26・もっと雑談がしたいのです
駆け付けて来て下さったホオノキ様に捻った足首を見て頂き、彼女から『骨に異常は無く、少し筋肉を痛めただけで、薬布を貼っておけば明日には良くなるでしょう』と診断を受けた。
その後、私はホオノキ様に入浴を手伝って頂いたあと、いつものナイトドレスを着て食堂に行き、モクレン様へご挨拶をしてから眠ろうかと思った……が。
「ツミキちゃん、部屋まで運ぶよ。……いや、マジで部屋までだから、ドアの前までだから……ってこの言い方、なんか軟派な奴みたいでやだな」
白い寝間着姿のモクレン様は焦ったように色々と喋りながら、私を横抱きにして屋敷の階段を登り、部屋まで運んで下さったのだ。
モクレン様の体温に包まれていると、まるで柔らかいお湯に体を浸しているような気がする。
頬に伝わる心臓の鼓動が心地良く、可能であるならばこの状況の存続を望んでしまう。
「ほい。そんじゃ、お休み」
言葉通りドアの前で私を降ろしたモクレン様は、そう言って私へ背を向けた。
モクレン様に抱きかかえられていたときの体温が消えてしまう。
そんなとき、先程の胸の『きゅっ』が再び発生し……私は。
「あの、モクレン様」
気が付けば、モクレン様へ話しかけていた。
「どしたんツミキちゃん? 話聞こか……ってこれも何かワンチャン狙いのチャラ男みたいでなんだかなあ〜……」
「ワンチャン? 狙い? それは一体なんでしょう」
「……後でレンゲくんに聞いてくれる?」
モクレン様は私から視線を逸らし苦く笑うと、
「そんで、どしたの?」
と首を傾げられた。
何と言えば良いのだろう。
伝えるべき言葉が分からない。
「私は、貴方に何を伝えたいのでしょうか?」
「お、おお……そう来たか……」
私の言葉にモクレン様は目を丸くし、
「運んでくれて、ありがとう……的な?」
と答えた。
「! 失念しておりました。モクレン様、私を運搬してくださって誠にありがとうございます。モクレン様が片足を負傷された際には、僭越ながら私が貴方を抱きかかえお運びいたします」
「……ツミキちゃんが俺をお姫様抱っこするってことは、その……俺の頭部が君の胸部に接触することになるので控えて頂けたら幸いかと」
「なるほど。かしこまりました」
モクレン様は頬を真っ赤にし私から目を逸らしつつ話している。
確かに、モクレン様が仰る状況は控えた方が良いだろう。
「それじゃ、今度こそお休み」
「……モクレン様」
紫色の目を細めて笑うモクレン様へ、何を言うべきなのか分からず、私は彼の名を呼ぶことしか出来なかった。
「もしかして、寝れない? そりゃ、色々あって頭も冴えちゃってるかもなあ」
モクレン様はそう言ったあと、
「そんなら、少しだけ雑談しようか。……ここ二週間、その時間取れなかったし」
と雑談の提案をして下さった。
◇◇◇
久しぶりの雑談である。
私は頂いた自室の広いベッドに座り、モクレン様は向かいにある一人掛けのソファーに座りながら、気を落ち着ける紅茶を飲みつつ言葉を交わしていた。
ちなみに、この紅茶はモクレン様がわざわざ食堂へ降りて淹れてきて下さったものだ。
「モクレン様。ありがとうございます。私に付き合わせただけでなく、紅茶まで用意して頂いて」
「良いってことよ。俺も飲みたかったし」
モクレン様は綺麗な所作で紅茶をお飲みになる。
バルコニーに繋がるガラス戸から差す暖かな月明りと夜空の青い光が、モクレン様の髪を照らす。
光の色合いで白金色にも青色にも銀色見えてくるから不思議だ。
それに、紫色の瞳にも青と黄の光が反射して、星空のよう。
モクレン様の髪や瞳は、光の具合によってこうも違うのか。
例えるなら、朝や昼は陽の光のように明るく楽しく賑やかな方なのに、夜はしっとりとして物静かな人になったような。
不思議である。
「ここ二週間色々あったね。まずはお互いお疲れ様」
「モクレン様は、特にお疲れでしょう。あれだけの大立ち回りをされたのですから」
「それはツミキちゃんもでしょ? 兄貴から印刷所をぶん取った帰り道、レンゲくんから聞いたよ? 首が三つ生えたバカデケェ狼の魔獣を瞬殺してたって」
「恐れ入ります」
「それと、レンゲくんは『ツミキ氏だけに戦わせるのは嫌だし役に立ちたいから、これから週一でマグノリア騎士団のみんなと運動する』って言ってたから。ツミキちゃんも気が向いたらビシビシ鍛えてやって」
「そんな。恐れ多いです…………ですが」
誰かに役に立ちたいと言われたのは初めてだ。
とても嬉しい状態になるのと同時に、新たな感覚を覚えた。
「役に立ちたいと言われることは、なんというか、こう……気力が湧いてくる感じと言いますか……。私の今までを肯定的に判断出来ると言うか……」
自分の手の平を見詰めながら必死に言葉を探す私へ、モクレン様は
「それって、誇らしいってことじゃない?」
とティーカップを片手に微笑みながら言語化して下さった。
「誇らしい、ですか。…………私にも、誇れるものがあったのですね」
「そうだよ。……他にもさ、たくさん経験をして、戦闘力だけじゃない、色んな誇らしさを見つけて行こうよ。例えば……目玉焼きが綺麗に焼ける……とか」
「目玉焼き……? 私が食材に触れて良いのですか?」
「あったりまえよ。ツミキちゃんの気が向いたらさ、一緒に料理でもしてみようか。ツミキちゃんは力があるから、麺類を打つのが得意かも知れないし」
「なるほど……麺類、ですか」
麺類と言うのは聞いたことがある。
