25・抱っこされました(後半カルミア視点)
「モクレン様。王都に着いてからの二週間で、見事ロスベール公爵の企みを叩き潰し、印刷所を手に入れられましたね。……私も何かお手伝いできれば良かったのですが」
あの後、ロスベール公爵とカルミア様は激怒しながら、王族貴族達が待つ結婚パーティーの二次会へと向かった。
一方、私達はマグノリア地方へ帰る馬車に乗りながら、静かな夜の時間を過ごしていたのだ。
私はいつものように流れる時に身を任せ、向かいに座るモクレン様は馬車の窓から星空を眺め、その隣に座るレンゲ様は金属板にペンを走らせている。
そんな中、モクレン様は窓の景色から私へ顔を向けた。
「お手伝いってツミキちゃん。君は魔獣を駆除してくれたじゃん。……君が魔獣を駆除してくれなかったら、作戦も印刷所も何も無いんだから。…………それに」
モクレン様は白い礼服のポケットから何かを取り出した。
それは、しずくの形をしたガラス細工の根付けだった。
「ツミキちゃんが火事の中から子供を助けてくれたから、俺はその子の父親である記者さんと協力出来たんだよ」
そう言って微笑むモクレン様は、ガラス細工の根付けをそっと私へ手渡した。
受け取った根付けのガラス細工は、馬車の室内を照らす照明魔道具の光を受けて、七色の輝きを放っている。
……とても、美しい。
「モクレン様、これは……一体」
「これはね〜。……君に助けられた子供から預かった贈り物だよ。根付け……いや、あの子は今風の言い方でストラップって言ってたかな」
「ストラップ……ですか。でも、どうして」
「あの子、言ってたよ。『ありがとうって言いそびれちゃったから、代わりにこれをあのお姉さんに渡して』って。……王都で流行ってるお守りなんだって、それ」
「……そう、ですか。あの少年が無事で良かった。……でも、聖騎士に斬られた母君のお怪我は……」
「それについても大丈夫。現場のヒーラーさんが跡形も無く治したって。だから、これからは夫の記者さんが加害者側の聖騎士を記事で糾弾しまくって、治療費と精神的な損害による慰謝料をぶん取ってやるってさ。局長のニッさんにも『やっちゃえニッさん』って言ってあるし」
「そうですか……。ご無事ならば、良かったです」
胸のつかえが取れた気がした。
あの少年が元気でいてくれて、私も嬉しい状態だ。
それを教えてくれたモクレン様には、どんな恩を返したら良いのか。
「モクレン様。あの少年を探してくださって、本当にありがとうございました。このご恩には、命に代えても報いることをお約束します」
「やめてやめて、そんなん良いから! そもそも、俺があの子を見つけられたのは偶然なんよ偶然!! 犬散歩させながら情報収集してたら、偶然あの子が近寄って来ただけだしさ! ね!」
モクレン様はそう言って慌てている。
確かに、あの少年を発見できたのは偶然と呼んでも差し支えは無い。
だが、その隣でレンゲ様は、モクレン様と真反対のことを言った。
「違うでしょモクレン氏。王都に着いた日の夜に『ツミキちゃんが助けた子供、見つけたいな』って言ってたじゃん」
「レンゲくん何でそれ言うの!? 言わぬが花ってあるでしょ!?」
「そうやってカッコつけて大事なこと言わないから、拗れたりすれ違ったりすると思われ。あのねツミキ氏、モクレン氏は君が助けた少年の安否を伝えたかったんだよ」
そう言うレンゲ様に掴みかかるモクレン様は、顔を赤くして「言わんで良いっての!!」と叫ぶ。
「やはり、モクレン様は私のために行動して下さったのですね。……ならば、そのご恩には」
「違うよ。モクレン氏は、ツミキ氏のお礼は要らないんだ。モクレン氏はただ、ツミキ氏を安心させたいだけなんだよ」
「……私を、安心させたいだけ? つまり、無償の行動なのですか?」
私の問いに、レンゲ様は「そゆこと」と笑う一方、モクレン様は
