33・白い悪魔、決意する(モクレン視点)
「にしてもどうすっかな〜。フォティオン王国の大使相手に外交なんて。俺、そう言う教育は受けてねえのよなあ」
成り行きでツミキちゃんと一緒に寝ることとなった俺は、寝物語には色気が無さ過ぎる話題を露骨に選びながら、良い感じにツミキちゃんを寝かしつける作戦に出た。
だが、隣でベッドに寝転び俺をじっと見てくるツミキちゃんの目はいつもよりキラキラしており、こりゃ〜暫くは寝ねえなぁと思う。
でも、俺としてはさっさと寝て欲しい。
だって、一秒でも長くこの時間が続いたら、俺は『ツミキちゃんって俺のこと好きなんだよね? じゃあ付き合おっか! そんで最後まで……』と、人の心情を勉強中であるツミキちゃんにつけ込んでしまいそうだからだ。
しかも、今のツミキちゃんは髪を解いているうえに、体の線が分かりやすいナイトドレスを着ている。
しかも、襟元がゆったりしているので、横になると鎖骨から下がチラチラと見えてしまうのが非常にアレだ。
それに、これはツミキちゃんに失礼なので俺の胸に留めて置く話だが、彼女の体はとても曲線的で色々と豊かだ。雑で悪い言い方をすると乳がでか……いや、これ以上はいかん。
そんな体をしたツミキちゃんが隣で寝転びながら、無垢な目で俺を見ている。
ツミキちゃんは、良い意味でも悪い意味でも無垢だ。
この無垢とは、褒め言葉としての『無垢』ではない。
例えば、ロマンス小説の無垢なヒロインに『法的にバレなきゃ人を殺してもかまわない』と言っても、清廉な道を歩んだ彼女達は真っ直ぐそれを否定出来るが、ツミキちゃんに同じことを言えば、自分の判断基準があやふやな彼女はそれに従ってしまうだろう。
ツミキちゃんの無垢さとは、そう言う危うさも孕んでいた。
そして、そんな無垢さを持つツミキちゃんの危うい距離感につけ込んで、彼女の感情を操り自分の欲求をぶつけたいという男の本能を、俺は自覚している。
今まで人扱いされてこなかったツミキちゃんは、俺と会話をするのがただ楽しいだけなのに。
それを『ツミキちゃんは俺のことが好きなんだよ。そんで、好き合う男女はこういうことするわけよ』と誘導し、彼女の無垢さに付け入ると言うのは余りにもグロテスクだし、鬼畜の所業ではなかろうか。
そんな不誠実で無責任なこと、死んでもできない。
……とレンゲくんに話したら、
『えー? まあ付け入るのは駄目だけど、素直に想いを伝えるくらいは良くない? モクレン氏ってさー、今流行りのホストみたいな軽い見た目してるくせに、そこら辺の線引きは硬派な頑固ジジイだよね』
とほざきやがるのだ。
そんな軽い調子だから、いつも交際相手が病んで凶暴化して刃物を向けてくるのだろう。
そんな時は『俺はガキの頃婆ちゃんに引き取られたから、周りにはオッサンやオバハン、いやご婦人達が多かったんじゃい。ったく最近の若いモンはさ〜』と反論している。
「ったく、最近の若いモン……ファウスト枢機卿長や爺さん連中もさ〜。おだてりゃ何でも言うこと聞くと思いやがって」
「確かに、ファウスト枢機卿長達はモクレン様を『人心掌握の申し子』とか『愛嬌と魔性を持つ男』とか『世界が違えばカリスマホスト』とか『マグノリアの白い悪魔』とか、褒めておられましたね」
「最後は殆ど悪口だけどね。……だいたい俺、ホストって大嫌いなんよ。相手の金も身も心も搾取してズタボロにするくせに、何の罪悪感も抱かない恋愛商法の詐欺師じゃんあんなの。絶対ろくな死に方しないよアイツら」
今言った言葉は本音が半分と、同族嫌悪が半分である。
ガキの頃は自他ともに認める至極真っ当な不細工であったが、成長して美男子になってしまった俺は、自分の見た目がどれだけ他人に好かれるのかを自覚し、醜い全能感を抱えているのだ。
早い話が、『こんな美男子の俺に愛嬌振りまかれたら、女も男も喜んで心開いてくれるっしょ?』と言う傲慢な思い上がりだ。
こんなんまるで、ホストやカルミアと一緒ではないか。
