尊敬と感謝
朝、鏡を前にして、簡単にまとめた髪をなでつける。
母にみたいに明るい小麦色でなく、双子みたいにぱっちりした目でもなく、赤茶けた髪に、勝気そうなきつい目つきの私がいる。
あんまり好きじゃない自分の顔を、久々に見つめて、今朝はどうでもよくなる。
生まれつきはどうしようもない。
それでも、身だしなみを整えているかどうかは、気遣いと人柄の問題だと思う。
だから、今から少しだけ、自分のためにも、人として気遣えることはしてみようと決めた。
首を振って左右を確認してみるけど、見た目も印象もたいして変わらない。
それでも、気分はだいぶ違う。
誰に何を言われようと、影響されない自分でいたいと思えたから、これが始めの一歩だ。
背筋を伸ばして座る、立つ。
胸を張って歩く。
細やかなこと、誰にも気に留められないようなことだけど、何かが違って視界が明るい。
ただ、教室の前、ドアを開ける前に、少しだけ緊張をして肩に力が入る。
スミス家が噂の的でも、そもそも、私は目立つタイプじゃないんだから、普通にしてればいいだけ。
誰も気にしないし、大丈夫。
そんなことを自分に言い聞かせて、ざわめく胸を落ち着かせていたら、後ろから声をかけられて、心臓が飛び出るところだった。
「入んないの?」
邪魔だとか言わない辺りが、人柄を表しているのだろうと思いながら振り返ると、予想通りのジュリウス・ハウザーが立っていた。
とっさに道を開ければ、不審げな顔つきで追い抜かして、教室に入っていく。
ドアを開けっ放しにしてくれているところも、気遣いが感じられた。
感動と感心と尊敬を織り交ぜた忙しい気持ちのまま後に続くと、ジュリウスは席に着いて、テキストやノートを机に入れているところだった。
落ち着いた雰囲気で、何ものにも動じない雰囲気。
今まで、どうして気にならなかったのだろうと思っていたけど、私も着席して気がついた。
前から数えた方が早い私と最後列の彼との席位置だったせいで、物理的に視界に入らなかったせいらしい。
あ、でも、ということは、黒板を写すのに前を向いている状態で、私は自動的に彼の視界に入ってしまうのでは?
これまでも知らずともそうだったわけで、授業中に黒板を見ているだけで、私の背中なんて空気と同じだろうけど、意識しちゃったからには、気にしないではいられない。
とりあえず、居眠りなんかは絶対にしないように、授業に集中しておこう。
なんて、せっかく決意したのはよかったけれど、授業中でも気づけば意識は背後に向かってしまい、なんだったら、振り向きたくて仕方ない。
もちろん、万が一にも目が合ったりしたら、とんでもないことになるで実際にやりはしないけど、席位置が逆だったらなぁとは、何度も考えてしまった。
昼休みに入って、食堂に向かうついでを装って、ジュリウスを確認してみたら、お昼を持参している派だったので、ホッとして教室を抜け出した。
昨日までは、一人の食事がつまらなくて仕方なかったけど、今日はありがたいと思う。
勝手に意識しているだけのことだけど、本当に情緒が忙しくて大変だった。
日替わりランチを手に端っこの席に座ると、離れたところにアシュ達を見かけ、嫌な気持ちにならない自分に嬉しくなる。
自分から離れたくせに、あっさり承諾されたことに恨めしい気持ちがなかったわけではない。
だからと言って、一緒にいたところで、変に同情や気遣われ方をして、惨めな気持ちになるのは、もっと嫌だった。
格好つけたり、相手を想っているみたいな言い訳をしてみてたけど、結局、アシュ達と対等に、いつも通りに付き合えなくなることが嫌だっただけ。
元々、どこか三人組に入れてもらっているという気持ちがあったから、完全に三対一の関係になるのは、惨めだと感じてしまう私の問題だ。
だけど、ジュリウス・ハウザーを見習いたいと思ったことで、気持ちは変えられたみたいだ。
今日なんて、朝からずっと一人でも退屈することがなく、憂鬱な気持ちになることがなかった。
時々、アシュ達から心配そうな視線を感じていたから、一人でも普通に平気そうに見えたら、心配を減らせそうな気がする。
そうしたら、双子や母に比べられることも減ってくれるような気がして、アシュ達とも付き合いを復活できるのじゃないかと思う。
もちろん、先の長い話かもしれないし、私の前向きな気持ちだって続かないかもしれないけれど、根拠もないのに、今はなんでも明るく考えられるから、ジュリウス・ハウザーには感謝しかない。




