42・もてなせ!ナルテックス夫妻!
「初めまして。私はプロメ・ナルテックスと申します。本日は、何卒よろしくお願いいたしますね」
外交当日。
プロメ様御一行をお迎えに上がるため、私とモクレン様は王都の最高級ホテルの応接室へと向かった。
そして、ついにプロメ様達とお会いしたのである。
つばの広い白色の帽子を被るプロメ様は、体格こそ華奢で小柄なものの、いくつもの修羅場を越えてきた様な迫力がある。
高級感溢れる白い扇で鼻と口元を隠し、桃色の目を細める顔は、微笑んでいるようにも見える一方、私達を見定めているようにも見えた。
その姿は、サラサ先輩の言う通り『商売人のお姫様』である。
そんなプロメ様へ、モクレン様が貴族の男性が行うお辞儀をした。
それに合わせて、私もホオノキ様から習ったお辞儀をする。
私とモクレン様はこの数日間に、ホオノキ様の指導のもと、お辞儀の動きを揃える訓練をしたのだ。
ロスベール公爵とカルミア様は、こう言った礼儀作法は完璧である。
それに見劣りしては元も子もないのだから。
ご挨拶を終えた私達は姿勢を正す。
モクレン様は、プロメ様と彼女の半歩後ろに立つシドウ様と、お二人の背後に立つ三名の護衛の方へ、いつもの柔和な笑顔を向けた。
ちなみに、どれだけ訓練しても私の表情筋は鋼鉄のように動かなかったため、レンゲ様によって微笑を浮かべているように見える化粧をして頂いている。
そんな私の隣で、モクレン様は堂々としながらも柔らかな雰囲気を崩さずに話題を切り出した。
「プロメ様。シドウ様。そして護衛の皆様。この度はプルトハデス国にようこそおいで下さいました。本日は、私モクレンとその妻ツミキが、マグノリア地方をご案内させて頂きます。⋯⋯それでは、馬車をご用意しておりますゆえ、どうぞこちらに」
モクレン様がそう言ったあと、私はプロメ様へ
「プロメ様。宜しければ、お手をどうぞ」
と声を掛け、手を差し出す。
これは、モクレン様が『移動中、俺がシドウ殿の隣に立つから、ツミキちゃんはプロメ嬢をエスコートしてくれる?』と提案したからだ。
通常、エスコートとは男性が女性に行うものだが、今回は別だ。
プロメ様がシドウ様にべた惚れであると予想したモクレン様は、接するのは同性同士の方が良かろうと判断したからである。
そのため、私の本日の装いは、女性をリードするため歩きやすい燕尾服のような礼服であった。
カーテシーを行うため裾は長く、優雅さがある。それ故、色は黒で統一されているが、重い雰囲気は無い。
勿論、モクレン様の礼服も、白とグレーが巧みに組み合わさったシンプルで上品なデザインである。
優しいグレーは相手を引き立たせながらも、野暮ったさを感じさせない。
そんなモクレン様がシドウ様の隣に立つと、シドウ様がより引き立つように見えた。
勲章と金細工が飾る黒で統一された礼服を纏うシドウ様は、まるで一国の将のようだ。
炎のような鮮やかな赤毛と赤い髪が眩しいくらいである。
我々の礼服をデザインしたレンゲ様は『今回の外交はプロメさんとシドウさんが主役だから、彼らより目立つ服にしたらダメ。相手を引き立たせる計算をしなきゃ』と言っていたのを思い出す。
確かに、黒で統一された私がプロメ様の傍に立つと、白一色の装いをしたプロメ様が光輝いて見える。
そんなプロメ様は、私が差し出した手を取り
「ありがとうございます。よろしくお願いいたしますね」
と白い扇を下げて微笑んだ。
◇◇◇
マグノリア地方への移動中。
馬車の中に漂う空気はとても張り詰めていた。
上座に座るプロメ様はニコニコと笑っておられるが、その目には私達を見定める鋭さが滲んでいる。
一方、その隣に座るシドウ様は顔が強張っており、どこか緊張した様子だった。
そんなシドウ様に、モクレン様が