そして、そんな思い上がりを初めて見抜いたのが、レンゲくんだった。
大学の期末試験に落ちて絶体絶命だったとき、補講の教員担当だったレンゲくんと仲良くなれば良い感じに単位が貰えるんじゃないかと考えた俺は、彼のガジェオタ趣味やサロンの息子と言う環境を調べ尽くして近付いたのだが。
レンゲくんはそんな俺を
『キミ、ボクを堕とそうとしてるでしょ。やだーすけべー』
とふざけ半分であしらいやがったのだ。
そこから、何となく仲良くなり、気が付くとレンゲくんは俺の親友兼副官になっていた。
人生、何が起こるかわからない。
現に、俺はフォティオン王国の大使と外交しろと迫られたのだ。無茶言うなや、全く。
「俺は外交なんか出来る質じゃないって。そもそも、外交するためにはそれ相応の上級な教育を受けてないと無理だよ。俺は普通の教育しか受けてないんだから」
「……そうでしょうか?」
「え」
ツミキちゃんが俺の言葉に反論してくるなんて。
こりゃ珍しいと驚いていたら、彼女は俺の目を興味深そうに見ながら近付いてきた。
近付いた甘い香りに頭と下半身がぐらっと揺らいで、『ちょ、ちょっとくらい付け入っても』と一瞬本能に負けそうになる。
でも、俺との雑談を楽しいと言ってくれたツミキちゃんを裏切る真似は出来ないと思い、息と本能を飲み込んだ。
「モクレン様なら、他国の要人相手でも交流を深めるのは可能であると予想出来ます」
「な、なんでまた……そんな」
「恐れながら申し上げますと、モクレン様の対人能力はロスベール公爵の遥か上であると判断いたしました。理由は、ロスベール公爵から印刷所を入手した実績があるからです」
「……あれは……まあ、殆ど騙し討ちと言うか……それに、印刷所と新聞社の人達は同じプルトハデス人だからね。……他国……フォティオン人となると、難易度は桁違いだよ」
「それは、言語の壁によるものですか?」
「いや、言語の面は問題無いみたい。不思議なんだけど、俺らプルトハデス国も、その隣の聖ペルセフォネ王国も、さらに隣のフォティオン王国も、言語はだけはそこまで違いは無いんだって。訛りがわかんないくらいで」
「なるほど……まあ、プルトハデス国だけでも、人によっては訛りが強い場合もありますからね」
「そゆこと」
その昔、ホオノキ婆ちゃんから言語の壁について習ったとき、どの国も大体同じであり、地方によって訛りがある程度と聞いている。
だが、この訛りが結構なくせ者で、プルトハデス人同士でも何言ってんだこの人? となる場合もある。
何故なら、たまにホオノキ婆ちゃんは地方の訛りが出ているし、レンゲくんも出身地の訛りが出ることがある。そう言うときはマジで何を言っているのか分からない。
「ただでさえ同じ国出身でもわけわかんないときがあんのに、それが他国なんて……さすがになあ……」
大体、他国の要人と外交をするには、幼い頃から品格や知性と言った風格を身に着け、相手へ敬意を払うと同時に舐められない必要がある。
そんな教育を兄貴ロスベールは幼い頃から受けている一方、俺はポーラリス家の婆さんに甘やかされてブクブク太っていただけだ。
それに、他国の要人ともあれば、きっと相手も上流階級に相応しい教育を幼い頃から受けているはず。
そんな人が俺と会えば『何この下品な田舎モン』と下に見られ、国益どころの話ではなくなるだろう。
「気品だけは、一朝一夕でどうこうなるもんじゃねえからなあ。愛嬌振りまくのは得意だけど、外交となると……さすがに」
「モクレン様では、駄目なのですか?」
「そうねえ……勝てる見込みの無い博打……レンゲくん風に言うと無理ゲーってとこかなあ」
「私は、モクレン様こそ適任であると考えます」
「……意外と譲らないね、ツミキちゃん」
初対面の頃に比べて、ツミキちゃんは自我が出てきたと思う。
とても安心する一方、ツミキちゃんの自我が確立し、分別がつくようになったとき、彼女の目に俺はどう映るのだろうかと不安になる。