「そ、そうなんよ!! だから恩義とかそんなんマジで要らんから!!! 俺が勝手にやっただけ!! いや〜それにしても王都に来て良かったなぁほんと! それもこれも結婚クソパーティーに呼び付けやがったカルミアのお蔭だわな! ありがとう浄化の聖女! ありがとうカルミア! あははは!」
レンゲ様に掴みかかり笑いながらそう言うモクレン様を見て、お心遣いを頂き嬉しい状態になると同時に、胸の奥が『きゅっ』となった。
何故だ? モクレン様にお心遣いを頂いたのに。
どうして、モクレン様の『ありがとう』が、カルミア様へ贈られたのを目の当たりにし、胸の奥が『きゅっ』となったのだろう。
冷静に考えたら、モクレン様はレンゲ様やホオノキ様を始め、色んな方へありがとうと仰るのに。
モクレン様のありがとうは、私にだけ贈られるわけではないのに。
そもそも、ありがとうと言う言葉は日常で良く使われるものであり、特別なものではない。
それなのに、モクレン様がカルミア様へありがとうと言ったのを見て、胸が『きゅっ』となったのは一体何なのだろうか。
いや、そんなことより、今はモクレン様にお礼を申し上げるべきだろう。
「モクレン様。本当にありがとうございました。……例え無償の行為だとしても、私は貴方から頂いた恩義に応えたいと存じます」
モクレン様のお力になりたい。
今で以上に強く思った。
◇◇◇
馬車が屋敷へと到着し、出口側に座っていたモクレン様が先に出た。
「ほら、ツミキちゃん」
モクレン様はそう言って、馬車の外から私へ手を差し出してくる。
「?」
差し出された手にハイタッチをし『へちっ』と言う気の抜けた音を出すと、モクレン様は
「違う違う。そうじゃない」
と笑ってから
「馬車から降りるとき、お手をどうぞって意味よ」
「なるほど。エスコートの一種ですね。恐れ入ります」
私はモクレン様の手へ自分の手を重ね、もう片方の手でドレスの裾を持ち、馬車から降りるため地面に片足をつけ――――――ッ!?
――――ぐらり。
「ツミキちゃん!?」
地面につけた足首が体を支えられず、体がぐらりと揺れた。
咄嗟にモクレン様に抱きかかえられることで転ばずに済んだが、一体何が起こったというのだ。
「ツミキちゃん、どうしたの一体!? どっかで足首捻った!?」
「……! ……魔獣を駆除する際、血で足を滑らせ足首を捻りました。……ですが、痛みはありませんので破損したとは考えにくく…………!?」
いつもより視界が高くなった。
身体が持ち上がったのは、モクレン様に横抱きにされているからだと気付く。
私を抱き支えるモクレン様の腕は見た目以上にしっかりしており、さすが騎士団長だと言わざるをえない。
「ごめんねツミキちゃん、気付かなくて。ツミキちゃんが魔獣を倒したあと、きちんと怪我してないか聞けば良かったのに。……俺は、君の強さに甘えてた」
「いいえ。モクレン様に過失はございません。それに、モクレン様はロスベール公爵から印刷所を入手する作戦中でした。余裕は無いかと存じます」
私がそう答えても、モクレン様は「それでも、ごめん」と仰る。
「取り敢えず、屋敷まで運ぶから。ちょっと我慢してて。もし不安定なら、俺の首に腕回していいよ」
「かしこまりました。……モクレン様こそ、私は重くありませんか?」
「ンなことない! 軽いもんよ! 羽みたいに軽いよ、ツミキちゃんは」
モクレン様は私を横抱きしながらいつものようにふんわりと微笑んだ。
間近で見る美しい紫色の瞳に、表情の無い私が映っている。
「私を軽いと判断されるとは、さすがですモクレン様。私達ユーフォルビア一族は魔獣を駆除するため、通常のプルトハデス人より頑強な筋肉と鋼鉄のような骨を有しており、私の重量はプルトハデス人女性の体重1.5倍ありますから」
「……ごめん、正直重いわ」
「恐れ入ります」
「まあ、元気に生きてるんだから問題無いね」
モクレン様はそう言ったあと、レンゲ様に
