32・待ちに待った雑談~プリンは甘く蕩けます~
「モクレン様……。まだ、起きていらしたんですね」
深夜。
寝る前にモクレン様へご挨拶がしたいと思い、彼の部屋へ行こうとしたが、モクレン様の部屋はサラサ先輩の歌で破壊されている。
ならば、レンゲ様が住む地下室にいるかと思ったが、そこはモクレン様が仰るに『クソ汚ェ』らしく、ならば彼はレンゲ様の地下室ではなく食堂のソファーにいる可能性が高い。
その予想は、見事的中した。
モクレン様は、食堂のソファーに寝転び毛布を被っておられたのだ。
「ああ、ツミキちゃん。どしたの? なんか食べる?」
「それも魅力的ですが……でも、モクレン様。お休みになるならソファーではなくベッドの方がお体にも良いかと」
「まあそうなんだけどさ、ベッドがある部屋は吹っ飛んでるし、ゲストルームはのじゃに貸してるからなあ。……レンゲくんの地下室は寝れる状況じゃないし」
「ならば、レンゲ様は一体どうやって眠っておられるのでしょう? 謎が多く、ミステリアスな方ですね」
「ミステリアスは君もね」
モクレン様にそう言われ、私は「恐れ入ります」と返した。
何だか、こうやって二人で雑談をするのは久しぶりな気がする。
静かな夜に似合わない高揚感が、私の胸に弾んだ。
「モクレン様。もし良かったら、雑談をお願いしてもよろしいでしょうか」
「そだね。ここ最近色々あったし、ゆっくり会話しながら過ごすのも良いわな」
モクレン様は笑って、
「ほら、ここ座んな。ちょっと待っててね」
と私をソファーに座らせ、肩に毛布をかけてくださったあと、魔道具の一種である冷蔵貯蔵庫を開いて何かを取り出した。
「じゃじゃ〜ん。プリンだよプリン。明日の昼に出そうかと思って作って置いたんだけど、作り過ぎちゃってさ。丁度良い感じに固まってるし、これ食べよっか」
モクレン様はそう言って、デザートグラスを二つ手に持つと、その内の一つを私へ差し出した。
「これが……プリン。まるで、のどかな秋の山のようですね」
「あはは、確かに。そう言われてみれば山っぽいかも」
艶々と輝く黄色のプリンは、少し揺れるとふるふる震えて、何だか小動物のように思える。
モクレン様からスプーンを頂いたが、震えるプリンを削り取るのは、少し哀れな気がした。
「何だか……食べるのを躊躇してしまいますね。プリンの命乞いするかのように震える姿を見ると、手が止まります」
「プリンを見て『命乞いするかのように震える』って形容した人、俺初めてみたよ」
「恐れ入ります」
私がそう言うと、モクレン様は自身のプリンをスプーンで掬ってから、
「そんなら、ほら」
と私へ差し出した。
「モクレン様? ほら……と仰る、その心は?」
「あ〜んしてってこと。プリンの命乞いが可哀想に思うんなら、取り敢えず俺のから一口食べてみなよ」
「あ〜ん……とは⋯⋯もしや、食事の介助のことを差すのですか?」
「ま、まあ……身も蓋も無い言い方だとそうなりますわね。……あ、あの……恥ずかしいなら無理しなくても良――ッ!?」
差し出されたプリンを遠慮無く頂いた。
瞬く間に口の中へ優しい甘さとまろやかさが広がり、目の前が輝いて見えた。
「モクレン様! プリンの上品な甘美さを享受すると、まるで目に見えるもの全てが輝いているように見えます……! しかも、天辺で固まった蜜の濃密な甘さがまろやかさを引き立てており、一つのプリンで二種類の甘さが楽しめると言う贅沢さ! プリンと言うのは豊かな食べ物なのですね」
「…………あ、ああ。うん……ま、まさか何の照れもなくあ〜んしたプリンを食ってくるとは……。寧ろこっちがなんか照れるわ」
「……? 恐れ入ります」
モクレン様はスプーンを持ったまま、顔を赤くして固まっている。