「今日は陽の光が強く、少し汗ばんでしまうほど暖かですね。⋯⋯申し訳ないございません。私、暑さに弱くありまして」
と眉を下げて笑い、なんと礼服のスカーフを外して襟元の第一と第二ボタンを外したではないか。
胸の内で驚いた私と同じく、シドウ様も驚いてしまったのか、目を丸くし「え」と呟いてしまう。
そんなシドウ様へ、モクレン様は柔和に微笑んだ。
「シドウ様も、宜しければ楽にしてください。⋯⋯実は私、このような公務に出るのは初めてなもので。とても緊張しているのです。学生時代は勉強そっちのけで宴会ばかり企画してたものですから」
モクレン様がそう言うと、シドウ様も
「では、失礼して⋯⋯」
と礼服の襟を緩められた。
すると、少しだけ呼吸がしやすくなったのか、シドウ様の顔色が良くなったように見えた。
この時、モクレン様は『自分が先手を打って堅苦しさを破ることで、シドウ様の緊張を緩めた』と理解する。
しかも、先に上流階級の礼儀作法を自ら放り投げて『公務は初めてで、とても緊張している』と言うことで、シドウ様に恥をかかせ無いように振る舞ったのだ。
何たる捨て身の戦法なのか。モクレン様の勇気には恐れ入る。
そんなモクレン様はシドウ様へ話題を切り出した。
「フォティオン王国は、地熱が盛んだと聞いておりますが、プルトハデス国の気温に比べてどうですか?」
しかも、話しながらさり気なく上着を脱ぎ、シャツの腕をさっと捲り上げるというまさかの着崩しを自然と行ったのだ。
上流階級の礼儀作法としては最低最悪の行為でないのか!? と驚きそうになるが、モクレン様はこれをわざと行っているのだろう。
その証拠に、シドウ様もだんだん緊張の糸が解れて来たのか、顔付きから険しさが消えていった。
そんなシドウ様は、ゆっくり呼吸されたあと、
「そうですね。フォティオン王国は春でも蒸し暑いくらいですから」
と口角を緩ませた。
表情が緩んだシドウ様をちらりと見たプロメ様も、張り付いたような微笑が緩んだように見える。
馬車の中の空気は、最初の頃に比べて随分緩んだように肌で感じた。
◇◇◇
「お疲れでございました。こちらが、我がマグノリア地方でございます」
馬車に揺られること暫くして。
ついにマグノリア地方⋯⋯正確に言えばモクレン様の屋敷の前に到着する。
屋敷の玄関口にて、燕尾服を着て髪を一時的に黒く染めたレンゲ様が、モクレン様から上着を預かった。
即席の執事になったレンゲ様はシドウ様へ
「宜しければ、こちらでお召し物をお預かりいたします」
と微笑みかける。
シドウ様は一瞬モクレン様を見たが、襟のボタンを外しシャツを腕捲りしているモクレン様の格好を見て、
「よろしくお願いいたします」
と、金細工の装飾と勲章が付いた黒い上着を脱いでレンゲ様へ預けた。
中に着ている黒いシャツも上質な素材で出来ており、シドウ様に良く似合っている。
そして、固く分厚い上着を脱いで緊張が緩んだシドウ様の隣にモクレン様が立ち
「それではまず、我が家で休憩しましょうか。長いこと馬車に揺られてお疲れでしょう?」
とシドウ様とプロメ様を交互に見ながら話しかけた。
その言葉を聞いて、私はすぐプロメ様をエスコート出来るよう彼女に手を差し「お手をどうぞ」と申し上げる。
だが。
プロメ様は私の声掛けに気付いていないようだった。
それは、私を無視したのではなく、別の何かに驚いている様子である。
プロメ様はレンゲ様へ
「⋯⋯お手数を頂き恐れ入りますが、こちらをよろしくお願いいたします」
と言って白い扇を預けると、私の手を取った。
「ツミキ様。お待たせしてしまって申し訳ございません。⋯⋯とても、驚いてしまって」
「プロメ様? 驚いたというのは⋯⋯一体」
私の問に、プロメ様は柔らかい微笑みで答えた。
「マグノリア地方の空気は、とても澄んでいて心地良いものですね」
