憂鬱
今日は居残りもせず、どこにも寄らないで、まっすぐ家に帰る。
ドアを開けたら、なんとなく居るかなと思っていた人が出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ガーティ様」
「ただいま、ジィ」
執事のジィービス。
まだ白髪の気配が出始めの年だけど、今回の件で一気に老け込んでしまわないか心配だ。
「どうだった?」
「ええ。早速、執務室に入りたいと、ご友人を連れて奥さまがやってきました」
当たってほしくない予想通りで、ため息がこぼれてしまう。
「もちろん、断りましたので、ご安心を」
「ありがとう。でも、必要があるとか言われたら、ジィでは断り切れないわよね。お客様には若い男の従者もついているわけだし、力ずくに出られたとしたら⋯⋯」
「その辺は、当面は大丈夫かと」
「どうして?」
「何かあれば、騎士団を通して大領主様に相談できると伝えましたから」
「そんなことを言ったの?」
「ええ。事実ですし、ガーティ様も、いくらか連絡先をもらっていますよね」
頼れる親族がいないと知って、連絡先のメモをもらったのは確かなので頷いておく。
「でも、実際には、簡単に連絡できるものでもないのに」
これ以上、家の不安を外に広めるわけにはいかない。
下手をすれば、リルムの後継が危うくなるもしれないのだから。
「ですが、お客様にはわからないことですし、めったなことは控えてくださるのではないでしょうか」
ニコリと余裕のあるジィに感心してしまう。
「私、知らなかったわ。我が家の執事が、こんなに頼もしかったなんて」
「おや。では、これからは覚えておいてきださいな、お嬢様」
すました執事の態度で言われてしまえば、ホッとした気持ちと共に笑いがこぼれた。
「ありがとう、頼りにしてる。でも、無理はしないでね」
「はい。こちらこそ、ありがとうございます。それに、どうやら、お客様の方にも都合がありそうなので、しばらくは様子を見てもいいかも知れないですよ」
そう言って、ジィが懐から出したのは、細長い封筒だ。
渡されて中を覗けば、それなりのお札が入っていた。
「賄賂?」
「まさか。従者の方から当面の滞在費と少々の迷惑料だそうで、主人には内密にと言われました。ですから、そちらからなら、いくらか話が通じるかと」
「⋯⋯ジィ、頼りにしてるんだから、そんな簡単に絆されないでよ」
「そんなつもりはなかったのですが、その場で突き返した方がよかったですか?」
「これは、受け取っておいてもいいと思うわ。使わないで、取って置いてはほしいけど」
すぐに使える現金というのは、結構大事な存在だ。
「では、どの辺りがいけませんでしたか?」
「だって、向こうは当面って言って迷惑料も込みだと宣言したのでしょう? 本当に話が通じるなら、他家に迷惑をかける前に主人を諫めるのが筋ってものでしょう」
「確かに。しかし、私の耳にも痛い話ですね」
「ジィは違うじゃない。他の家の人の迷惑を放っておいているわけじゃ、ないでしょう」
「ですが、ガーティ様に対しては、手が足りていのも事実ですから」
「それを言ったら、私とジィ以外は客人に困ってなんていないもの」
「そうでしたね」
なんとなく、お互いに疲れを分かち合った気になってると、客間から賑やかな笑い声がどっと響いた。
「もしかして、双子達?」
「ええ。帰宅と同時に、ご友人をお招きしたと」
突然のことで戸惑ったことだろうけど、弔問客の慣れもあってか、茶菓子の用意には困らなかったと報告を受ける。
「顔を出されますか?」
聞かれて頷くと、忙しいジィと別れて、そのまま客間に向かった。
ノックをすると、どうぞと弟リルムの声。
ドアを開けたら、食堂で行き合ったメンバーだと思われる七、八人が集まっていた。
「何?」
いかにも反抗期な態度に、またかと思いつつ、来客に挨拶をしようと顔を出しただけだと伝える。
「皆さん、どうもいらっしゃい」
そう言えば、全員がその場で、頭を多少の上げ下げで返してきた。
「そういえば、そっちは、あれから何かしてもらったわけ?」
狙っていた質問は、リルムから出された。
「別に、お悔やみの言葉をもらったくらいよ」
「それだけ?」
「授業の流れで一緒にいただけだもの。それで充分じゃない」
「ふうん」
何か言いたげだけども、話を無理に広げたら、どちらにとっても良くないことは分かりきっているので、ごゆっくりと告げて部屋を後にする。
ついついため息がこぼれるけれども、お昼の時と同じ顔ぶれが揃っている中で言いたかったことが言えたから、ちょっとだけ肩の荷が下りた気がした。
これで、アシュ達が悪く言われることもないはず。
それに、こんな時だけど、双子に家に誘うような友達ができたのは良かったなと安心してしまった。
あの二人は、見た目があんまり似てないのに雰囲気がそっくりで、いつも二人きりで完結しているところがあるから、地域の初等学級の担任に心配だと声をかけられたことが何度かある姉としては、きっかけはともあれ、驚きながらも嬉しかった。
ただ、だからこそと言うか、急な変化だからこそ、大丈夫だろうかと思える部分が不穏として引っかかってもいる。
リルムの隣にはキャサリンが、プラムの隣には腕章をしていた男子生徒が他より近い距離で並んで座っていた。
それが悪いとか咎めるつもりはないけど、それが当然のような双子に少々不安が募る。
ただの杞憂、考えすぎ、過保護ならいい。
そんな心配をしながらも、チラリと、自分だけ家族の変化について行けず、僻みや疎外感を持って見ているのではないだろうかとも考えてしまう。
時々、勝手に先回りでアレコレ想定してみたところで、全部無意味な空回りじゃないかと思える。
自分のためじゃなくて、家の、家族の為にと動いているつもりだけど、それこそが迷惑なんじゃないだろうか⋯⋯。
「あー、もう!」
今はまだ、自分が気を緩めるわけにはいかない。
でも、ジィが言ってくれたみたいに、少し様子を見ることにしてみよう。