「ま、まあ良いってことよ。あはは! プリン美味しいよね!! うんうん。だから命乞いなんか気にせず食っちゃえ! プリンだってツミキちゃんに食われたいって思ってるよ!」
「かしこまりました。謹んでお受けいたします」
私はプリンにスプーンを突き立て、自分の口へ運ぶ。
濃厚な甘さとまろやかな優しい甘さに翻弄されるが、ここで気付いた。
モクレン様は、私にプリンを一口下さったのに、私は返さなくて良いのか、と。
「……モクレン様」
天辺の蜜の部分と滑らかな山の部分が良い具合に重なり合うようスプーンですくう。
我ながら、良い配分ですくえたものだ。
そして、それをモクレン様へ向けた。
「あ〜ん、です。モクレン様」
「え、え゙、ゑ゙!?」
「どうぞ、お召し上がり下さいませ」
私がそう言うと、モクレン様はひくつく頬を赤く染め、
「え、マジ? うそ、そんなカウンターありなの? するのは慣れてるけどされるのは初めてでその」
とオロオロしている。
「どうされました?」
「い、いや……寧ろありがとうございます。……で、では……遠慮なく」
モクレン様は視線を逸らしつつ、恐る恐ると言った様子でスプーンに近付き、意を決したように目をぎゅっと瞑ると、ゆっくり口を開いた。
至近距離で見るモクレン様の唇は、淡い桃色をしておりとても美しい。
紫の瞳や白金色の髪ばかりに気を取られていたが、モクレン様の唇はとても美しいのだとようやく気付く。
「むぐ……」
モクレン様は私が持つスプーンをぱくりと咥えると、少ししてゆっくり離れた。
唇が離れゆくのを見ていると、胸が『きゅっ』とした。
この『きゅっ』とは、主にモクレン様と離れがたい時に発生するものだ。
つまり、私はこの状況の存続を望んでいたのだろうか。
「如何ですか、モクレン様。プリンの蜜と山の部分で異なる甘さを、お楽しみ頂けましたか?」
「……ごめん、甘過ぎてよく分かりませんでした」
「そうですか。蜜の配分が多かったかもしれませんね。希少部位ですのでより多くをモクレン様に召し上がって頂きたかったのですが、やり過ぎたのでしょう。……では、もう一度配分を見直しつつあ〜んと」
「もう大丈夫です! よく味わったら甘さがめっちゃ違ってて豊かでお楽しみでした!! はい!!」
モクレン様は慌てた様子で
「ほらほら、プリン食べちゃいな! ほっとくとまたコイツ命乞いするよ!!」
と続けてから、ご自身のプリンへ集中したのだった。
欲を言えば、もう一度、今度こそ最高の配分でモクレン様へあ〜んをしたかったが、そう言われては仕方ない。
私は全身全霊でプリンを味わったあと、紅茶を飲んだ。
口内の甘味が紅茶の爽快な苦味ですっきりする。
後は、歯を磨いて寝るだけか……と考えたときだ。
「モクレン様は、本当にソファーでお休みされるのですか? お体に良くないかと存じますが……」
「大丈夫大丈夫。これでも俺騎士団長よ? 身体は頑丈な方だから、心配いらないって。…………それか」
モクレン様はソファーの背にもたれかかると、目を細めてニヤリと笑う。
「ツミキちゃんがベッド貸してくれるの?」
「! その手がありましたね! ユーフォルビア一族の身体はとても頑強なので、どこででも睡眠を取ることが可能です。なので、モクレン様は私の部屋でお休みを」
「違う違う違う違う! さっきキメ顔で言ったのは『一緒に寝てくれるの?』って意味のツッコミ待ちのボケで、君からベッド取り上げるわけじゃなくて」
「モクレン様と一緒に寝る? ああ、なるほど! さすがモクレン様。見事な折衷案をお導きされました。ならば屋敷の修復が終わるまで、共に眠りましょう」
「……要らんこと言っちゃった」
モクレン様は顔を赤くし、汗を垂らしながら私から目を逸らしつつ
「でもなぁ……さすがに……いや、俺としてはありがたいんだけど、色々とアレだし……」
と戸惑われている。
どうすればモクレン様をソファーで寝かさずに済むだろうか。