「ごめんレンゲくん。スマホでホオノキ婆ちゃん呼んでくれる?」
と頼んだのだった。
◇◇◇
王都のポーラリス公爵家にて。
「ほんっっっと最悪!! なんであたしが怒鳴られなきゃいけないの!? 詐欺してきたのはそっちじゃん!! あたし悪くないし!!」
あたし――カルミアはロスベール様の部屋で、クッションをぽこぽこ叩いていた。
ロスベール様はソファーに足を組んで座り、無表情のまま
「私の知能指数は140だ。私は名門の王立プルトハデス大学の最難関である法学部の首席卒だ。一方モクリエールアレンは凡人らしく知能指数108で大学も三流で……」
とブツブツ言っている。
そんな姿を見て、一瞬。
ほんの一瞬だけ、『あれ? ロスベール様ってもっとカッコよかった気がするけど……』となってしまった。
そして、『詐欺られた挙句に怒鳴られたことはムカつくけど、モクリエールアレンの見た目は結構好みかも』とも思えた。
まあ、モクリエールアレンとロスベール様を比べたら、ロスベール様の方が背は高いしポーラリス公爵家の当主で大金持ちだし、一流大学の首席だし、しかも次期教皇王だもん。
どう考えてもロスベール様の方が優良物件でしょ。
でも、でも。
モクリエールアレンの『お前を溺愛する男が沈んだら、お前も共倒れじゃねえか』と言う言葉が頭から離れない。
ロスベール様が沈むなんて考えられないけど、もし、またこんなことがあったら。
そうなったら、あたしのことは誰が護ってくれるの?
実際、モクリエールアレンに理不尽に怒鳴られてるとき、ロスベール様はあたしを護ってくれなかったもん。
だったら。
「モクリエールアレン……」
『女の人生は男で決まるの。だから、常にキープの男を用意しておきなさい』というママの教えの通り、本命は優良物件のロスベール様でも、万が一に備えてモクリエールアレンもキープしておきたい。
それに、モクリエールアレンが抱くあたしへの印象は最悪だろうけど、それはとても好機だった。
だって、最悪に思われてる状態の中、一度でも『あれ? もしかしてこの子って実は良い子なんじゃ』と思わせてしまえば、人は自分の中で一度覆った評価を手放せないのだから。
例えばロマンス小説とかで、最初はヒロインへ冷たく当たる嫌味なヒーローが、途中でヒロインに惚れて甘々になると、読者側も『あれ? この人実は良い人なんじゃ?』と思ってしまうのと同じ。
それの逆が、ずっと好きだった相手が一度でも自分の意にそぐわない行動を取ると、好きが反転して冷めてしまうと言うのが、流行りの言葉で表すと蛙化現象なのである。
つまり、モクリエールアレンが抱くあたしへの印象は、一度だけひっくり返すことができる。
しかも、あたしは国一番の美少女だし、浄化の聖女と言う立場もある。
そんなあたしが涙目になって『あの時は本当にごめんなさい。貴方のお蔭で改心出来たのっ!』と言って縋り付けば、男は絶対にあたしに惚れること間違いなしだ。
だって、今までずっとそうだったから。
そうだ。そうしよう。モクリエールアレンをキープとして手に入れよう。
しかも、また七号から男を奪えるのだ。
可愛くなるための努力をしない怠け者の七号なんかに、女の子の幸せは渡さない。
幸せになれる女の子は、可愛くなるための努力をした人だけ。
ママはいつもそう言ってたから。
ママは正しい。
だからあたしが生まれたの。
ママの正しさを証明するためにも、あたしは七号からモクリエールアレンを奪ってやるんだ。
◇◇◇
良い感じにお付き合いありがとうございます!
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「先が気になる!」
「ついにお姫様抱っこか⋯⋯!」
「カルミア、ほんと恋愛モノの王道悪役だな!」と
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