貴族の間では『庶民の間で流行っている下賤な食事』と言われていたが、モクレン様が作る麺類の料理は絶対に美味しいはずだ。
「他にも、釣りが得意かも知れないし、格闘技の師範とかも向いてるかもよ? ……意外なことが誇らしさになったりしてね」
「そうですね……。では、モクレン様の誇らしさとは、一体何ですか?」
「う〜ん、俺か〜。偉そうなこと言っておきながらあんまり思い付かないんだけど……。まあ、強いて言うなら料理かなあ」
モクレン様はティーカップをサイドテーブルに置いて、腕を組み首を傾げて天井を見上げている。
「ツミキちゃん達が『美味しい』って喜んでくれたら、『よっしゃ! もっと上手いもん食わせたる!』って気力が湧いてくる……みたいな? 最初はテメーを食わせるための技術でしかなかったのが、いつの間にか人を喜ばせるものに変わってたってのは、まあ……ちょっとした誇りってやつかなあ」
そう答えたあと、モクレン様はふわりと笑った。
このふわりとした笑顔を見ていると、ずっとこのままの状態が続けば良いのにと思ってしまう。
私は、モクレン様との会話の存続を望んでいるのだろう。
「どした、ツミキちゃん。……眠くなった?」
「いえ。私の目は冴えております。……ですが、モクレン様は?」
「…………ごめん、実は超眠い」
モクレン様はそう答えて疲れたように笑ったあと
「そんじゃ、そろそろ俺は部屋に帰るよ。お休み。ツミキちゃん」
と言って、ソファーから立ち上がろうとした。
「あの」
「ん?」
まただ。また、反射的に声をかけてしまった。
もう眠いと仰るモクレン様をお引き止めするなど、以前の自分では考えられない。
だが、声は咄嗟に出てしまったのだ。
そんなワケのわからない私へ、モクレン様は少しニヤリと笑った。
「もしかして俺と添い寝したい? そしたら添い寝以上のことが起きちゃうかもよ?」
「添い寝……! それは可能なのですか? 寝るまでの間、ずっと貴方と雑談が出来るのなら、私は貴方と添い寝したいです!」
モクレン様の体温に包まれながら、夜通し雑談が出来るというのは、なんて魅力的なのだろうか。
私は、モクレン様ともっと一緒に雑談をしたい。
ああ、これか。
私が言いたかった言葉は、これなのだ……と気付いた瞬間。
「ごめん、ツッコミ待ちのボケのつもりでした……」
モクレン様は顔を真っ赤に汗をかき、引きつった笑いを浮かべながら言葉を続けた。
「……ここは『モクレン様のすけべっ!』って感じで枕投げつける的なラブコメ展開を想像していたんすけど…………まさかのカウンターが……来ちゃった」
私の会話の能力が至らぬばかりにツッコミを逃してしまい、モクレン様を困らせてしまった。
「申し訳ございません。ご迷惑をおかけいたしました」
「いやいやいや迷惑だなんてとんでもない!!! そりゃ、俺もまあツミキちゃんが望むなら喜んでお供いたしますけど」
「? 私は望んでおりますが……モクレン様は、いかがですか?」
そう聞かれたモクレン様は「……寝るだけなら……」とか「いや、付け入るのはあかんだろ」とか「いやでも寝るだけだし」とかブツブツ呟かれたあと。
「ツミキちゃん、ごめんね。俺、今日は疲れてるから。だから帰るよ」
モクレン様は一呼吸置いてから、答えた。
「それじゃ、お休み。紅茶は置いとくから、喉乾いたら飲みな」
「……はい」
私にはモクレン様をお引き止めする言葉が思い付かなかった。
疲れて眠いと仰るモクレン様へ、もっと貴方と雑談がしたいとは言えず。
そもそも、もっと誰かと話がしたいなんて、そんなことを思ったのは初めてで。
「モクレン様……」
モクレン様が部屋を後にしたあと、私はモクレン様が座っていたソファーをじっと見ていた。
モクレン様はここに座って、紅茶を飲みながら私と雑談して下さったのだ。だが、ずっと雑談を交わしていたいと気付いたときには、モクレン様は部屋へ帰ってしまった。
「お疲れのモクレン様を引き止めたいなど、私は一体、何を」
サイドテーブルに置かれたティーセットを見ると、モクレン様が使われたティーカップも置いてあった。
このカップに、モクレン様は唇を付けられたのだと思った瞬間、何故だか無性にカップへ触れたくなった。
「…………モクレン様」
カップを手に取り、じっと見つめる。
すると、モクレン様と雑談を交わした時間の名残を感じられて、嬉しい状態になった。
◇◇◇
「助けくれ……。ロスベールの野郎……マジで死毒の森を焼きやがったのじゃ……。オジキから任されたシマから離れるのは無念じゃが…………毒の灰には敵わん⋯⋯死ぬる……げっほ、ごほ……」
深夜。
ボロボロな服を着た耳の長いエルフの少女が、木の枝を杖にしながら満身創痍で夜の草原を歩いていた。
「もうアカン、限界じゃ……。ったく、ロスベールのアホったれめ⋯⋯わらわ達はプルトハデス人より毒に弱いのじゃぞ。⋯⋯でも、王都から離れたマグノリア地方なら……あそこなら、空気も澄んでおるし、ホオノキの嬢ちゃんが……」
エルフの少女は絞り出すような声でそう言いながら、フラフラと歩みを進めていたのだった。
◇◇◇
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「ぷきゅのすけ夏コミの原稿お疲れ様!」
「ツミキ美味い飯食え!!」
「最後のエルフは一体⋯⋯!?」と思って頂けましたら、
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