◇◇◇
「こちら、マグノリア地方自慢の紅茶と、ミルクシフォンケーキでございます。護衛の皆様も、宜しければあちらのソファーにお掛けくださいませ」
昼の陽気が差す屋敷の応接室の空気に、モクレン様の柔らかい声が溶け込んだ。
ソファーには、上座にプロメ様とシドウ様に座って頂き、私とモクレン様は下座に座っている。
その背後には、三名の護衛の方が立っていたが、私が席を立ち角席のソファーへご案内した。
一方、執事に扮したレンゲ様は、サービングカートの上に乗ったティーポットを手に取り、紅茶を注ぐ。
そして、紅茶と共にミルクシフォンケーキを乗せた皿を差し出すと、サービングカートの隣に姿勢良く立った。
いつものダルそうな猫背が嘘のようである。さすが、やれば出来る男だ。
そんな中、モクレン様は「それではお召し上がりくださいませ」と皆様へ微笑みかけた。
すると、護衛の男性がケーキを一口召し上がり、「おお! これは美味いぞ!」一際目を輝かせる。
次に、プロメ様がミルクシフォンケーキをフォークで小さく切り分け、そっと口に入れた。
すると、表情がすっと緩んだではないか。
プロメ様は紅茶を一口飲んでから、
「とても美味しいです。小麦も卵も牛乳も何もかも、マグノリア地方の食材は豊かですね」
と柔らかく微笑んだ。
最初に見せた人を見定めるような鋭さは、既に無かった。
さすが、モクレン様のミルクシフォンケーキである。
昨夜、ミルクシフォンケーキを作りながらモクレン様は仰ったのだ。
『シフォンケーキはもちもちしてるからフォークで刺してもボロボロに崩れないんよ。だから、崩さないようにしなきゃとか、そういうの考えずに楽に食べられるんじゃないかな』
そう言ったモクレン様の横顔は、何が何でも楽しませるぞと言う気合に溢れていたと思い出す。
その甲斐あって、シドウ殿も
「美味っ⋯⋯⋯⋯いや、とても美味しいです」
と思わず口調が崩れてしまうほどであった。
その隙をモクレン様は逃さず
「でしょ〜? 俺が作ったんよそれ〜! ⋯⋯あ、いや、すみません。こう言う言葉遣い、慣れてなくって⋯⋯つい」
と肩をすくめて照れたように笑った。
シドウ様の口調が緩んだ瞬間に、モクレン様もそれに合わせて口調や声のトーンを調整したのだ。
全ては、シドウ様の緊張を緩ませて楽しませるため。
そうすれば、シドウ様の緊張が緩むのと同じくプロメ様の表情も柔らかくなっていく。
もし、今回の外交は鉱石資源目当てなのだからと、シドウ様を蔑ろにしてプロメ様ばかりを持て囃すことをしたならば、きっと空気は氷点下のようになっていただろう。
想像するだけで言葉が無くなる。
だが、そんなシドウ様達のご様子を見ていて、一つ疑問を抱いた。
何故、プロメ様とシドウ様より先に、護衛の男性がケーキを召し上がったのか?
彼が毒見役と言うなら、あの言動はあまりに無邪気過ぎる。
それか、とんでもなく身分の高い方なのか?
要人の警護に付く護衛なのだから、家柄も上流階級だろう。
小さな疑問を抱きつつ、私もミルクシフォンケーキを口にした。食レポしたいが、今は我慢だ。
ミルクシフォンケーキと紅茶に和みつつ、世間話をしながら過ごしていると、モクレン様が新たな話題を切り出した。
「プロメ様、シドウ様、そして護衛の皆様。 ⋯⋯夕方からは、我が屋敷の近くで『マグノリア大宴会』が始まります。ぜひ、皆様もご参加くださいませ」
◇◇◇
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「なんで悪役側がキャビアで主人公側が梅きゅうりなんだよ」
「護衛の男性の正体は一体……!?」と
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