのだった。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
これにて外交編は終了です。
レアメタルというチート素材の誕生で、新時代に突入したプルトハデス国の運命はいかに!?
そして、明日からの更新は一日一話になります!話のストックが後25話くらいしかないからです!
ではでは、ちょっとでも
「面白い!」
「先が気になる!」
「ついに歴史が動いたな…!モクレン有能過ぎるやろ」
「グレートヒェン……?」
「ぷきゅのすけ夏コミの準備お疲れ様!」と
思って頂けましたら、下記の星☆☆☆☆☆から★★★★★5評価を入れてくださると嬉しいです!(私のモチベーションが上がります!)
ブクマとべた褒めレビューとご感想もお待ちしておりますぞ!
それでは、何卒宜しくお願い致します~!!!




