供給過多
「いつも、ありがとう」
お礼を言って、夕食を部屋に引き取った。
まだ温かくて、美味しそうな匂いがしている。
だけど、お腹がいっぱいというか、胸がいっぱいというか⋯⋯。
放課後がギュッとしすぎて、家で落ちいた今頃になって息苦しくなってきたみたいだ。
お腹が減ってないわけでもないので、のろのろと手を動かして食事をするけど、脳内には放課後からのことで、いや、ジュリウス・ハウザーのことしか浮かんでこない。
はあ、学生なのに手帳持ってるの格好いい。
中のメモも簡潔で見やすくて、それでいて過不足なく情報が記されていて、頭のいい人の感覚を少しだけ垣間見れた気がする。
だからって、無意識で字体まで真似しちゃったのは失態でしかないんだけど、あの笑い方は反則だ。
ずるい。
ずるすぎる。
あんなのを目の前にしたら、好感度が上がるしかなくない?
しかも、その後、あっさりと本題に流れてくれたのも加点でしかない。
あれで大爆笑とか、長々と引っ張れるとかだったら、私は居た堪れなくて話どころじゃなかったはず。
その後の打ち合わせだって、登下校には付き合うことはないと言って、待ち合わせにも無理に早めることはないと、私の都合にいいことばかりを勧めてくれた。
本当に公平で、公正で、揺らぎのない筋の通った人だ。
「⋯⋯⋯⋯でも」
さっきまでの褒めちぎりな流れに反して、対義的な接続詞が口からこぼれて、くるくると回していたパスタのフォークが止まった。
それから躊躇いの末に、本音が言葉になる。
「私、やるって言ってないんだよね」
自分でグダグダと動かない人にはなりたくないと決めつつも、私の本音はこれだった。
やりたくないとか、面倒くさいっていう気持ちがないわけでもないけど、一番引っかかっているのは、私が返事をしたわけでもないのに話が進み、誰も意思確認をしてくれていないことだ。
先生としては、なんとしても引き受けさせたかったんだろうから、なし崩し的でも押しつけたかったのはわかる。
放課後とは限定しながらも、忙しいって、やんわり断りを入れたにも関わらず、引いてくれなかったのだから。
けど、彼はどうなんだろう。
あの時、どこまで話を聞いていたかは知らないけど、私が放課後は忙しいと先生が承知していることはわかったはずだ。
普通に考えて、頼まれごとに対して忙しいというのは断り文句の定番でしかない。
だったら、私が役割を押しつけられたのでは? とか察していても、ジュリウス・ハウザーならおかしくないのでは?
でも、彼は一度も私に確認してこなかった。
もちろん、早速の情報共有にも、話し合いにも抵抗を見せなかったわけだから、割り切っているとか、渋々でも引き受けたからには前向きなのだと思われても仕方ないのはわかる。
そう見せていたわけだし。
だけど、でも、と、ちょっとだけ考えてしまう。
本当は面倒な案内役の道連れを逃がしたくなかったのでは?
それとも、我の強い女子が苦手だから、気真面目ぶってる私を巻き込んでおきたかった?
もしくは、繊細そうな異国の年下の女の子の相手を押しつけるため、微妙な評価が噂されても反論すらしない、意志薄弱なクラスメイトをなし崩し的に加えたかったのでは?
下手をしたら、その全部の思惑があったのではないかとまで被害妄想が膨らむ。
そんなのは性格悪く考えすぎだと思うのだけど、どことなくメモや話し合いの思慮深さに対して、口調というか、言葉の端々に面倒臭さが透けて見える気がしたせいかもしれない。
まともに話したこともなかったから、あのちょっと雑さが彼の普通なのかもしれないけれど。
ともかく、今日の確実な情報は、彼の字は右肩上がりで角張っていることと、ありふれた茶色に見える瞳が陽に当たると真夏の太陽みたいにオレンジ色に輝くってこと。
その瞬間を目の当たりにして、この人は思っていたよりも情熱的な人かもしれないと見直すほど熱さを感じた気がした。
単純に、急に色が変わって見えたから、驚いただけかもしれないけど⋯⋯。
「手帳を買うなら、オレンジ色のを買おうかな」
気づいたら漏れていた、かなり実現に傾きかけている願望に、最早、色々と抜けられない気がしないでもないけど、案内役が終わるまでは深く考えないようにしようと決意する。
気を取り直して巻き直したパスタは、すっかり冷めていたものの、自業自得なので、しっかり美味しくいただいた。