モクレン様が『一緒に寝る』と言う対策案に賛同してくれれば良いのだが。
どうお頼みすれば頷いてくれるだろうかと考えたとき。
ふと、今日の昼食時にモクレン様が仰ったことを思い出した。
『ツミキちゃんみたいな美人が笑顔で【すご〜い! さすが〜!】って言ってくれたら、俺、メロメロになって何でも言うこと聞いちゃうよ〜』
これならば、どうだろうか。
私は鉄のように動かない口角を両手の人差し指で無理やり持ち上げると、
「すごーい、さすが」
と発した。
「……ん? どしたの急に?」
「モクレン様が昼食時に『笑顔ですごい、さすがと言えば、何でも言うことを聞いて下さる』と仰ったので。何でも、と言うことならば……聞いて下さるかと」
「……思わぬ伏線回収が来ちゃった」
モクレン様は目を閉じて、力が抜けたように笑っている。
「しゃ〜ない。……ツミキちゃん。屋敷が直るまでの間、お世話になりま〜す」
「! ……はい!」
これからしばらく、寝るまでずっとモクレン様と雑談が出来る。
そう思うと、今まで体感したことのない度合いの嬉しい状態となった。
今夜の雑談もまだ続きがあるのに、明日の夜の雑談が待ち遠しくなると言う、このせかせかした胸騒ぎは一体何なのか。
明日の夜が待ち遠しい、と私は思っているのだろうか。
モクレン様と一緒に眠れるのは、今日の夜からだと言うのに。不思議である。
「モクレン様。今、私は嬉しい状態であると同時に、胸中にはそわそわとした胸騒ぎが発生しています。モクレン様との雑談が待ち遠しいと、呼吸が速まるのです。これは、嬉しい状態の一種なのでしょうか?」
思えばずっと、ここ最近の私の身に起こった嬉しい状態は、実に様々な姿をしていた。
例えば、もっとモクレン様の肯定的なお言葉を望んでしまったり。
例えば、モクレン様に肯定的なお言葉を頂くと、胸が甘痒くなり心地良い痛みが走ったり。
嬉しい状態は一回で充分心地良いものであったのに、今はもっともっとと望んでしまう。
私の身に、どんな変化が起きたのだろうか。
「…………そうだねえ。……それは……きっと」
モクレン様は私を見て、ゆっくりと目を細めて微笑んだ。
「今のツミキちゃんは、楽しい状態なんだよ。例えばさ……ほら。サラサもよく『のーじゃハッハッハッハッハッ』って笑うし。……それに、犬って飼い主と遊べる! っていうとき、目を輝かせて『ヘッヘッヘッヘッヘッ』ってニコニコしながら呼吸が速くなったりするじゃん。……そんな感じ」
モクレン様は「まあ、犬に例えちゃったのはアレだけど、分かりやすい例えが浮かばなくて」と言ってから、
「俺との雑談、待ち遠しいって思うほど楽しんでくれて……ありがとう」
と微笑んだ。
「私も……楽しい状態になれるのですね。……そして、楽しい状態と言うのは、実に味わい深く、豊かな時間です。……モクレン様と出会ってから、私は凄まじい速度で様々なことを知りました」
ユーフォルビア一族の者として生まれ、祖先の罪を償うべく、魔獣を殺すことだけが私の全てであった。
死神令嬢と呼ばれ石を投げられながら、ただ死なないから生きているだけの時間が流れていた。
だが、今は。
「私は、楽しい。……モクレン様と雑談を交わすのが、とても楽しいのです」
生きていることを、楽しいと思えた。
改めて、私は此処にいると実感出来た。
まるで、モクレン様と出会ってから、私は二度目の生を受けたようである。
モクレン様のお蔭で、生きることの豊かさを知ったのだった。
◇◇◇
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「あ〜ん、を食事の介助とは身も蓋も無ぇな」
「プリンの命乞いって何だよ」と
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