それこそ、ホストやカルミアのように『中身がカスだから見た目を磨くしかなかったしょ〜もない奴』と思われるのではなかろうか。
自分の内面に、詐欺師や悪魔的な悪い意味での自信はあれど、良い意味での自信……例えばロマンス小説のスパダリヒーロー的な正々堂々とした王道的自信は無い。
それこそ、序盤でヒロインに婚約破棄を突き付けて最後に断罪されるような、ちょっと小賢しいだけの小物にしか思えない。
怖い。
ツミキちゃんの中で、俺の評価が壊れる瞬間が来るのが、どうしようもなく怖い。
頭の中でロスベールの母親に言われた言葉が反芻する。
『淫売の息子のお前が、幸せなれると思うなよ』
『お前には、誰にでも愛嬌を振りまき股を開く薄汚い商売女の血が流れているのだから』
『人に付け入るのが上手い淫売の息子』
⋯⋯随分酷いことを言われたなあと、分厚く固まった心で他人事のように思い出した、その時だ。
「私は、モクレン様を肯定的に判断致します」
「え」
ツミキちゃんが俺の目を見てしっかりとそう言った。
「モクレン様は、心無きユーフォルビア一族と言う、どんな訛りよりもワケの分からない私と、いつも丁寧に会話をしてくださいます」
「ツミキちゃん。それは当然のことなんだよ」
「その当然を、王都では誰もしませんでした。⋯⋯貴方の人と会話をする能力は、幼い頃より公爵家の長男として高等な教育を受けてきたロスベール公爵以上のものがございます。……それに」
「それに?」
ツミキちゃんは無表情ながらも、何かを伝えたいのに言葉が見つからないと言った切羽詰まった様子で、切なそうな目を俺へ向けてくる。
その切なそうな眼差しが、まるで情を交わす時のような艶っぽい状況に見えてしまい、『やっぱ付け入っちゃおうぜ』と本能が顔を出したので、咄嗟にツミキちゃんと距離を取った。
「モクレン様は……私と雑談をして、嬉しいと楽しいを教えて下さいました。貴方は穢れの象徴と忌み嫌われていた私の手を握り、名前をお与え下さいました。私の境遇を想い、この身を抱き締めて下さいました。……私は……モクレン様を、貴方を…………」
ツミキちゃんが必要としている言語は、『信頼している』『感謝している』だろう。
でも、『それって、好きってこと?』と彼女の混沌とした感情に、都合の良い名前を付けることは可能だ。
だけど、それをして何になる?
いずれツミキちゃんは成長し、混沌とした感情も整理がつくだろう。
そうなったとき、俺に都合の良い言語化はツミキちゃんを傷付ける呪いにしかならない。
でも、だけど、一瞬。ほんの一瞬。
ツミキちゃんに『君は俺のことが好きなんだよ』と付け入ってしまいたいと思った。
ガキの頃から変わらない目と髪を美しいと褒めてくれたツミキちゃんを、混沌とした感情ごと抱き締めたいと望んでしまう。
「…………ツミキちゃんは、俺に感謝して信頼してくれてるわけだ。…………そこまで言わせたら、でもでもだってなんか言ってらんないね」
ツミキちゃんの信頼に応えたい。
正直言うと、カッコつけたいと思った。
成長し、感情の混沌に整理が付いたツミキちゃんの目に、少しでもマシな男として映っていたいから。
だいたい、ツミキちゃんにここまでべた褒めされたのだ。
我ながら古い考え方だと思うが、ここで逃げたら男が廃る。
「まあ、いっちょやってみますか」
そう言うと、ツミキちゃんは口角を両人差し指で持ち上げながら
「さすがです。すごいです」
と言ってくれた。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
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「面白い!」
「先が気になる!」
「本能に負けるな!頑張れモクレン!」
「そんなモクレンの苦労なんか知りもしないツミキ氏に笑える」と
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