知れば知るほど
この前向きな気持ちは、父が亡くなってから続いていた不安と憂鬱の反動だろうと理解していた。
だから、その内、あっさりと落ち着くものだとわかっていた。
私は双子みたいに、気に入った玩具やタオルを眠る時まで握りしめて離さない、みたいな可愛げのあるタイプじゃないのだから。
⋯⋯なんて、考えてた時もあったなぁと、廊下から明るい窓を眺めて感慨深くしみじみとしてみたり。
あれから二週間。
慎重を重ねて一週間ではなくて二週間が過ぎるまで様子を見てみたけれども、落ち着くどころか、毎日がスキップをして回りたいほど楽しくて仕方がない。
ジュリウス・ハウザーという人は、知れば知るほど味わい深い人物だ。
あまり知らない内は、勝手なイメージで公正で孤高な存在なのだろうと思っていたけど、こっそり観察してみれば、ただ親友と呼び合う仲の相手が他のクラスにいるというだけだったらしい。
しかも、クラス内でも、それなりに話しかけられていて、現在、ぼっち生活をしている私が言える立場にないくらい馴染んでいた。
成績がよいせいか、たいていは課題や授業内容の確認っぽいのだけれど、それ以外でも話しかけられている姿をそれなりに見かける。
もちろん、席が後ろだから、わざわざ振り向いて眺めているわけにもいかないし、距離があるから、話題をきっちり確かめたわけでもないけど。
そんな風に、ひっそりと細やかな情報収集をして楽しんでいたのだけど、少し前に始まった隣国語の移動教室で、運よくジュリウス・ハウザーより後ろの席を確保することができた!
誰にも誘われなかったからでもあるわけだけど、ラッキーでしかない。
そうして、また新たな発見したのが、特徴的な声をしているなということ。
美声というわけではないんだろうけど、姿が見えなくても声でわかるタイプで、だから、教室に入るのに躊躇していた時、後ろから呼びかけられただけで誰なのかが、わかったんだと思う。
しかも、この教室での授業のほとんどが読みや会話のためのプログラムな上に、隣国語が得意らしい彼は、それなりの頻度で当たるので、耳が幸せな時間でしかない。
ありがとう先生、ありがとう隣国さん。
「次、続きをスミス」
まさか、ここで私が来るとは。
ドキリとしながらも、テキストを手に立ち上がる。
どこまで読んでいたかは、言われるまでもなく承知している。
ましてや、同じ章の続きなので、雰囲気は掴めている気がする。
だからか、苦手な隣国語が、これまでになく、それっぽく読めた気がした。
先生からも、よろしいとお褒めの言葉をいただき、人生って何が機転になるかわからないものだなぁと、やっぱり、しみじみとしてしまった。
「ふふっ」
授業が終わって廊下に出て、いいことづくめに、教科書で顔を隠しながらも含み笑いがごぼれてしまう。
隣国語の移動教室は週に一度だけれど、お楽しみは、まだ、今週末にも待ち構えてくれている。
それが、音楽の歌の小テストだ。
いくつかある課題曲から選んでワンコーラスをソロで発表するというもの。
つまり、私にとってはプチリサイタル。
ほとんどの人が嫌そうな顔をした課題に、ついニヤけそうになった顔を慌てて隠したのはいい思い出だ。
ちなみに、自分の方は、彼と被らないような曲を適当に選んで練習している。
音痴ではないつもりだし、歌うのは嫌いじゃないから、それなりにという感じだ。
「でも、ちょっと気をつけないとな」
気持ち的には、ずっと空気とか壁になって追いかけてみたいくらいだけれど、さすがに気持ち悪いし、ヤバいという感覚はある。
それに、自分のことを認知してほしいわけでもないので、影からこっそり、無理に近づいて盗み聞き・盗み見はしないと決めているし、迷惑がられたりするのだけは避けたいところだ。
その辺のバランスを探りつつ、日常というか、学生生活と家の状況確認もおろそかにしないように、意識して気をつけようと目標にしてる。
学生生活については、今のところ順調だ。
情けない噂があっても、最低限の会話が成り立つくらいの立ち位置にはいるし、気持ち的にも明るいし、ジュリウス・ハウザーを見習いたいと思うせいか、前よりも勉強に身がはいるようになった気がする。
テストはまだだから、結果としては出てないけれど、よい方向なのは間違いない。
家の方は変わらずで、母の友人と従者とやらが我が物顔で滞在してるし、双子からは冷たい目で見られているから食事は一緒にしていない。
いや、たまにジィと状況報告を兼ねて夕食やお茶をすることはあるけど、それぐらい。
「⋯⋯」
せっかく、こんな状況なのに毎日が楽しくいられるんだから、もう少し、こんな感じでいられたらいいなぁ。
他力本願なのが情けないけど、本気でそう祈る。




